ネヴィル十万石
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ネヴィル王国を発った兵は百名余りだが、人夫の数はその三倍を超える。
彼らと彼らが操る馬たちが運搬する荷駄に中には、白磁の陶器のような割れ物なども多く含まれている。
その為、それらの運搬に慎重にならざるを得ず、その歩みは亀のように遅い。
さらには勾配の険しい山道である。細く険しい山道を蟻のように一列となって、一行はまずは友好深いエフト族の元へと向かっていた。
「思っていた以上に難儀な道のりだな…………この道幅といい勾配のきつさといい、これじゃまともに攻め込むことなんて無理だろうな。なるほど、なるほど、ノルトがエフト族を野放しにしていた理由がわかったよ」
ネヴィル王国を出発して早数日。
きつい山道に厭き、音を上げはじめたアデルの元に、エフト族の元に駐留している弟、カインからの使いがやってきた。
さっそく手渡された手紙の封を切り、中に目を通したアデルは、全軍に行き先の変更を命じた。
「どうやらエフトは、我々の提案に乗ってくれるらしいな。よし、全軍に通達! 我々はエフト王国の王都、カラコルへと向かう。カインが案内人を手配してくれた。その者の後に続け!」
そう命じた後、アデルは再びカインの寄越した手紙を読む。
そこにはカインが調べたエフト族の現状が具さに書かれていた。
ちなみにこの手紙に用いられているのは日本語である。
平仮名、片仮名、漢字、時にはアルファベット、数字に関してもアラビア数字、漢数字、ローマ数字などを用いられたそれは、一見すれば解読不能の暗号の羅列にしか見えない。
アデル、カイン、トーヤの三人だけが読み、書くことの出来る日本語は、この時代の最高峰の暗号文であった。
カインの手紙には山枯れ騒動以降のエフト族の動向が詳しく書かれていた。
エフト族にとって空前絶後の天災であった山枯れは、部族の維持を困難とするほどの被害をもたらした。
当時の族長であるガジムは、このまま部族が一つ所に留まり続ければ被害が拡大するばかりと考え、あえて部族を二つに割り、片方を従兄であるグルムに預けた。
グルムは部族の半数を率いて西を目指し、移動した。
正確には北西だったのだろうとカインは推測している。
幾つもの山を越えて平地へと出たグルムたちは、その地を第二の故郷とすべく移住を開始した。
だがそこには既に先住がいた。フランジェ王国のフランジェ人である。
当然、土地を巡っての激しい戦となった。
グルムたちは生き残りを賭けての死にもの狂いの戦である。
当初はその地に住むフランジェ人たちを圧倒したが、その内に地力の差が出始めた。
フランジェ王国がエフト族討伐に本腰を入れると、あっという間に形勢は逆転。
一気に勝負が決まり、エフト族はフランジェ王国から追い出されてしまう。
その戦の中で、族長であるグルムは戦死。生き残ったエフト族は、フランジェ王国に追われるようにして、再びガジムの元へと戻らざるを得なかった。
北西への拡大を防がれたエフト族にはもう希望は無い。
北西にはフランジェ王国、北にはノルト、南にはネヴィル、東には容易に越えることの出来ない山脈、そしてガドモアと四方を文字通り塞がれてしまったのだ。
身動き出来ないエフト族としては、生き残るためにネヴィル王国が提唱する三国同盟に、活路を見出す他は無かったのである。
「しかし、エフト族は何故今になって王国を…………いや、今まで国を名乗らなかったのでしょう?」
百名の兵を指揮する将のグスタフが、率直な疑問を口にした。
「それは、あくまでも余の推測だが……単に刺激したくなかったんだろうな。主にノルトを。山野に潜む一部族と小なりとも一国とでは、ノルトの構え方も違ってこよう」
なるほど、と納得したようにグスタフは頷いた。
アデルとしても何ら確証があるわけではないが、大方そのような理由だろうと大体の当たりをつけていた。
