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地図を見ながらの会談は続く。
ネヴィル王国が巨大な半島の中にあることに衝撃を受けたアデルだが、すぐにあることに気づいた。
ノルト王国は確かに海に接していない内陸国であり、塩を東のイースタルから細々と輸入して賄っているが、ノルトのすぐ上の二国、フランジェ王国とベルクト王国は海に接しているのだ。
何もわざわざ遠いイースタルに塩を求めずとも、そして南の小国であるネヴィルの岩塩に頼らずとも、すぐ北にあるフランジェ、ベルクトの二国から求めればよいものをと、アデルは内心で首を傾げていた。
そして、そんなアデルの考えを見透かすようにシルヴァルドは、
「アデル殿は不思議に思っているのだろうな。塩ならば、すぐ上の二国から手に入れれば良いのではないかと…………だが、フランジェとベルクト、この二国から塩は買えぬのだ」
と、言った。
なぜ? というアデルの無言の問いにもシルヴァルドは答えた。
「アデル殿はこの周辺国の歴史に詳しいだろうか?」
アデルは素直に首を横に振った。アデルの知っている歴史とは、せいぜい数百年前に今のガドモア王国があったところに古エフト王国があったという程度であった。
「大昔、といってもたかが数百年前のことだが、フランジェとベルクト、そして我がノルトの三国は、ゴルト王国という一つの巨大な王国であった。それが内乱により、フランジェ、ベルクト、ノルトの三国に別れた。ここで重要なのは、フランジェ、ベルクト共にゴルト王族の嫡流であるが、我がノルトはゴルト王族の傍流であるということだ。フランジェ、ベルクト共に、ゴルト王国の末裔として、どちらも正統なる後継を主張し、それが理由で不毛なる戦を厭きもせず続けている」
それを聞いてアデルは瞬時に悟った。
「なるほど、どちらかから塩を買えばもう片方の恨みを買う。それに、塩を条件に参戦要請してくるでしょうね。いや、塩を買わずとも両国からの参戦要請はあったでしょう?」
「無論ある。それも頻繁にな。近年はガドモアの侵攻と、天候不良による不作を理由にして拒み続けているが、それならばせめて妹を寄越せとしつこくてな…………」
「人質にして兵を出させようという魂胆か……確か、私とさして歳は変わらないんですよね? えげつないなぁ。我々西部連合にとって、この二国は何れ間違いなく敵になるでしょうね…………」
シルヴァルドは、頷いた。そして頷きつつ驚いていた。
この者は一を聞いて十を知る者であると。
「その通りだ。フランジェ、ベルクトどちらが勝つにせよ、次の標的は我がノルトだろう。ガドモアと南北から呼応して攻められれば、ひとたまりも無く滅びるしかないのだ」
「さっさとガドモアだけでも始末しておきたいと」
「うむ。しかしながら貴殿も知っているとおり、ガドモアは裕福な大国。一朝一夕に滅ぼすというわけにはいかぬ」
「ガドモアが裕福だったのは昔の話です。今、ガドモアの屋台骨は腐り、軋みをあげています。このままま放っておいても何れは倒れるかと」
「先に述べた理由から、それは待てぬ。フランジェとベルクトの長きにわたる戦いがいつ終わるかわからぬ以上、悠長に構えてはいられぬのだ。ところで貴国はつい先年までガドモア王国に属していたが、その当時の内々から見てのガドモア王国の寿命はどれくらいと見たか?」
シルヴァルドの問いに、アデルは腕を組んでしばしの間考えた。
「内部が腐っていてもやはりガドモアは大国。その内側が腐りきり、屋台骨が折れるにはそれなりの時間がかかると思います。今のエドマイン王の次の代も悪政を敷けば、といったところでしょうか? ただこれを加速することは出来るでしょう。軍事面において決定的な大勝利を収めたうえで、貴族と民衆たちに揺さぶりをかければ、あるいは…………」
アデルの答えを聞き、そう美味い話があるはずもないかと、シルヴァルドは内心で落胆した。
