若き王と若すぎる王
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記憶の中にあるベルサイユ宮殿のような華やかさを、リルストレイム城は持ち合わせてはいなかったが、その質素さが逆に現王の清廉さを表しているかのように感じられ、アデルはこの城に好感を覚えた。
一方、後に続く三人はというと、アデルとは違いリルストレイム城の清潔感のある華やかさに目を奪われていた。
きょろきょろと左右に目まぐるしく目を動かす三人の気配を感じたアデルは、田舎者丸出しだとユンゲルトが内心で嘲笑しているだろうと思ったが、当のユンゲルトはというと全く違う思いを抱いていた。
(王を守らんとして警戒しきりというわけか…………流石は武門の国柄というべきかな)
やがて細やかな装飾と、ノルト王国の紋章が彫られた巨大な扉が見えて来た。
扉の前にはシクラスを着込み、武装した騎士たちが守りに就いていた。
袖なしのシクラスの下にはチェインシャツを着込んでいるのが遠目でも見て取れた。
その騎士の中の一人、赤い羽根付きの兜を被った騎士が二人の騎士を引き連れ、前に出て来た。
「これより玉座の間に御座いますれば、御腰の物を御預かり申す」
赤い羽根付き兜の騎士の名はオルシーニ・ガリエラといい、近衛騎士団副団長にしてシルヴァルド王の遠縁に当たる人物であった。
性格は極めて厳格かつ実直であり、正に警備という任務にはうってつけの男であった。
が、この日だけはそんな彼にも隙があったといえる。
そのオルシーニの言に、ブルーノは身を乗り出して激昂した。
「無礼な! 我らは虜囚では無いぞ!」
オルシーニはそんなブルーノの言葉に眉一つ動かさず、玉座の間に武器を持ち込めるのは、王と我ら近衛騎士団のみであると告げた。
ブルーノが目を怒らせ、さらに身を乗り出そうとするのをアデルは制止した。
「待て。武器を渡してやれ」
「しかし、陛下!」
「よい。構わぬ」
「…………はっ、承知致しました…………」
渋々といった体でブルーノは腰の剣を外し、近衛騎士に手渡す。
ゲンツは舌打ちしながら、トラヴィスは黙ってブルーノと同じく剣を手渡した。
「そちらに抱えている物は一体なんで御座いましょうか? よろしければ改めさせて頂きとう御座います」
オルシーニは、拒否することは許さぬといった鋭い眼光を、ブルーノとトラヴィスの二人に向ける。
二人が羊皮紙の束らしきものを小脇に抱えているのを見逃さなかったのだ。
「これは我が国から貴国へと贈る音物の目録である」
と、トラヴィスは小脇に抱えていた羊皮紙を開いて見せた。
そちらも? とオルシーニが目で問う。
トラヴィスはそうだとばかりに頷いて見せた。
「結構で御座います。では、アデ」
「ゆくぞ」
オルシーニの言葉を遮るように、アデルは声を発した。
そして不快であると言わんばかりに、ユンゲルトを顎で促した。
「お、お待ちを!」
オルシーニはアデルの背に声を掛けるが、アデルの歩みは止まらない。
困ったようにユンゲルトを見たが、振り返ったユンゲルトは首を横に軽く振るのみであった。
ユンゲルトはアデルの腰と背中に背負う剣、合計三本の剣を単なる恰好つけの飾りであると見ていた。
それもそのはず、普通の子供ならば剣を腰に佩き、二本も背負えば背が曲がったり、動作がぎこちなくなるはずであると。
これはオルシーニも同様であった。
しかしながら役儀にて、たとえ飾りであろうと何であろうと、武器の形状を偽した物ならば預からねばならないと考えていたのだが、本物でないのならば、大した問題にはなるまいとして、取り上げる事を諦めた。
二人とも、アデルの三本の剣が全て本物であるとは、露ほども思っていなかったのである。
年齢の割に身体が大きいとはいっても、アデルは十二歳。ヒルデガルド王女の一つ上。
その十二歳の少年が、平素より野山を駆け巡り、国一番の武辺者に鍛え上げられ、さらには記憶の中にあった近代的なトレーニングを、日々欠かす事無く施した化け物じみた少年であるとは思いもよらない事であっただろう。
こうしてアデルは、武器を取り上げられずに玉座の間に持ち込むことに成功する。
アデルが玉座の間の巨大な扉の前に立つと、扉は重々しく僅かに軋んだ音を立てながらゆっくりと開いた。
