エフト王国
アデル王率いるネヴィル王国軍は無事に、エフト王国の王都カラコルに着いた。
アデルを王都の城門にて迎えてくれたのは、エフト王国の王子スイルと弟のカインであった。
王子スイルは、義弟カインと瓜二つのアデルを見て一瞬驚くが、それ以外は非の打ち所のない完璧な対応をして、逆にアデルを驚かせた。
「それにしても良い場所を王都に定めましたね」
形式通りの挨拶が終わると、三人は途端に砕けた調子での歓談に入った。
「いやなに、実はこの地を選んだのは義弟、カイン殿なのさ」
「ここは、丁度ネヴィルとノルトとの中間地点。ここに街を作れば宿場町としても、そして交易の拠点としても栄える事間違いなし。それに今は西には作れないだろう…………」
「ああ、北西にいるフランジェ王国を下手に刺激するのはいただけない」
「もっと力があればなぁ……」
スイルは悔しそうな表情を浮かべ、手のひらに拳を打ちつける。
この王子スイルの性格については、アデルはカインからの手紙から知っている。
若干直情傾向ではあるが、それについては若さゆえのことだろうと、アデルとカインは見ていた。
このスイル、カインの手紙によれば性格は明るく颯爽としており、それでいて義理堅いという。
アデルにしてもカインにしても、初代国王となるダムザより、遥かに付き合いやすく信が置ける人物であると見ていた。
政治、経済、軍事、それにこれからの世について語りながら、建設中の王都の大通りを三人で歩く。
さすがに大通りの左右には、日干し煉瓦造りの建物が建っているが、一本裏道に入ればまだまだ天幕が立ち並んでいる状況であった。
「みすぼらしい所を見せてしまいすまないと思っている……」
「なにを仰られる。みすぼらしいのは我が国も同じ。逆によくもこの短期間でここまでと、感心しておりました」
「ネヴィルもエフトも建国したばかりの小国だ。いくら見栄を張ろうとも、いや、逆に見栄を張れば張る程侮られるだろうし、これでいいのさ」
カインの言葉に、アデルとスイルは頷いた。
「しかし、我が国は王宮の建設もまだ手つかずでなぁ……アデル殿にもご不便をかけ、心苦しい限りだ……」
「我が国にも王宮はありませんからね。お気になさらず。ネヴィル、エフト共に大国となった時に、どでかいのを作ってやりましょうよ」
「楽しみってのは後々に取っておいた方が、励みになる」
スイルは思った。
この兄弟は実に良い。
驕らず、飾らず。
本音で話せる、数少ない存在であると。
そうこうしている内に、一際大きな天幕が見えて来た。
その天幕は代々族長のみが張る事を許されているもので、今はこれがエフト王国の王宮の代わりを果たしていた。
その天幕の前には、初代国王となる予定のダムザと、国内の有力者が揃ってアデルを出迎えていた。
ダムザは年若いアデルに対しても、礼を尽くした。
自ら天幕へとアデルを導き、アデルを上座へと座らせると、自らも国王の椅子には座らずに、アデルの対面に座った。
これは、年若かろうが何だろうが、ネヴィルの王とエフトの王は、あくまでも対等であるという、意思表示であり、その配慮にアデルは謝意を示した。
果実水と焼き菓子などでもてなしを受けたアデルは、ダムザと歓談した。
「アデル王、余も同行するべきだろうか?」
ダムザの微笑を携える顔を見て、その気などまるで無いくせに、とアデルは思いながらも首を横に振った。
「いえ、それはあまりよろしくないでしょう。下手をすれば殺される可能性すらありますし、殺されずとも抑留される可能性は大いにありますから。まずはノルトが我が国をどう扱うかを見て、それからお決めになった方が良いかと思われます」
それを聞いてダムザは目を細めた。
「だが、貴殿を死ぬかもしれぬというのに、むざむざノルトへ送り出しては、天にいる盟友であるダレン殿に申し訳が立たぬ」
「ならば一つお願いが御座います」
「何なりと申されよ。貴国との仲だ。出来る限りの事はさせて貰おう」