そしてシルヴァルド自身の考えも、おおよそアデルの考えと同じであった。
シルヴァルドには焦りがある。この虚弱な身体がいつまでもつのか。いつまで命を長らえることができるのかという焦りであった。
「それまでは待てない。まだ確証を得てはいないが、南の海を隔てたアルタイユも動き始めたようだ。商船ではない船が頻繁にガドモアへと出入りしているとの情報もある。もし、もしもだが、ガドモアがアルタイユと手を組んだのだとしたら、厄介なことになろう」
「時間がないというわけですか…………しかしながら貴国は連年の不作により、大規模かつ長期的な軍事的行動に制限がありましょう」
「いまさら隠すものでもないし、隠し通せるものでもない。貴殿の言う通りだ。これを立て直すには最低でも五年以上はかかるだろう。下手をすれば十年以上かかるかも知れぬ。その間、周辺諸国が何もせずに手を拱いているはずもなかろうな」
シルヴァルドは、忌々しげに窓の外の鉛色をした厚い雲を睨んだ。
「五年か…………この三国同盟を十分に活かせば、もしかすると三年程度でどうにかなるかも知れない…………」
アデルのこの呟きが、雷鳴の如くシルヴァルドの耳朶を打った。
「まことか! 貴殿には何か策があるとでも?」
「策というか、これは気候と農業の問題でして…………我が国は既に、同じように天候不順と土地の酸性化によって苦しんでいたエフト王国の立て直しの手伝いをしております。その時の手法とさらに少々の手を加えれば、どうにか出来るかも知れません」
「その手法とは?」
「土壌の改善。そして我が国は虫除け、動物よけにもなり、さらに希釈して使えば良き肥料となる物の開発に成功しております。すでに我が国では実験済みで、多少なりとも成果をあげている物なので、御安心を」
そんな魔法のような物があるのかは定かではないが、これまでの僅かな時間話して来たシルヴァルドには、顔を見ればアデルがその策に自信をもっていることがわかった。
これが並みの王であれば、子供の浅知恵と一笑に伏したかもしれない。
しかしシルヴァルドは違った。決断も早かった。
「ならば迷う事なし! それについては全て貴殿にお任せしよう。このノルトの地を緑豊かになった暁には、共に轡を並べてガドモアへと攻め込もうぞ!」
アデルはまず、この天候不良と連年の不作の原因を説明した。
これはカインがエフト族のもとに赴き、色々と見聞し試した情報を整理したものであった。
「なるほど、遠くの大火山の噴火により生まれた雲から降り注いだ雨が原因だというのか」
「ええ、その雨がノルトとエフトの地に降り注いだがために、作物が育ちにくい土に変えてしまったのです。まずはこれを元に戻さねばなりません」
どうすれば良いのか、とシルヴァルドは問うた。
「我が国で採掘される石灰岩、これから消石灰を作り、適量を畑に撒き、よくかき混ぜて土に馴染ませれば良いのです。また木酢液というものがありまして、これを十分に薄めてから畑に撒けば、動物と虫避けになります。さらに少量であれば、よい肥料にもなります。石灰岩は、同盟の見返りとして無償で提供しましょう。そして木酢液については、製法及び使用法をお教えしましょう。そのかわりといっては何ですが…………」
消石灰とやらの無償提供及び、木酢液とやらの製法と使用方法の伝授。
これに対する対価とは何か? シルヴァルドに取って見れば、わかりきった事であった。
おそらく、アデルはシルヴァルドの妹であるヒルデガルドとの婚約を要求してくるのだろうと。
そしてそれを盾に、ノルト王国の軍事的助力を引き出すのだろうと。
しかし、その予想は半分しか当たらなかった。
「将来我が国が必要とするその時に、二万の兵をお借りしたい。それが条件です」
シルヴァルド「えっ? 妹はいらんの?」
アデル「いらんよ。兵だけ貸してちょ」
ヒルデガルド「ちょっと待ったーーーー!」




