ノルトの王族たち
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9月16日に少しだけ追記しました。
「ネヴィル王国と同盟を結ぶのは良いとしても、何らかの重石をつけるべきでしょうな…………例えば、通婚など…………」
そう進言するのは、シルヴァルドの八歳年上である従兄のスヴェルケル公爵。
この男は病弱なシルヴァルドはそう長くはもたないだろうと見て、野心を露わにし始めていた。
スヴェルケルに取って見れば、小国ネヴィルとの同盟などどうでもよいが、これは王位継承権を持つ王妹ヒルデガルドを他国へと追いやる好機であると考えていた。
シルヴァルドは放っておいてもやがて死ぬ。シルヴァルド亡き後、王位を継ぐのは自分か、あるいは同腹の妹であるヒルデガルドとその婿か。
だがここでヒルデガルドがアデル王に嫁がせてしまえば問題ない。
純血主義のノルト貴族たちは、いくら王妹の婿だからといっても、アデル王のネヴィル、ノルトの二重国王として受け入れるはずもない。
たとえアデル王とヒルデガルドがそう主張してきたとしても、彼らがノルトの地を踏む前に素早く自分が、王位に就いてしまえばいいのだと。
「これ! 不敬であるぞ!」
そう言って咳払いをしながら、スヴェルケルを横目で見るのは、シルヴァルドの母方の伯父であるクリプト公爵。
クリプト公爵としては、スヴェルケルごとき若輩者に、可愛い姪の命運を勝手に決められては面白いはずはない。
さらに、次期国王面をして常日頃から居丈高なスヴェルケルの態度にも我慢がならなかった。
二人の間に険悪な空気が漂い始める。
王族と外戚との諍いにむやみに巻き込まれては敵わぬと、諸将は口を閉ざし見守るばかり。
そんな場の空気を打ち払うかのように、シルヴァルドが口を開いた。
「従兄殿の言には一考の余地はあるが、そう事を急ぐ必要もなかろう。アデル王の人となりを見てから改めて考えても遅くはあるまい」
年上の従兄の顔を立てつつも、シルヴァルドは明言を避けた。
彼自身、アデルの資質を測ってみたかったのである。
その上で、自身の眼鏡に適えば、妹を嫁がせてもよい。
ただし、ヒルデガルドの気持ち次第のところはある。
「今宵の歓迎の宴において、余はネヴィル王国との同盟を宣言する。近いうちに建国されるであろうエフト王国については、アデル王と協議の上で組むか、組まざるかを決めるものとする」
こうして会議は終わった。
会議の間から面白くなさそうな顔をして、足早に退出したスヴェルケルの背を、幾人かの貴族たちが追った。
「塩欲しさに取るに足らぬ小国と組むとは、燦然と輝く我が国の歴史に傷がつきましょうぞ!」
「左様。しかも対等な関係とは…………これ以上の屈辱は御座らぬ」
彼らはスヴェルケルを次期国王として担ぎ上げるとした者たちである。
「ふん。医者の話では陛下の御病気は原因不明。治療法すらわからぬという。今だけだ。今だけは、陛下の御自由になさるがよい」
そう言って振り返ったスヴェルケルの顔は、余裕に満ち溢れていた。
そう、まるで玉座にその手を掛けたかのように…………
ーーー
王宮の最奥には、王の部屋、王妃の部屋、そして王妹の部屋がある。
王妹ヒルデガルドは、王族として晩餐への出席を、兄であるシルヴァルドより直々に命じられていた。
「どのような御方でしたか?」
ヒルデガルドことヒルダは、御付の若い侍女にアデル王の容姿を問う。
問われた侍女は、人伝に聞いたアデルの容姿をヒルダに伝えた。
「黒い狼の毛皮を纏っている? それだけですか?」
「いえ、いえ、何でも聞くところによれば、口は大きく、狼のように耳まで裂けているとか。あと、大きな白い牙が見えたとか…………聞くだけで大変恐ろしゅう御座います」
