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若きネヴィル国王は派手好きである

お待たせしました!

私も今日から夏休みに入りました。

出張で半月近く留守にして、更新も出来ませんでしたが、その間にも感想や評価、ブックマーク、そしてカッコいいレビューまで頂き、感謝感激であります!


ぜかりす様、レビューありがとうございます!

この場を借りて厚くお礼申し上げます。


 ノルト王国の入口であるユプト子爵領を越え、一路ノルト王国の王都リルストレイムを目指す。

 道中は、シルヴァルド王が派遣した騎士たちと、道中にある貴族家の騎士たちが護衛に就いているので、アデルたちはその点に関しては気楽な旅でもあった。


「もうすっかり冬だな」


 アデルの吐く息は白い。


「ノルトの騎士に聞いたところによりますと、すでに南の国境沿いの山々では、雪が降り始めたとか…………」


 そう言うトラヴィスは意外と寒がりなのか、毛皮の外套の下に幾重にも着込み、ぶくぶくと着ぶくれしている。

 その姿が何度見ても面白いのか、アデルはトラヴィスを見るたびに笑いを堪えねばならなかった。


「そうか、退路は断たれたということだな。ならば、前に進むまでだ」


 アデルのその言葉にトラヴィスを始め、たった二人の近衛であるブルーノとゲンツ、そして唯一の将であるグスタフが頷く。


「しかし、荷の護衛を彼らにすべて任せてしまって良いのでしょうか?」


 グスタフは後ろを振り返りながらアデルに問うた。


「構わぬ。もう既にここはノルトの地。国内で他国の使者が襲われ、荷が奪われたとあっては国の恥。であれば、彼らは死にもの狂いで我らと荷を守ってくれるさ。それよりも、今の内にこの寒さに慣れておけ。もしかすればこの後、人生最後の大立ち回りを演じなければならんのだ。その時に寒さに身を縮こまらせ、満足な働きが出来なければ、死んでも死にきれぬぞ」


 歳の割に肝が据わっている。いや、据わりすぎているとグスタフは思った。

 先代も先々代も肝の太いお方であったが、三代目、この若すぎる王はそれ以上であると、あらためて畏敬の念を覚えた。

 その後何事も無く順調に北上を続け、王都リルストレイムの目と鼻の先にあるブラマイオという街へと到着した。

 このブラマイオから王都までは徒歩でも一時間ほど。ここでアデルたちは小休止を行うと共に、ネヴィル王国軍冬季兵装へとお召替えを行っていた。


「な、なんじゃこりゃー!」


 お召替えのために借りた街一番の宿の一室で、アデルは顔色を白黒させながら叫び声を上げた。

 この日の為にあつらえた衣装は、弟であるトーヤが用意した物である。

 それを身に纏ったアデルは、鏡を見て絶句した。


「おお、なんと勇ましき御姿か! まるで我が国の武威をその身でお示しになられているようで…………」


「本当にそう思っているのか?」


「はい、勿論で御座います!」


 ブルーノの目を見たアデルは、ブルーノが真にそう思っていると悟った。

 ブルーノは奴隷の身から騎士にしてもらった恩があるから、否定的なことは言い辛いのだろうと、今一人の近衛であるゲンツにこの衣装の感想を求めた。

 ゲンツはいわば幼馴染。アデルに対してもある意味で遠慮がない。忌憚ない感想が聞けるだろうと。


「おう、恰好いいなそれ! 俺の分は無いのか?」


 こいつらのセンスはおかしい。もっとも一番おかしいのは、トーヤのセンスだが…………と、一縷の望みをかけてトラヴィスを見た。

 トラヴィスはガドモアの王都産れである。生まれながらにして、大都会のファッションセンスを目の当たりにして来た男である。そんなトラヴィスの目から見れば、この衣装が如何におかしなものであるかわかるはずだと。だが、そんなアデルの微かな期待は粉々に打ち砕かれた。


「斬新かつ他に類を見ない壮烈な意匠。ブルーノの申すとおり、武を全面に押し出しかのような衣装。まさにネヴィルの国王に相応しき御姿かと…………」


 ああ、とアデルは手で目を覆いながら天を仰いだ。

 アデルが身に纏った衣装は、ネヴィル王国の国旗である三頭狼を模したもので、両肩に狼の頭が、そして襷のようにこれまた狼の頭があり、旗と同じ数の黒く染めた狼の毛皮を用いられていた。

 ネヴィル王国に生息している狼の毛の色は灰色であるが、古くからこの地で染料として用いられていた夜叉五倍子ヤシャブシの実に似たグウの実を用いて黒く染め上げられている。

 アデルは慌てて荷を漁り、他の衣装を探したがどうにも見当たらない。


(まさかこんなある種のコスプレみたいな恰好でシルヴァルド王と対面するのか? ああ、もうやだ! トーヤの馬鹿! もう国とかどうでもいい、今すぐ死にたい…………)


