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もう一人の祖父


 それから三兄弟は、相変わらず子供とは思えない多忙な日々を送っている。

 叔父であるギルバートとの武術の訓練、それが終わると例の花畑に置いた蜜蜂の巣箱の見回りをする。

 巣箱の周りを何匹かの働き蜂が飛んでいるのを見て、三人は喜びハイタッチを交わす。

 それからは、叔父や父、祖父と共に領内の畑から出た石を回収に回る。

 あの後直ぐに、父である領主ダレンによって畑から出た石は、脇に除けて積み上げておくようにと布告を出して貰っている。

 領民たちは租税も他領に比べて安く、身分による差別等もせずに接するネヴィル家に良く懐いている。

 発せられた布告は意味の良くわからない類のものではあったが、それに逆らうことは無く言われた通りにした。

 結果、数万個の石から数十個の金になりそうな宝石が見つかった。この驚異的な高確率に、三人は文字通り小躍りしてしまう。


「けど、もう石はしばらく見たくねぇ……昼から日が暮れるまでずっと石を洗って、割って、積み上げて……もううんざりだ」


 そう言って大地に大の字にごろんと寝そべるカインを、トーヤが宥める。


「まぁまぁ、砕いた石だって全くの無駄じゃないんだ。コンクリートの土台に混ぜる立派な建材として活用できるんだし」


「そうだな。それに、俺たちみたいな子供が出来る事なんて限られている。どんな小さなことでも、このネヴィル領のためになるならば喜ぶべきだろう」


 そうアデルが言うと、すかさずカインとトーヤが流石は長男、次代の頭領などと茶々を入れる。


「おーい、お前たちここに居たのか。直ぐに出かける準備をしろ、ロスキア商会を迎えに行くぞ」


 叔父であるギルバートの声に、じゃれ合っていた三人の手がピタリと止まった。

 今は四月の半ば、そろそろ例年通り来るころだとは思っていた。

 三人はもう一人の祖父であるロスコが大好きであった。ロスコも孫可愛さに甘やかすのだが、それだけでなく、ロスコのもたらす情報に三人は強い興味を抱いていたのだ。

 多分今回の商隊もロスコ本人が率いているだろう。一刻も早く、外の情報を持つ祖父に会いたいと三人は屋敷へと全力で走り出す。

 その姿をギルバートは目を細めながら微笑む。大人ぶってるあいつらにも、子供らしい一面があるものだと。


 ギルバートと従者たちの馬の前鞍に乗った三人は、ネヴィル領と外界とを繋ぐ唯一の道の入口へと向かった。

 そこで三人は、余にも恐ろしい光景を目にすることになる。


「「「……なにこれ……」」」


 三人の目の前に広がる光景、それは切り立った断崖絶壁を削り作られた細い一本の道であった。

 恐る恐る下を覗いてみると、その下には鬱蒼と生い茂った木々が緑の絨毯のように広がっていた。


「落ちるなよ、お前ら。落ちたら万が一にも助かる見込みは無いからな」


 ギルバートの言葉に三人は青い顔でコクコクと頷く。

 これは蜀の桟道に勝るとも劣らない難所中の難所である。

 これでは祖父のロスキア商会以外の商人が来ないわけである。この危険な道を通って遥々ネヴィル領に来たとしても、そこで仕入れられるのは豆や大麦などの他でも手に入る品ばかり。

 いくらその値が安かろうと、危険を冒してまで来るまでの価値はない。

 しかしこれからは違う。オパールにアンモライトなど、希少な宝石類のためならば危険なこの道も何のそので、来る商人は多いだろう。

 だが悲しいかな……今の現状を考えると大っぴらに宝石類の産地であることを宣伝する事が出来ない。

 今はまだ国王や西の侯爵家に目を付けられるわけにはいかないのだ……そう、今はまだ……


「おっ、来たぞ!」


 細く険しい道を長い隊列を組んだ一団が近付いて来る。

 その先頭を行く者が、こちらに向かって盛んに手を振っている。

 三人は馬から降りて、その者に向かって大きく手を振りかえす。

 険路を渡り終えた商隊が、小休止する。


「「「爺ちゃん!」」」


 三人はその商隊の中から祖父であるロスコの姿を見出して駆け寄った。


「おお、アデル殿、カイン殿、トーヤ殿! お元気そうで何より。おお、暫く見ぬ間に大きくなられましたなぁ」


 ロスコは平民であるため、貴族である三人に敬称を付けて呼ぶ。

 それを三人は水臭いと感じずにはいられなかったが、他の平民たちの手前仕方のない事だと諦めていた。

 