「では、人とヤクをお借りしたい。荷運び人夫と運搬用のヤクを」
「兵ではなく、人夫を?」
「ええ、これならばノルトを直接刺激せずに、ネヴィルとエフトの仲を知らしめることが出来るかと思われます」
なるほど、とダムザは頷いた。
確かにそれならば、アデルの言う通りネヴィルとエフトの仲を見せつける事が出来る。
それに、ネヴィルに出し抜かれる恐れも無くなるだろう。
今、ダムザが一番恐れているのは、ネヴィルとノルトがこのまま手を結び、このエフトを上下から攻めて来るのではないかという一点であった。
ネヴィルとエフトは盟友ではあるが、あくまでもそれはエフト族の先代族長ガジムとネヴィル家先代当主であるダレンとの間に交わされたものであり、エフト族の現族長のダムザとネヴィル王国国王であるアデルとの間には何ら形のある約定が交わされたわけではない。
今のエフトとネヴィルの関係は、あくまでも先代からの流れを、ただそのまま引き継いでいるに過ぎないのである。
「わかった。ヤクと人夫の件は任されよ」
「感謝します。それともう一つ。建国宣言も、しばらくの間は控えた方が良いかと思われます。ノルトが我が国をどう遇するかを見てからでも遅くはないでしょう。それと……」
アデルは下座に座るスイルを見た。
「エフト王国が建国し、いざノルトと関係を結ぶ前に、ダムザ王には王位を退いて貰いたい」
「なに?」
その場にいたアデルとカイン以外の者たちすべてが、その言葉にどよめいた。
「…………どういうことか、お聞かせ願おうか…………」
こうまでもあからさまな内政干渉に、ダムザは不快感を通り越して、逆に強い興味を持った。
「ダムザ王、あなたの後継はそこにおわすスイル王子で間違いありませんか?」
「うむ、我が子スイルがこのままであれば、王位を継ぐであろう」
「ならば尚更のこと、ダムザ王には王位を退いて貰わねばならないでしょう。ノルトとの事がすべて上手くいったとして、我が国もこのエフト王国も小国、いうなればノルト王国の庇護を受ける側となります。実際にそうなのかは関係なく、世間はそう見るでしょう。となれば、ノルト王国としても建前、そして見栄の点から人質を求めることになりましょう」
「つまりノルトは、スイルを人質として求めて来ると?」
アデルは頷いた。
「スイル殿を人質とし、そのスイル殿にノルト式の教育を施し、ノルトの賛同者や共鳴者として、ノルトにエフト王国を取り込み、いずれは同化させる。家を乗っ取る時によくつかわれる手ですよ……もっとも、この場合家ではなく、国ですが……」
「なるほど、合点がいった。スイルをさっさと王位に就けることで、人質に取られることを防ぐのだな? ノルトとしても現国王を人質として求めるのは、世の中から傲慢であるとの誹りを受ける恐れがある以上、ある程度の妥協をせざるをえないというわけか」
「ええ、そうなれば以降ノルトに与する小国はいなくなってしまう。それをノルトも恐れるはずです。それに退位したとしても、実権はそのまま後見としてダムザ王、あなたが握れば良いでしょう。形の上では我が国と同じですよ。我が国も、先々代を後見としておりますれば…………」
ダムザは納得して頷いた。
ただしこのアデルの言葉には語弊がある。
確かにネヴィル王国では先々代国王であるジェラルドが後見しているが、実権はすでにアデルが握っていた。
アデルはふと、下座にいるスイルに目を移した。
スイルはというと、いささか興奮した面持ちで、アデルをじっと見つめていた。
二人の視線が交差する。
アデルがぱちりと瞬きすると、スイルは僅かに頭を下げた。
(このスイル王子がカインの見立て通りならば、この俺に恩義を感じるはずだ。他国の人質となることを防ぎ、さらには王位の確約までしてやったのだからな。打算的側面の強いダムザ王よりかは、義理堅いスイル王子のがネヴィルには合っている。場合によっては、ダムザとスイルを争わせることも考慮すべきか…………その場合はネヴィルはスイルに肩入れするとしよう)




