組むか組まざるか
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アデルたちが宛てがわれた部屋でくつろいでいる頃、シルヴァルド王と主なる諸侯たちは、城内の大会議室に集まっていた。
そして会議が始まるやいなや、宰相ブラムは、一触即発の事態を引き起こす元となった武器の持ち込みを見逃したユンゲルト伯爵を、厳しく叱責した。
「まったくをもって、面目御座いませぬ。よもやあのような形で剣を持ち込むとは…………心のどこかで所詮は子供と侮っていたのかも知れませぬ。誠に申し訳ございませぬ」
ユンゲルトは最初から平謝りである。
たとえ子供であろうと、油断するとは何事かとさらにブラムは吼えた。
が、その怒声はシルヴァルドの笑い声によって掻き消された。
「よい。面白い余興であった。それに、彼の者の覚悟のほどを垣間見ることができた。ユン伯、何事も起らなかったのだ。気にするな。それにしても…………大した少年だな…………」
そうでしょうか、と諸侯の一人が首を傾げた。
「たしかアデル王は十二歳だったな。卿が十二のときはどうであった? 国の行く末を憂いて自ら動き、何かを成し得ようとしたか? あの歳で命を懸けたことは? 卿らの子や孫たちはどうだ? 余が十二の頃は、そんな覚悟をもって行動したことは無かったが…………」
シルヴァルドの言葉に返って来たのは沈黙。
言われてみればアデルはたったの十二歳。
その十二歳の少年の胆力と、その覚悟のほどは嫌でも認めざるを得なかった。
「確かに王の言う通り、恐るべき胆力。それに小才も利く」
「あと数年もすれば、化けるかも知れぬ」
それを聞いたシルヴァルドは、あと数年も掛かるのだろうか、もう既に化け始めているのではなかろうかと微笑んだ。
「アデル王は、我がノルト王国とネヴィル王国との対等の同盟を望んでいる模様。それについて、皆の忌憚なき意見を聞きたい」
その言葉を最後に、シルヴァルドは口を閉ざした。
聞き手に回った王の代わりに、宰相のブラムが会議の進行役を務めた。
「まずは、ネヴィル王国の建国を正式に認めるかどうか。正式に認めるとなれば、ガドモア王国の怒りを買う事になろう」
「認めようと認め無かろうと、ガドモアは攻めて来よう。で、あれば、認めたところで何の問題も無いのでは?」
「国として認めず、彼の王を捕え、ガドモアに差出して恩を売るというのは?」
一人の貴族がこう提案すると、大半の貴族たちはその案を鼻で笑った。
「ガドモアの愚王が、そのようなことで恩を感じると思うか? ご機嫌取りの弱腰と受け取り、攻める好機ととられるが関の山よ」
「ネヴィル王国の建国を認めるとして、エフトの方はどう致す?」
「認めるほかあるまい。癪に障るがな…………小国とはいえ、二国を相手取るのは悪手である」
「そうだな、二国を相手にしているうちに、背後からガドモアに攻められでもしたら、目も当てられぬしな。なるほど…………陛下があの少年を気に掛けるわけですな。二国とも建国を承認せざるを得ない状況というわけですか。いやはや、勿論誰か大人が後ろで糸を引いているのでしょうが、大したものだ」
ここでユンゲルトがネヴィルに赴いて得た情報を披露する。
「ネヴィルとエフトは極めて親密な関係であるといえます。ネヴィルの王弟とエフトの族長の娘が婚約しているという情報を得ています。また、ネヴィル王国から我が国への音物でありますが、我が国に達してからはこちらの兵を輸送の任に宛てましたが、国境まではエフト族の人夫によって運ばれて来たと、ユプト子爵からの報告がありました」
「つまり、ネヴィルを敵にすればエフトもまた敵になると?」
その可能性は高いでしょうな、とユンゲルトは頷いた。
「厄介な…………いかに小国とはいえど、山麓を盾すれば容易には降せまい。今までは戦略的価値が皆無であるとしてエフト族を放置していたが…………」