そしてそれは、遠からずとも当たらずといったところで、そのことについてカインも自身の見解を手紙に書き記していたのであった。
「カインは上手くやってくれた。後は俺が上手くやるだけだ…………」
山中を吹き抜ける風には、冬の前触れを感じさせる冷たさがあった。
その風に晒され、アデルが身震いすると後ろからブルーノが、外套を差し出して来た。
それを身に纏いながら、アデルは思った。
(よしんば全てが上手く行ったとしても、この分だと冬は向こうで過ごすことになりそうだな……)
「ありがとう、ブルーノ。よし、全軍へ通達。思っていたよりも風が冷たい。身体を冷やさぬよう、皆にも外套を着用させよ」
「はっ、直ちに」
命を受けたグスタフが命令を復唱し、全軍へと通達する。
外套を着用するための小休止がとられ、歩みが止まる中、アデルは今一度カインの手紙の内容から推測されるエフト王国の戦力の考察をした。
現在のネヴィル王国の動員兵力は、最大限多く見積もって二千。勿論、既に退役した老兵などを加えればもう千ばかし増やせるが、戦力として考えるのならば現在は二千が精々であった。
一方、エフト王国はというと二つに割った部族が再び一つになったことで、兵数だけならばネヴィル王国の倍以上、五千あまりの兵力を有している。
だが、この二国を合わせても、ノルト王国には到底敵わない。
国土面積や人口から推測すると、ノルト王国の兵力の最大動員数は七万から十万程だろう。
(つまりは今のネヴィル王国は十万石未満。エフト王国は十五~二十万石。ノルト王国は三百万石ぐらいか? ガドモア王国はというと…………考えたくもないな。辺境侯ですら、一万以上の動員力。ざっとした石高換算でいえば、辺境候ともなれば四、五十万石くらいは最低でもあるということか…………)
棄民などが発生している今、流動的な人口から国力を推測するよりかは、大凡の取れ高から推測した方がイメージを掴みやすかった。
(三百万石の大所帯に、たったの数万石と十数万石の小勢が偉そうな顔をして、同盟を組んで味方してやるというのだからな…………自分たちで考えておいてなんだが、はっきり言って気が狂っているとしか言いようが無いな。カインの手紙によると、エフト王国の国王はダムザ殿が就くことになりそうだな。あの御仁では少々やり辛い。頭が切れるのはいいが、何せあの御仁は信義よりも部族の生き残りに重きを置く方だ。エフト族としては、これ以上ないほどの国王だろうが、あの御仁は自国が生き残るためならば、裏切りも辞さないだろうからなぁ…………やり辛いな…………そのことについても、現地にいるカインとよくよく話し合わなくては…………)
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「陛下、我が国のエフトへの入口を治めるレグニッツ子爵の元に、ネヴィル王国から書状が届きました」
宰相ブラムの報告を受けたカール・シルヴァルドは、日頃の能面のような冷たい表情を崩し、口元に笑みを浮かべた。
「そうか……そうか、ついに来るか…………」
「はっ、つきましては、例の者たちを王都に集めておきたく存じ上げます」
「任せる。今更そのような小細工は要らぬのだがな。いや、待てよ…………ネヴィル王の性格を知る一端にはなり得るか…………虜囚としてではなく客人として遇せ。くれぐれも粗相の無いように、丁重にな」
「はっ、承知致しました」
ブラムが退出し、室内に誰も居なくなったのを確認すると、カール・シルヴァルドはおもむろに立ち上がり、窓へと歩み寄りはるか南の方向へと目をやった。
「早く来るが良い。そなたには悪いが、色々と試させてもらうぞ」
ネヴィル王国歴二年、ノルト王国歴百十二年。歴史に名を残すであろう両国王の対面の時は、刻一刻と近づいていた。
風が語りかけます。美味い、美味すぎる! ネヴィル銘菓十万石饅頭!




