初の首脳会談
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同盟を結ぶと決めた後のシルヴァルドの行動は早かった。
もっとも、シルヴァルド自身は諸侯たちとの会議の前に、ネヴィル王国と同盟を結ぶことをすでに決めていた。
晩餐会の前に、王と王、つまりアデルとシルヴァルドの二人、余人を交えず話がしたいとの申し出を、アデルは受けた。
会談の場所は応接室とのことで、案内を受けたアデルは着いて来た近衛の二人を、部屋の外で待つように命じた。
「安心しろ。今、余を害しても何の意味も無い。逆もまた然り。平和的な会談をするだけだ」
アデルが部屋に入ると、シルヴァルドもすぐに人払いをした。
案内された応接室の豪華な内装と飾りを目にしたアデルは、国力の差をまざまざと見せつけられた思いがした。
そしてテーブルの上に将棋があるのを見て驚いた。
ノルトに将棋を輸出したことは無い。ノルトが派遣した使者たちに持たせたお土産の中にも、将棋は無かったはずだ。
「エフトの商人から手に入れたのだ」
ああ、なるほど、とアデルは納得した。
将棋は遊具であり、別段機密というわけではないので、その存在が洩れたとしても構わない。
「吹っ掛けられてな、結構ふんだくられたわ。もっとも、遊び方の伝授も含めた値段ではあったがな」
ネヴィルを訪れたエフトの商人たちは、最初は将棋を物珍しげに買って行ったが、エフト族の間ではあまり将棋は流行らなかったらしく、ここ最近は見向きもしない有り様であった。
おそらくは不良在庫となった将棋の処分先として、ノルトを選んだのだろう。
「どうだ? 晩餐会までまだ時間はある。一局指さないか?」
ネヴィル王国と同盟を結ぶことにしたと、部屋に案内されてすぐにシルヴァルド自身の口から聞いた。
に、してもだ。友好的を飛び越えて、随分と気さくではないかと、アデルは戸惑ってしまった。
特に断る理由も無く、ここは受けるしかないだろうとアデルは既に着席しているシルヴァルドの対面に座った。
この時のアデルの頭の中を過ったのは、果たしてこの勝負、勝ってしまっても良いのだろうかという点であった。
接待としてワザと負けるべきだろうか? だが、シルヴァルドは自分とは違い、生まれながらの王族である。
下手に手を抜けば、プライドを傷つけられたとして怒るかも知れない。
アデルは今、難しい選択を迫られていた。
(もしかすると、この一局が国と国との命運を決めるのかも知れない。どうする? 手を抜くか、抜かざるべきか…………ええい、ままよ! やってみてから考えればいいさ!)
「そう構えるな。これは時間つぶしだ。だが、手は抜かないで欲しい。勝ちを譲られても面白くは無いし、手痛い敗北からの方がより多くを学べるからな」
「わかりました。では、一局…………お先にどうぞ」
将棋は一般的には先行有利とされている。だが、数字にすればそれは僅か2パーセント程度だと言われている。
しばらくの間、二人は無言で指し続けた。
「三国同盟とは恐れ入った。エフト王国を加えたのはいかなる理由か? ただの義理か?」
シルヴァルドはそう問いかけながらも、盤面から目を離さない。
「ええ、まぁ義理もありますが…………弟がエフト王国の姫と婚約しているので。エフト王国には、山中を縦断する交易路の案内と掃除をして貰うつもりです」
「なるほど。確かに平坦な道程ではなく、山道に詳しい案内人が要るだろう。それに交易が盛んになれば、交易品や金を狙う賊が蔓延る。道の掃除か……言い得て妙だな」
「エフト王国は交易路の中継地点として、栄えることが約束されたようなもんですから、喜んで引き受けてくれますよ」
「ふふふ、アデル殿は齢の割には随分と腹黒いな。交易路の確保の負担を、エフト王国に強いるつもりか」