ヒルダは、ふふっと、そんなはずはない、馬鹿げていると鼻で笑った。
そして視線をテーブルの上へと移した。
テーブルの上を見つめるヒルダの瞳には、将棋の駒が映っていた。
「あの将棋を考えたのは、アデル王だと聞いています。もしそれが本当ならば、相当頭が良いのでしょうね…………」
ヒルダは最初、将棋にもそれを作ったとされるアデルにもまったく興味はなかった。
むしろ最初の頃は、将棋を憎んですらいた。
なぜなら、最近兄であるシルヴァルドが将棋に嵌り、そのために兄妹水入らずのお茶会の回数が、めっきりと減ってしまったからであった。
ヒルダは考えた。兄を将棋から取り返す方法を。
だが、これといって良い知恵は浮かばなかった。
そもそも兄が嵌っている将棋が何なのかすら知らなかったのだ。
そこで、まず将棋とは何なのかを調べた。調べたところ、それは遊具であることが判明した。
なぜ兄がそこまで将棋とやらに夢中なのか、まずそれを知ろうとして、出入りの商人に無理を言って将棋を取り寄せた。
取り寄せたはいいが、遊び方を周囲の者たちは誰も知らなかった。
そこで兄であるシルヴァルドに直接、遊び方を教えて貰う事にした。
結果、以前より敬愛する兄と一緒に居られる時間が増えたのだった。
今では、この将棋そのものは難しくてあまり好きではないが、将棋とそれを作ったアデルに少しだけ感謝していたのだった。
侍女の一人に髪を梳かれながら、用意された真っ赤なドレスに目を向ける。
この赤いドレスは、まだ兄であるシルヴァルドにも見せたことは無い。
兄様は褒めてくれるだろうか? それとも少し背伸びしていると笑われるのだろうか?
晩餐会に出る前に、兄様に見て貰った方が良いかも知れないと考えたヒルデガルドは、
「兄様は今何処に?」
と、髪を梳き終わり、髪を編んでいる侍女に聞いた。
だが、侍女は存じ上げませんと首を横に振った。
その問いに答えたのは、数分前に銀のティアラを持って来た侍女頭だった。
「陛下で御座いましたら、今はネヴィル王国の国王陛下と協議をなさっておられるはずですが…………」
まぁ、とヒルデガルドは驚きつつも、外見に似合わぬ行動力が実に兄様らしいと微笑んだ。
「では、兄様にこのドレス姿をお見せするのは、晩餐会の時になってしまうのね……どうかしら? 似合っている? どこかおかしなところはない?」
おかしなところなど御座いません。とても御似合いですとも、と侍女たちは褒めそやした。
「ヒルダ様、首飾りは如何致しましょう?」
侍女頭がティアラと共に持って来た首飾りの中から、ヒルデガルドは純白の輝きを誇る、真珠のネックレスを選んだ。
「そういえばネヴィル王国の国王が、陛下にとても珍しい宝石を献上したとか……」
宮廷に仕える女たちの情報網は侮れない。
どこから聞いたのかはわからないが、アデルが捕虜の身代金として虹石を差し出したことは、最早すでに宮廷に仕える侍女たちにまで知れ渡っていた。
「ヒルダ様、陛下にその宝石をおねだりしてみては?」
「馬鹿な事を言わないで! わたくしはそんな破廉恥な女ではないわ!」
侍女の軽い冗談に、ヒルデガルドはムッとしながら鏡を睨んだ。
兄であるシルヴァルドとそっくりな切れ長の目に、険がこもったのを見た侍女は床に伏せ、慌てて謝罪を繰り返した。
もういいわ、とヒルデガルドは許し、
「他国の王が来ているのです。宮廷に仕えるそなたたちが、たかが宝石一つで浮ついている様を見せれば、それは国の恥となります。以後、言動には注意なさい」
室内にいる侍女たち全員が、謝罪の言葉と共に頭を下げた。
そして侍女たちの誰もがこう思った。
もしヒルダ様が男児であったならば、シルヴァルド王がその志半ばで斃れたとしても、立派に後を継げただろうにと…………
みんな台風大丈夫ですか?