「そのさらに南にあるネヴィルで、塩が取れるとなれば、話は変わってきますな」
内陸国であるノルトにとって、塩は貴重である。
現在は東の同盟国であったイースタルからの輸入に頼っているが、現在イースタルは王が寝たきりの状態で、時折昏睡状態になり政治が乱れている上、後継者争いが激化し治安も大きく乱れ、結果として同盟も有名無実化し、大規模な交易も途絶えがちになっていた。
また、強欲なイースタルの商人たちによる塩の強気な値も、国の懐に深刻な影響を与えていた。
ネヴィルで岩塩が取れると知り、目の色が変わりかけている諸侯に、ブラムが釘を刺す。
「承知しているとは思うが、現在の我が国の糧秣事情は、さほど回復してはおらぬ。数年続いた天候不順による影響は、まだまだ後を引くと考えられる」
「つまり、二国を攻めることは出来ぬと?」
「それは各々方が、よく承知しているのではないか?」
諸侯から、重苦しい溜息が洩れる。
「ガドモアとの国境沿いも、小規模な戦闘は絶えぬし、いつ火種が大きくなるかもわからぬ以上、迂闊には動けぬか…………」
「長期戦になれば、いや、山に籠られては長期戦となるのは目に見えている。となれば、兵糧が苦しい」
「するとなにか? 結局のところすべて、あの小僧の思惑通りというわけか?」
諸侯らの顔に苦々しさが灯る。
大国であるノルトの貴族が、新興の小国の王、それも子供に振り回されるとあれば、面白いはずもない。
「ふふっ、誇りを傷つけられようと、踏みにじられようと、構わず実利を取るのが、我らノルトの王侯貴族というものよ。体面ばかりを繕う、宮廷の飾り人形の集まりであるガドモアとは違う。ネヴィルが新興の小国だろうとなんだろうと、それは関係ない。そこに利があるのならば、手を結ぶまでのこと」
それまで聞き手に回っていたシルヴァルドが口を開いた。
「では、陛下はネヴィル王国と同盟を御結びになられると?」
「うむ、攻め降せぬとあればそうするしかあるまい。何にせよ塩は欲しい。イースタルとの関係も日々、怪しくなってきておることだしな」
「ネヴィル王国と同盟を結ぶということは、エフト王国の建国も御認めになられるのですか?」
「仕方あるまい。それにアデル王の提唱する西部連合による西部経済圏、これに乗ったとして、少なくとも我が国に損は無かろう」
「彼の国はガドモアから離反し、怒りを買っております。手を結べば、ガドモアの大規模な侵攻の引き金となる危険がありますが…………」
「なにもせずとも、ガドモアはいつか必ず攻めて来るであろう。それに今はイースタルの各王子たちが、手柄を争い東端を荒らしまわっていると聞く。余は、これが落ち着くまで、ガドモアによる我が国への大規模の侵攻はないと見ている」
「しかし、いくらなんでも対等な同盟関係というのは…………」
「それも構わぬ。対等な同盟関係には、自ずと義務が生じよう。つまり、我らと常に轡を並べて戦うということだ」
諸侯はそう言い放つシルヴァルドの青い瞳の奥底に、得体のしれぬ冷たさを感じて背筋を震わせた。
「小国ゆえ、大国どうしの戦いについて行けぬなどという、腑抜けた言い訳は、絶対に許さぬ。もしそのような弱音を一言でも吐こうものならば、義務を果たさぬ罰として、その権利を奪い取ってしまえばよいだけのことよ」
このシルヴァルドの言葉を聞いて、諸侯はなるほど、納得して頷いた。
ブラムもまた、内心で安堵していた。
これまでのシルヴァルドの態度を見るからに、アデルを甘やかすのではないかとの懸念があったのだ。
だがシルヴァルドは、そんなブラムの心境など一顧だにせず、あくまでも自国の利益を優先し、追求する姿を見せたのだった。
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ところで突然ですが、三国志はみなさんお好きでしょうか?
私は大好きですが、その中でも特に曹操が好きです。




