アデル、縄張りを荒らしながら北上す
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更新遅くなり申し訳ありませんでした。
ユプト子爵自らの案内で、居城であるバーゲル城に入城したアデル。
バーゲル城内は異国の王を迎え入れたため、ある種の緊張に包まれていた。
アデルはその手の空気を肌で感じながらも、何食わぬ顔でユプト子爵と会話を交わしながら、城内を見回していた。
ノルト最南端にあるバーゲル城は、貴族や王の権威を示すために建てるような飾りの城ではなく、実戦向きのいわば城塞である。
したがって飾り気もなく、ただただ無骨さを感じるばかりの城であった。
(この城はエフトに対する蓋の役割を果たしているのか。これを南から攻め落とすのは難しいだろうな)
この堅固な城塞でアデルは歓待を受けた。
といっても、宴は質素なものであった。
これをアデルは、敵か味方か定かならぬ異国の王を派手に歓待し、シルヴァルド王に睨まれるのを畏れたためだろうと推測した。
その考えは半分だけ当たっていた。確かにそういった意味合いもあった。
だがそれよりもこのユプト子爵領は、ノルト王国において最南端の辺境であり、ただエフト族からノルト王国を守ることを主眼として設けられたこの領は元々たいした産業もなく、その軍事的支出のせいもあり酷く貧しかったのである。
したがって金銭的に余裕が無く、異国の王を満足に持て成すことが出来なかったのである。
貴族は体面を気にする生き物である。それをユプト子爵は恥じていた。
そんな子爵の謝罪の言葉を受け、ようやくアデルもこの領の内情に気が付いた。
(ここは辺境。ガドモア王国に属していた頃のネヴィル家と同じ……いや、エフト族に備えねばならない点から言って、その負担は過去のネヴィル家を遥かに凌ぐだろうな)
ここでノルト、エフト、ネヴィルの三国同盟における交易の利を匂わせれば、このユプト子爵も同盟に理解を示し、積極的にネヴィルを後押しするだろうと考えたアデルは、歓待における感謝のしるしとして、塩や石鹸などを少し多めに与えてみた。
海の無いノルト王国において塩は非常に高価であり、貴重である。
この塩を手に入れるのに、今まで子爵は並々ならぬ苦労と出費を重ねて来た。
それがネヴィル王国とノルト王国が手を結べば、簡単に、それも今までより遥かに安く手に入れることが出来るのだ。
浮いた金で領内の整備が出来るどころか、さらには交易の拠点、南からのノルト王国への入口として発展を約束されたようなものである。
同盟やそれにおける交易の利点について、アデルは直接的にでは無く、子爵との何気ない会話の中でほんのりと匂わせてみると、ユプト子爵の目の色は明らかな変化を見せた。
好感触を感じたアデルは、道々のノルト王国の貴族たちにも同じように、同盟とそれにおける交易の利を説き、次々と賛同を得て行った。
そんなアデルに、同行するトラヴィスは己の抱いた危惧を呈した。
「陛下、これは少し危険ではありませんか?」
「先生の言いたいことはわかっている。これを野に住む獣に例えるならば、相手の縄張り内で堂々とマーキングをしているに等しい。やりすぎれば、シルヴァルド王の機嫌を損ねるばかりか、怒りを買うことになるぞと言いたいのでしょう?」
トラヴィスはその通りだと頷いた。
「先生、もう戦いはとっくに始まってるんだよ。ノルトは我が家の宝剣を返して貸しを作り、さらには捕虜の返還を匂わせ、自国に俺を呼び付けるという先制のパンチをお見舞いして来た。ここで殴られたまま黙っていれば相手の思う壺さ。だからこそ出して来た手に噛みついて見せ、小国だからといって舐めていると痛い目にあうということをわからせなければ、同盟など結ぶことなど出来ない。それにシルヴァルド王が噂通りならば、この程度の事で我々の事を始末しようとはしないだろう」
アデルはこれから会うノルト王国の王であるシルヴァルドを、ある意味では信用していた。
「ただ一つ懸念があるとすれば、塩だ。道々にて塩を贈呈してきたが、交易の利だけで満足せずにネヴィル王国を攻め滅ぼして、直接塩を手に入れるべきであるという野心を抱かせてしまった恐れはあるな……」
ーーーー
ノルト王国の王都リルストレイムの王宮の玉座に座るシルヴァルド王は、宰相ブラムの報告を受けると、腹を抱えて笑い出した。
普段感情をあまり露わにしないシルヴァルド王のこのような姿を見たブラムや、近侍の者たちは驚き、互いに信じられないものを見たという表情のまま、しばしの間声も出ずに固まってしまう。
「ははは、笑いすぎて腹が痛いぞ。実に面白いではないか」
「陛下! 笑いごとではありませぬぞ!」
腹を抑え笑い転げるシルヴァルドを見かねたブラムが、声を掛ける。
「だがこれを笑わずにいられようか? 彼の王は、堂々と余に喧嘩を売りながらやって来るのだぞ? 吹けば飛ぶような国力差でありながらも、余を恐れるどころかまさかその逆とはな。ん? 待てよ? もしかすると余は試されているのかな?」
「このままでは何にせよ、彼の者の口車に乗る愚か者が出てきてしまいます」
「別に良いではないか。どのみち今はネヴィルを攻め滅ぼすことなど出来ぬのだし、そうだな…………これを逆手に取り、ネヴィルとその口車に乗った者たちにせいぜい恩でも売りつけるとするか。しかし、塩か…………喉から手が出るほどに欲してはいるが…………いや、もうとっくに気付いているのだろうな。おそらくは…………なればこそか」
ノルト王国は内陸国であり海はない。塩に関しては今までは同盟国であるイースタルからの輸入で賄って来た。
しかしこのところその同盟国であるイースタルとの関係に変化が表れ始めていた。
イースタルは今、後継者問題で国が大きく揺れている。
次の玉座に座るのは果たして王太子である第一王子なのか、それとも他の王子たちなのか。
シルヴァルドの見るところ、王太子は勿論、どの王子たちにもとりわけ優れた者は見当たらない。
特に第四王子などはまだ幼く、優劣を語る以前の問題である。
どの王子と手を結ぶべきか? しかしながら今の状態で下手に関われば、イースタル内のごたごたに付き合わされてしまう可能性が高い。
ノルトも今は台所事情は暗く、苦しいときである。
他国に干渉しているような余裕などはまったく無かった。
シルヴァルドは、アデルがそれを知り塩を武器にしてきたのだと考えていた。
だがこれは少々アデルを買い被りすぎていたと言っても良い。
実のところアデルはこのイースタル国内の後継者問題と、それにおけるノルトとイースタルとの関係の変化について、ほぼ何も知らないに等しかった。
アデルとしては、内陸国であるノルト王国において塩は貴重品であろうという考えしかもっておらず、もしこのことを知っていたら、もっと有効的な切り札として活用したに違いない。
「増々会うのが楽しみになって来たぞ。彼の王がどういう考えと覚悟で余に相対するのか。爺、彼の王のやる事、多少ならば目を瞑るよう各所に伝えて置け」
「はっ、直ちに」
ブラムは一礼して玉座の間を後にしつつ、我が王も遊びが過ぎる、それも危険な遊びを好むと眉間に皺を寄せた。
今仕事が忙しくて、ほぼ無休状態であり死にそうです。
次の休みは下手をするとお盆になってしまうかも知れず、そのためまた更新が遅れがちになってしまうかと思いますが、どうかご容赦くださいませ。
次回はついにアデルがノルトの王都に到着します。