 アデルの顔は恥ずかしさで紅潮していたが、それを見た者たちは皆、それを高揚感によるものだと見ていた。


「お前らのセンス、絶対変だぞ!」


 そう捨て台詞を吐きながら、今回の衣装のもう一つの肝である二本の長剣をX状にして背負い、それを革のベルトで固定した。

 アデルの腰には元々一振りの剣を佩いている。背に背負った剣を合わせると計三本の剣を身に纏う事となる。

 これはいくら年齢の割には大柄なアデルでも身に堪える。

 これではいざという時に、満足な働きなど望むことは出来ないだろう。


「これは恰好悪いが、しょうがないな。どうせ対面するときに、俺以外は武器を取り上げられるだろうし…………」


「いやいや、これはこれで相手の度肝を抜くでしょう。衣装といい、この剣といい、陛下の一挙手一投足に皆が釘付けとなるに違いありますまい」


 そう言うグスタフの目は晴れ舞台に登る孫を見るかのような優しさに包まれていた。

 だがそれもすぐに、悲壮感を伴ったものへと変わっていった。

 アデルは場合によっては、この衣装のまま死ぬのである。これは死に装束でもあるのだ。

 

「ここに至ってはしょうがない。出発前に確認しなかった俺も悪いしな…………全員着替えたか?」


「はっ、すでに着替え終わっております」


 この部屋にいるブルーノたち近衛は勿論、トラヴィス、グスタフもまた黒を基調とした革鎧の上に、黒く染めた狼の毛皮を纏っている。

 アデルは背に背負った剣を外し、剣を固定するベルトも外し身軽になると、高らかに出陣を宣言した。


「皆、覚悟は良いな? では行くか。これよりネヴィル王国軍、国王直下第一軍出陣する!」


 おう、とグスタフらは応え、部屋を後にするアデルに続いた。

 宿から出たアデルを待っていたのは、先に大使としてネヴィル王国を訪れたギルモア・ユンゲルト伯爵、その隣にはウルク・ログソゾヌ伯爵の両名であった。

 二人はアデルの姿を見て一瞬驚いた表情を浮かべたが、直ぐに表情を消し跪いた。


「シルヴァルド陛下の命によりお迎えに上がりました」


「久しいな伯爵。息災であるようで何よりだ」


「はっ、こうして再びお会いでき、光栄に存じます。傍らにおりますのは、ウルク・ログソゾヌ伯爵。某とログソゾヌ伯の両名が護衛の任を引き継ぐと共に、饗応役を仰せつかっております」


