産地偽装するぞ!
「父上!」
ネヴィル家当主であるダレンが、実父であり前当主であるジェラルドの書斎の扉を荒々しく開いた。
「なんじゃ、騒々しい」
行儀や作法をまるで無視したにもかかわらず、ダレンの頭には拳骨が降って来る事は無かった。
三人は口を尖らせて、父の不作法を非難した。それに対してダレンの言い訳はこうだ。
「あれは私のような、武辺一辺倒になって欲しくはないがための事だ。許せ」
そう言って三人の頭を長男のアデルから順に撫でる。
躾けを理由とされてしまっては、三人は黙るしかない。
「それで、どうしたというのじゃ?」
これを、と差し出したダレンの剣ダコで硬くなった手のひらには、割れた石が載っていた。
その石の断面を見たジェラルドの顔に、普段よりも一層強い皺が刻まれる。
「……これを何処で?」
長男のアデルが後の説明を引き継ぐ。そしてその石、オパール化した石が領内の畑から出て来たと聞き、ジェラルドは文字通り声を失った。
「これは拙いな……この事を知る者は?」
「ここに居る私と息子たちだけです」
それを聞いたジェラルドは、心底ホッとしたように溜息をついて椅子に深く腰掛けて弛緩した。
「お手柄じゃな、だがこれは売れぬ」
「何故です? これを売れば、領内を富ますことが出来るではありませんか!」
祖父から出た意外な言葉に次男のカインが反発する。
落ち着けとダレンに窘められたカインは、未だ納得がいかずに不満を顔に示す。
やれやれとジェラルドは首を振り、不満を示す三人に向き合う。
そしてこれから申すことは他言無用ぞと念を押し、それに三人が頷いてから喋り出した。
「お主たちにはまだ難しいかと思って話してはおらぬが現在、至尊の座におわせられまする国王陛下は些か問題の多い御方でな……お前たちにわかるように簡単で言えば強欲……つまり欲深いのじゃ。このネヴィル領で、畑から宝石が取れるなどという話が、そのお耳に入ればどうなると思う? 良くてまた僻地に左遷、悪ければ難癖をつけられてお家取り潰しか、追放……最悪は殺されるかもしれん」
それを聞いた三人は、目玉が飛び出るかと思うほどに驚いた。
昔祖父にした仕打ちといい、今の話からすると暗君、暴君の類ではないかと。
三人は思わず顔を見合わせた。その思う所は完全に一致していることが、お互いの表情から窺い知れる。
貧しいながらも貴族として生を受けたというのに、よりによって暴君の治める国だったとは……二国から侵略されていることからも、下手をしたら滅亡一直線ではないかと。
「聞き難いのですが、それほどまでに駄目なのですか?」
アデルは敢えて国王や国の名を出さずに、直球を放って見た。
「率直に言おう。駄目じゃな、これも構えて外に漏らすでないぞ……一昨年前に、陛下の御乱行を諌めた臣の幾名かが、相次いで処罰を受けた」
「殺されたのですか?」
その問いにはジェラルドは答えなかった。だが、黙祷を捧げるように両目を閉じたことで三人は悟ってしまった。
これではせっかく宝石を見つけても意味が無い。かえって腹に爆弾を抱え込むようなものである。
「それにしても今までよく、宝石類が出て来なかったものです。おかげで我が家は安泰だったわけですが……」
「はっはっは、それは簡単じゃよ。お前たちはこの……何じゃったかな?」
手のひらに載せたオパールを指でヒョイと摘まみ上げる。
「化石です」
「そうそう化石じゃったな。この化石とやらの価値を知っていようが、儂らにはただの変な模様の入った石くれにしか見えん。農民たちにも同様じゃろうて……」
なるほどと、三人は納得した。表面までオパール化なりアンモライト化しているならいざ知らず、見てくれは単なる石を、わざわざ割って中身を確かめようとする者など皆無だろう。