「ま、それらを差し引いても十分な利益が確保できるでしょう。ガドモアと直に接してない分、兵力もそちらに回せるでしょうしね」
「やはりアデル殿は面白い御仁だな。想像以上だった…………一つ聞いても良いだろうか?」
「…………なんなりと…………」
「この三国同盟……西部連合の行き着く先は見えているか?」
この質問、アデルとしては玉座の間での会見の時に聞かれるものだと思っていた。
そしてそれに対する答えも、ちゃんと用意していた。
「三国が力を合わせ、ガドモアに勝利した暁に、とるべき道は二つ。一つは、それぞれ自治権を持つ連合国家となる道。いま一つの道……それを良しとせぬならば、改めて三国で覇を競うこととなりましょう」
それぞれが自治権を持つ連合国家、現在の地球で言うならば欧州連合がそれに近いかも知れない。
シルヴァルドはその答えに満足した。
「ならば今は取り敢えず、の連合というわけだな?」
「願わくば前者の道を選びたいものです」
同感である、とシルヴァルドも頷いた。
勝負の行く末はアデルの勝利で終わった。
だが、シルヴァルドの指し方にはところどころ光るものがあり、やがては自分を追い越すだろうとアデルは感じていた。
「さてと…………ああ、そのままで、片さずとも良い」
アデルが片付けをしようとするのを、シルヴァルドは止めた。
「ただ将棋を指していたということにしたい」
はて、とアデルは僅かに首を傾げた。
シルヴァルドはそんなアデルにはお構いなしに席を立つと、部屋の中にある机の引き出しから一枚の紙を取り出した。
そしてその紙をテーブルの上に広げた。
シルヴァルドが用意した紙、それは周辺諸国が記されているかなり詳細な地図であった。
この時代の地図といえば、国家的かつ、軍事的最高機密である。
縮尺の度合いなどは一定ではなく、もちろん正確性には欠けるだろうが、この一枚から得られる情報は膨大である。
それを見たアデルは、ギョッと両目を見開いて驚き、絶句した。
これほどまでにアデルが驚いたのには理由がある。
シルヴァルドがいとも容易く、国家の最重要機密である地図を見せたこともそうだが、何よりもその地図に描かれている地形…………ネヴィル、エフト、ノルト、ガドモア、イースタル、フランジェ、ベルクトの各王国は巨大な半島の中にあったのだ。
そしてさらに、南の海の向こうにはアルタイユ王国の名が刻まれている。
「さて、ここからは軍略について語らいたい。概要でよい。ん? どうした?」
アデルは未だ衝撃から立ち直れずにいた。
じわりじわりと額から噴き出る汗を、拭うことも出来ずに、広げられた地図をただ呆然と見つめ続ける。
どれぐらいの時間が流れただろうか。
数秒だろうか? それとも数十秒だろうか? あるいは数分かも知れない。
ようやくのことで、自分を取り戻したアデルは、何度か大きく息を吸って吐くを繰り返した。
「御見苦しい姿を見せた。申し訳ない。我が国には、このような立派な地図は無かったので驚いてしまった」
「よければその地図を差し上げよう。同盟国となったのだ。共に軍略を語るにも必要となろう」
これまたアデルは驚いた。
最高峰の軍事機密の無償提供を申し出て来たのだ。
「よ、よろしいので?」
あまりの驚きに、アデルの声が僅かに震える。
「うむ。申し訳ないが、貴国の名はこの地図には記されていない。この地図は、貴国の建国前に記された物でな」
シルヴァルドの言う通り、この地図にはネヴィル王国の名は記されていない。
当然ながら、まだ建国宣言前であるエフト王国の名も無い。
「我が国はだいたいこの辺り。そしてエフト王国はこの辺りですね」
アデルは地図に指を這わせ、自国とエフト王国の辺りをなぞった。
「さらに詳細な地図もあるのだが……それはもっと互いを理解してからということで容赦願おう」
この時アデルは、このシルヴァルドの言葉を、取り乱した自分を労わるための冗談や軽口の類だと思っていた。