「爺ちゃん、お土産のお話を聞かせてよ!」


 アデルが早速、外の話をねだった。

 相変わらず変わった孫だとロスコは思った。普通ならば、お土産に食べ物や玩具などをせがむものである。

 だが、この三人は違う。この三人の孫が喜ぶのは話、それも政治や軍事、経済などのおおよそ子供に話すような事では無い類のものばかり。

 誰に似たのだろうかと、ロスコは度々頭を捻らざるを得ない。

 軍事は父親、経済は母親の影響を強く受けたのだろうか? だとすれば経済に強い興味を示す、この孫たちの中に自分の血が流れているのは間違いないと思うと、一層孫が可愛く感じてしまう。


「ハッハッハ、相変わらずですな。その前に、ジェラルド様、ダレン様、それとクラリッサ様はご壮健ですかな?」


 みんな元気だよと言うと、ロスコは嬉しそうに眼を細めた。

 

「爺ちゃん、俺たち今度養蜂を始めたんだ。今はまだ全然だけど、何年か後には軌道に乗せて見せるよ。そしたら蜂蜜を商品に加えることが出来るかも知れない」


「豆を使った新しい料理を開発したんだ。爺ちゃん、食べてみて是非感想を聞かせてよ」


「新しい肥料を見つけました。これは古い畑を甦らせることが出来る画期的なものです。これを広めて欲しいのですが……」


 三人の孫たちに囲まれたロスコは、そうかそうかと微笑みながらも、内心では舌を巻いていた。

 

 養蜂に新しい料理、それに肥料だと? 前々から利発な子供だとは思ってはいたが、まさかな……それにしても養蜂とは、良い所に目を付けたものだ。蜂蜜は甘味としてだけでなく、薬としても高く取引されている。だが、一体だれが? クラリッサの智恵であろうか?


 さしものロスコも、その全てが孫たちによるものだとは思いもよらぬ事であった。

 

「お久しぶりです」


 商隊の誘導を終えたギルバートが、馬を降りて近付いて来る。


「おお、ギルバート様もご壮健そうで何より。確か、そろそろでしたな? たくさん襁褓むつきをご用意致しましたぞ」


「これは忝い。助かります」


「なんのなんの、ささやかではありますが私めから奥方様への出産祝いということで……何にしても、ネヴィル家がまた一段と賑やかになりますなぁ」


「ロスコ殿には感謝の言葉もない。我らネヴィル領がその命脈を保つことが出来るのも、ロスコ殿のおかげであります。領主、領民一同に代わって御礼申し上げる」


「いやいや、なんのなんの……ではそろそろ参りましょうか? 久しぶりに娘の元気な姿も見たいことでもありますし」


 小休止を終え、商隊は再び隊列を組んでネヴィル領へと入って行く。

 街道を行くロスキア商会の商隊を見た農民たちは、一時手を止めて商隊に対して帽子を脱いで盛んに手を振っている。

 ネヴィル領を訪れる唯一の商会であるロスキア商会を、領主、領民一同ともに歓迎する。


「おや、あれは何ですかな?」


 街道を行くロスコが目ざとく畑の横に積まれた石を見つける。

 ギルバートらの馬ではなく、ロスコの馬車に同乗している三人が、ニシシと含みのある笑い声を上げる。


「屋敷に着いたら教えるよ。爺ちゃん聞いたらきっと驚くと思うよ」


「そうか、ではそれまでの楽しみにしよう。屋敷に着くのが待ち遠しいのぅ」


 この時のロスコは、あの積まれた石には大した意味など無いだろうと考えていた。

 だがこの積み上げられた石くれが、千金の値を持つ宝石に変わると知った時、彼は文字通り腰を抜かして驚いたのであった。

ブックマークありがとうございます! 感謝です!


本作は幼少期は比較的穏やかな滑り出しとしております。不定期掲載ではありますが、これからこの三兄弟が、激動の時代をどう生きるのか乞うご期待下さい。


それでは皆様、良いお年をお迎えください。



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