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強兵の秘密は豆と麦茶

評価、ブックマークありがとうございます!


この話はまだ未完成です。今週中にもう一度更新して完成させます。

取り敢えず半分だけアップします。

 

 アデルとシルヴァルドを中心として、波紋が広がるかのように静寂が訪れた。

 誰も彼もが会話を止め、二人の会話にじっと聞き耳を立てている。


「健康な肉体を作り、維持するには穀物、野菜、肉、これらをバランスよく摂取することです。病気を未然に防ぐこと、また病にかかってもそれを克服する肉体を作るために、先ずは食の栄養のバランスからというのが、我が国の食に対する考えの一つであります」


 アデルは先に予防線を張った。食は医という言葉を勘違いして、ある特定の食べ物を食べれば病が治るなど厄介な幻想を抱かれては困るのだ。

 だがそれは杞憂だった。シルヴァルドは夢想家ではなく、どこまでも現実的な考え方をする男であった。


「それは、ネヴィルの強兵の秘密に通じているものなのだろうか?」


「ええ、我が国の兵たちと剣を交えた貴国の将兵たちならばお分かりでしょうが、我が国の兵たちは皆体が大きい。体が大きければ、力もまた強い。それはすなわち、戦に強いということです」


 今は乱世、それも戦時下である。強い兵を作る術があるのならば、何処の王侯貴族たちもこぞってそれを知りたがるだろう。

 現に聞き耳を立てていた貴族たちは、次第にアデルとシルヴァルドの周囲へと集まりだした。


「貴国では、平民もが頻繁に肉を食べているのですかな?」


 我慢出来なくなった貴族の一人が、無礼を承知でアデルに質問を投げかけた。

 それに対してアデルは不快の色を示すことはなく、その貴族へと向き直る。


「ええ、と言いたいところですが、全ての国民に十分な量の肉を毎日毎日食べさせるのは、極めて困難。そこで着目されたのが、我が国で盛んに栽培されている豆です」


「豆?」


 思わず素っ頓狂な声を上げて驚いてしまったその貴族は、バツの悪そうな顔をしつつ、咳ばらいをした。


「畑で取れる肉といっても過言ではないほど、豆は栄養が豊富です。残念ながら、貴国では豆はあまり好まれて食されてはいない御様子。実にもったいないことです」


 ここノルト王国では豆類の栽培は盛んではなく、していても主に家畜の餌としてであった。

 逆にネヴィル王国では昔から豆類の栽培は盛んで、半ば主食として用いられてきた。

 ネヴィルの民たちは、動物性たんぱく質をあまり摂取できずとも、植物性たんぱく質はそれこそ豊富に摂取し続けて来たのだ。

 良質なたんぱく質の摂取、これこそがネヴィルの強兵の秘密そのものといっても過言ではない。

 それにネヴィルは自然の宝庫である。川には秋になれば鮭鱒が遡上してくるので、そういったことを踏まえて考えると、この時代の平均以上には動物性たんぱく質を摂取していると言えた。


「はっはっは、アデル殿、貴殿はまるで商人のようだな。これでは我が国は貴国から豆を買うしかないではないか」


 シルヴァルドは実に愉快と言った風に笑うと、


「私には商人の血も流れておりますので……」


 と、アデルも笑みを浮かべる。

 笑みを浮かべながらアデルは考えていた。この話を聞いて今はシルヴァルドの言う通り、ノルトはネヴィルから豆を買うだろう。だがそれも長くは続かない。豆は別にネヴィルだけで育つわけではなく、ノルトでも普通に育つのだ。

 ノルトが豆を大々的に栽培すれば、いずれはネヴィル産の豆を必要としなくなるだろう。

 だがアデルは、それはそれで構わないと思っていた。そうなった場合には、品質クオリティで勝負するなり、手を加えた加工品を輸出するなりすればいいのだから…………


「豆の他にもいくつか食による健康の秘訣はありますが…………その一つとして麦茶がありまして、大麦の実を焙煎して煎れたこの麦茶は、ただ水を飲むよりは遥かに栄養があります。これをネヴィルの民は老若男女問わず愛飲しております」