それに今でこそ食料の自給自足が可能で、生産能力の向上により幾分かの余裕が出てきてはいるが、ジェラルドがこの僻地中の僻地に飛ばされて来た当初は、そのような余計な事柄に割く時間は一秒たりとも無かっただろう。
「しかし、残念です。これを売れば大分家計の助けになるとわかっていながら、みすみすそれを見過ごさなければならないとは……」
ダレンは両の拳をきつく結んで悔しがる。
「「「いや、売りましょうよ」」」
そんな父を見て三人は同時に声を発した。
お前たちは今の話を聞いていなかったのか? ああ、それともまだ子供だから理解が出来なかったのかという表情を浮かべる祖父と父に、三人は提案する。
「ただ売るのでは足がついてしまいます。産地を偽装しましょう」
ジェラルドとダレンは絶句した。三人は同じ前世の記憶を持っている。
その前世……高瀬賢一の記憶の中に、産地偽装をする業者のニュースがあったのだ。
「お爺様、父上にお聞きしますが、この化石という物は現在の王国で一般的に流通しているのでしょうか?」
ジェラルドもダレンも首を横に振る。
「儂はここに来る前まで王都に居たが、見たことはないのぅ。変な模様の石ごときに金を払う好事家など、話にも聞いたことは無い」
「私も、何度か王都には出向いて市場などを見て回ったことはあるが、この化石とやらを売っているのを見たことはない」
「要するに、誰も知らない。そう考えてもよろしいと?」
断言は出来んが、とジェラルドは頷く。
「ならばこういうのはどうでしょう? この化石は、太古の海に生息していた貝類のものです。つまり、物凄く広い意味で元は海産物ですよね? それならば太古の、と言う所だけを伏せてしまえば、後は勝手に勘違いするのではありませんか? ああ、もう一ついいこと思いついた! 隣国のイースタル産ということにしましょう。前に見せて貰った地図では、イースタルには海がありましたよね? 戦争になってることですし、事の真偽を確かめようとしてもそれは容易では無いはず……くっふっふ」
「名案だぜ、アデル! 欲深な国王がこれを欲しがってイースタルを攻めても、元々戦争中だから今とあまり変わらないもんな」
「いい案だと思う。ただ、協力者が必要だね。誰か信用出来る商人……ロスコお爺様のロスキア商会だな!」
アデルの案にカインとトーヤも賛同を示す。
既に彼らは売った金を使って何をするかを話し始めている。
「まず人を買う。若い奴隷、安ければこの際子供でもいい。その人を使って石灰岩とシラスを切り崩して、コンクリートで建物を作る」
「なら人だけじゃなく、鶏も買おう。養鶏場を作るのが良いと思う。食に関することだから、領民たちの理解も得られやすいだろうし、鶏糞は集めて醗酵させれば良い肥料にもなる。今のように各家庭で放し飼いでは、如何せん生産性が低すぎる」
「いいね。各村に一つづつ、いずれは卵を毎日一人一つの配給制にして、毎日各家庭の食卓に卵料理が載るようにしたいな」
捕らぬ狸の皮算用ではあるが、三人の夢は止まらない。何としてもこのネヴィル領を豊かにして、祖父や両親に孝行したいと思っているのだ。
そんな三人の話を、ジェラルドとダレンは穏やかで優しげな目で見守る。
二人は武に関しては、誰にも譲らないという自負はあったが、既に自分の政治や経済の才に関しては見切っていた。
自分たちのこれからの役割は、今目の前に居る若い才能を守り、伸ばすこと。そして行き過ぎに対してはブレーキを掛けてやることだと考えていた。
しかし……とジェラルドとダレンは眉間に皺を寄せる。まだ僅か七歳、まだまだ遊び盛りの年頃だというのに、それらを満足にさせぬうちに、政治や経済の道に足を突っ込ませてしまった自分たちの不甲斐なさを、嘆き、恥じてもいたのであった。
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