「御苦労。世話を掛けるが、万事よろしく頼む」


 アデルはそう言うと、兵が連れて来た愛馬に颯爽と飛び乗った。

 王の後を追いブルーノらも後に続き馬上の人となる。

 遠ざかるアデルの背を見ながら、ログソゾヌ伯はユンゲルト伯に問いかけた。


「アデル王は確か、歳は王女殿下と同じくらいのはずだったな?」


「うむ。違ったとしても一つか二つのはず…………」


「あの恰好を見たか? それにあの目…………少なくとも我が国に、首を垂れに来たのではないことはわかった」


「それに肝も太い。お主を見ても怯え一つ見せんとはな」


「人を化け物のように言うでないわ! しかしお主の言う通り、肝が太いことは確かだ」


 ログソゾヌ伯爵は黒髪の黒目、そして立派な口髭と顎鬚をたくわえている巨漢である。

 そのため、彼は度々その容姿から子供たちに怖がられることがあった。

 だが、アデルに取って見ればそんなのは見慣れてすぎていた。

 第一、父親が彼に勝る巨漢であったし、顔も精悍であった。

 またネヴィルの男たちの多くは、身体が大きく、辺境という厳しい環境下で鍛え上げられ、険しい顔つきをしている。

 アデルに取って見れば、ログソゾヌ伯に怯える理由は何一つ見当たらないのである。


 程なくしてアデルたちは王都リルストレイムへと到着した。

 リルストレイムの高く灰色の城壁を見上げたゲンツは、その高さと壮大さにポカンと口を開け驚いていた。


「…………高えな…………」


「ほら、口を閉じろ。城壁ごときで驚いていると、田舎者だと笑われるぞ」


 同僚のブルーノに小突かれ、ゲンツは慌てて口を閉じると、恥ずかしかったのか咳払いをして誤魔化そうとした。


「それよりどうだ? 五人倒せそうか?」


 チラリと遠巻きに護衛しているノルトの騎兵を一瞥しながら、ブルーノはゲンツに聞いた。


「わからねぇ…………はっきり言って、国を出る前は余裕だと思ってた。だが、実際に見るとわからなくなった」


 ゲンツは目玉だけを動かし、視界の隅にノルトの騎兵を捕えながら答えた。


「お前はどうなんだよ? れんのか?」


「シルヴァルド王を守る騎士たちは、そこにいる者たちとは、おそらく比べものにならない程の手練れだろう」


「臆したのか?」


「ぬかせ。陛下に誓ったのだ。五人は必ず討ち取って見せる」


 その意気だと、ゲンツは笑った。だが、手綱を握っているゲンツの手は微かに震えていた。


「あれ? おかしいぞ? 何で震えていやがるんだ?」


「それは武者震いというものだ」


 二人のやりとりを聞いていたアデルが、二人に自分の右手を見せた。

 アデルの手も、ゲンツと同じように小刻みに震えていた。


「ようは、大一番前で緊張しているのさ。そのうち慣れて震えは止まる。ブルーノは落ち着いているな。頼もしい限りだ」


「陛下の御厚恩を賜り、父と同じ騎士となった以上、騎士として、そして陛下の御為ならば、命を捨てるなど容易きことであります」


「逸るのはよいが、合図を待てよ。無駄死にはするな」


「はっ、承知致しました」


 ネヴィル王国第一軍百名あまりがリルストレイムの城門をくぐる。

 門をくぐった第一軍を待ち受けていたのは、異国の王を一目見ようと集まった民衆たちであった。

 

「おい、あれが黒豹の息子だぞ!」


 民衆の一人が、目ざとく護衛の中に埋もれがちなアデルを見つけて指差した。

 ネヴィル王国の国王であるアデルが来ることはすでに民衆に知れ渡っていた。

 そしてそのアデルが、ノルト王国相手に度々戦功を上げ、最後には勇ましく散ったネヴィルの黒豹ことダレンの息子だということも、知れ渡っている。

 もっとも、散々手を焼かされたノルトの評価は高いダレンと弟の白豹ことギルバートだが、ガドモアではそういった戦功の数々は上位貴族たちによって取り上げられてしまっていたので、ガドモア王国内でのダレンたちの知名度は低い。


「ひゃー、おっかねぇ姿だがや。今にも噛みついて来そうな顔していやがる」


「あら、可愛らしい顔しているじゃないの」


 女たちの中には、母親ゆずりの一見するとやさしげなアデルの顔を見て、黄色い声を上げる者もいる。


「何で黒豹の子が、ウチに来たんだ?」


「そりゃおめぇ、ウチの王様に頭下げに来たんだろ。何でもネヴィル家は、ガドモアと争っているちゅう話だしな」


「勝てるわけねぇべ。だいたいウチの王様だって、ガドモアには手を焼いているちゅうのにさ」


「だけど、聞いた話によると、もう二度もガドモアに勝ってるらしいぞ」


「へぇ、流石は黒豹の息子だべ。じゃ、ウチの王様は黒豹の息子を家臣にするってことか?」


「んだ。さもなきゃ、本人が来ねぇべ」


「それにしても数は少ないが、みんな真っ黒で強そうだべなぁ」


「あの旗を見てみぃ。どえらい、恐ろしい旗印だべ」


「みんな狼の毛皮を纏っておるぞ。それに槍が俺たちが使っているのよか、長いべ」


 民衆たちのひそひそ話を聞きながらアデルたちは先導するノルトの騎士に続き、リルストレイムの大通りを進んでいく。

 そのうち、こちらに向かって手を振る子供たちの姿がアデルの目に入った。

 アデルは、気さくに手を振る子供たちに笑顔で手を振って応えてやる。


(ここいらで一つ、練度の高さを見せて度肝を抜いてやるか)


 大通りの幅は十分にある。アデルは悪戯っぽい笑みを浮かべると、おもむろに腰の剣を抜き放ち、号令を掛ける。


「四列縦隊!」


 即座にグスタフが復唱すると、一糸乱れぬ動きで第一軍は二列縦隊から四列縦隊へと変わった。


「凸陣!」


 再びアデルの剣が閃き、今度は凸の字へと変わる。


「余を中心として円陣!」


「陛下を中心に円陣!」


 第一軍は命令通り、すぐさまアデルを中心とした円陣を組む。 そういった動きを繰り返しながら、第一軍は大通りを行進する。

 民衆たちは規律正しく、また目まぐるしく様々に陣を変える第一軍に喝采を送った。

 逆に、ユンゲルト、ログソゾヌを始めとするノルト将兵は、アデルたちの行動に途惑い、その練度の高さに恐れを感じ始めていた。


「アデル王陛下、これはいったい何事でしょうか?」


 ユンゲルトが後ろから馬で駆け、寄せて来たのでアデルは最後に二列縦隊に戻るよう命じた。


「ただの余興だ。ただ歩くだけでは面白く無かろうと思ってな。民たちも喜んでくれたようで、何よりである。はっはっは」


 そう言ってアデルが笑った。アデルはただの見世物から、ネヴィル王国軍の練度を見せつけるパフォーマンスにして見せたのだった。

 

「……余興……でありましたか…………」


 そう絞り出すように声を発したユンゲルトの目には、一瞬ではあるが、アデルの姿が三つ首の狼そのもののように見えた。

 アデルの恰好とネヴィル王国軍の行進を見たリルストレイムの民衆たちは、口々にこう噂した。

 若きネヴィル王国の国王は派手好きであると。

アデルたちの恰好、どう見ても北○の拳の牙一族です。ヒャッハー!


予告していた対面は誠に申し訳ありませんが、次話に持越しです。

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