 今度は大麦の売り込みかと、聞いていた貴族たちも半ば呆れだしたが、


「まぁ、これは貴国でも大々的に栽培されている燕麦でも同じことが出来るでしょうから、先ずはここから始められては如何でしょうか」


 と、あっさりと燕麦で代用できることを明かしたので驚いた。

 シルヴァルドはアデルの目を真っ直ぐに見つめながらこう言った。


「余は病に侵されている。原因は不明だ。国中から医者を集めたが、病状は悪化するばかりである。博識な貴殿ならば、何かわかるのでは?」


 血管が透けるほどに白い肌。それは近くに立つ妹のヒルデガルドと比べてもなお、白さが際立っていた。

 アデルはそのままシルヴァルドが、空に溶けて消えてしまうのではないかと、そう思わせるような病的な青白さであった。

 だがそんな中で唯一、その目だけは生者の証しとして清光を灯していた。


「私は医者ではありませんし、シルヴァルド殿が思っているほど博識でもありません。ですから、その病を根本から治療することは出来かねます。しかしながら、多少は症状を和らげることは出来るかも知れません。よろしければ、詳しい症状をお教え頂きたい」


 出会ったばかりの自分を頼るシルヴァルドの心中を察すると、アデルの胸は苦しさを感じずにはいられなかった。


「時折発熱する。あと、身体が鉛のように重く感じられる」


「食事はきちんと召し上がられておりますか?」


 シルヴァルドは黙って首を横に振った。


「先程も言いました通り、健康な肉体を作り、維持するにはバランスの取れた食事が不可欠です。普段、どのような食事を摂られているのですか?」


 この問いに答えたのはシルヴァルドではなく、宰相のブラムであった。


「陛下は生来食が細く、最近ではあつものしか口にされませぬ」


 羹とは主に植物性の具を入れたスープのことである。動物性の具を入れたスープのことはかくと呼ばれる。


「肉はお嫌いですか?」


「あまり脂ぎった物は、身体が受け付けぬ…………」


「ネヴィルの料理を試しに口にしてみる気は御座いませんか? 勿論、無理にとは申しません。幸いにして、宮廷料理長を随行させておりますゆえ…………」


「…………食は医か…………試してみたい。お願い出来るだろうか?」


 勿論、とアデルは承る。


「それと、我が国の解熱の薬も試されてみますか? 私も発熱した際には服用しており、効果は折り紙つきです」


 シルヴァルドの病気が何なのかわからぬ以上、熱を下げてもそれは単なる 対症療法であり、原因療法ではない。

 あくまでも症状を和らげ、自然治癒力を高めるだけのものではあるが、これ以上どうすればよいかアデルには皆目見当もつかないので仕方がないのだ。


「貴殿には沢山の借りが出来そうだな」


「御気にせずに…………しっかりと頂くものは頂きますので。では後ほど薬をお渡し致しましょう。少量ではありますが、もしもの時のために持参しておりますので…………ああ、御安心を……お渡しする際に安全確認として、私が皆の目の前で飲んで見せましょう」


 原因不明の病に、長年悩まされていたシルヴァルドにさしこんだ僅かな光明。

 アデルとしても危険を冒してまで同盟を結んだ相手が、すぐに死んでしまっては意味がないのだ。

 この一連の会話を聞いていた多くの者たちは、異国の医術によって、原因不明なシルヴァルドの容器が治癒するかもしれないと喜ぶ。

 だが、それを望まぬ者がいた。

 シルヴァルドの従兄である従兄のスヴェルケル公爵とその一派である。


「田舎猿が余計な真似を…………」


 シルヴァルドが回復すれば、それだけ玉座への距離が遠のく。

 遠くからアデルを見るスヴェルケルの目には、危険な光が宿っていた。

何を言っても言い訳になってしまうのですが、やっぱり師走は忙しいですね。


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― 新着の感想 ―
[良い点] うんうん。 読んで良かった大満足。
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