「ネヴィル王国アデル王陛下、御入場!」
アデルは一歩玉座の間に入った瞬間、左右に並ぶ文武百官たちの視線が、全身に突き刺さるのを感じた。
(この姿…………虚仮脅しだと鼻で笑われるのだろうな。ちくしょう、トーヤのやつ…………覚えとけよ)
だがアデルの思いとは違い、その姿を見たノルトの文武百官たちは若すぎる少年王の姿に、驚きを隠せずにいた。
狼の毛皮を纏い、背に二本の剣をクロスさせて背負うアデルの姿は確かにこの世界でも異質であり、一件すると野蛮とも思えるが、母親似の優しげな顔だちと、頭に光る美しい白金のサークレットとが醸し出すアンバランス感が、見る者の目を捉えて離さない。
息遣い一つ聞こえないような沈黙の中、アデルは一段高い玉座に座るシルヴァルド王の元へと、ゆっくりと歩き出した。
その後ろを、緊張を隠し切れない足音で三人が続く。
アデルの足取りには一切の澱みがない。アデルは若すぎるとはいえ、間違いなく王であった。
その場の雰囲気に呑まれることも無く、自信に満ちた歩みで一歩、また一歩と玉座に近付いて行く。
一体どこまで進むのだろうかと、皆がアデルの一挙手一投足を注視する。
やがてアデルの歩みが止まると、どこからかホッとしたような溜息がいくつか聞こえた。
玉座の間に居並ぶ百官たちは思った。ネヴィル王国は小国であり、今回のアデル王の来訪は捕虜返還に託けてノルト王国の庇護下に入るのだろうと。
従って誰もが皆、この後アデルが膝を折ると疑わなかった。
アデルは暫くの間、黙って立っていた。
その目に映るのは、玉座に座る若き王。
若すぎる王と若き王との視線が交差する。
双方共に青い瞳。だがその内に秘めた輝きは大きく異なる。
アデルの青が、太陽の光をキラキラと反射させる海原とするならば、シルヴァルドの青は、森の奥深くにある深く静かな湖のよう。
静と動、対照的な瞳は、しばし無言で瞬きもせずに見つめ合う。
そろそろアデルが跪くだろうと思ったその瞬間、アデルのすぐ後ろに控えるブルーノが一歩前に出て、小脇に抱えていた、木枠で補強された羊皮紙の束と思われていた物を素早く組み立てた。
シルヴァルド王を守る近衛騎士たちの肩が僅かに揺れ、いつでも飛び出せるようにと身構えた。
やがてブルーノは組み立てた物を、アデルのすぐ後ろに置いた。
アデルは後ろを振り返りもせずに、そのまま腰を下ろした。
それを見届けたブルーノは、一歩下がり一端の武人らしく整然と跪き、ゲンツはぎこちなく、トラヴィスは優雅に跪いた。
ブルーノが組み立てたのは、中国や日本で用いられている床几であった。
アデルは皆の予想を裏切り、膝を折り首を垂れることなく、堂々と床几に腰を下ろしたのだ。
王が王に膝を折るのは、降るときのみ。
自分は決して降りに来たのではないという、断固たる意思を示したのであった。
これにはさしものシルヴァルドも、あっけにとられてしまった。
が、直ぐにアデルの無言の意志表示を汲み取り、僅かだが面白そうに口の端を歪めた。
「無礼者! なぜ跪かぬのか!」
武官の列、それも王から近い場所の貴族が、一歩前に出てアデルを指差しながら罵倒した。
その瞬間である。さっと、ブルーノとゲンツが立ち上がり、床几に腰を掛けたままのアデルの背の剣に手を伸ばしたのだ。
居並ぶ諸侯たちは皆、アデルの背の剣をユンゲルトと同じく、ただの飾りと見ていたが、僅かに抜かれた剣の煌めきを見て、ギョッと両目を見開いた。
その刃を見て、弾かれたように近衛騎士たちが飛び出し、剣の柄に手を掛け、僅かに腰を落とす。
王の傍らに控える宰相ブラムもまた、シルヴァルド王の盾となるように両の手を広げて、王の前に立った。
一触即発。厳かな玉座の間の空気は、一瞬にして戦場の風を巻き起こす。
じりりと焦れるような、僅かな間。
「待て」
どちらが先に発したのだろうか? ほぼ等しく発せられた制止の言葉。
ブルーノとゲンツが剣から手を離すと、それを見届けた近衛騎士たちもまた、ゆるりと油断なき瞳を二人に向けたまま退いた。
ノルト王国の近衛騎士が着ているシラクスとはサーコートのことです。
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