王と共に行く者たち
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ネヴィル王国歴二年の初秋、ノルト王国への出発の時は刻一刻と迫っていた。
ネヴィル王国では、その建国以来軍制を変え、装備等の刷新を図ってきた。
部隊章しかり、認識票しかり、そしてここに新たに統一軍装が加わることになった。
今回統一軍装を与えられたのは、防衛の要の一つである山岳猟兵とアデル王とノルト王国へ行く百名の将兵らであった。
山岳猟兵たちには山岳迷彩が施された装備類が与えられ、ノルト王国に行く百名には黒を基調とした装備類が与えられた。
迷彩装備を与えられた山岳猟兵たちは、迷彩装備を纏うことで戦場で目立たぬことに不平を鳴らしたが、実際に演習などで迷彩の効果を目の当たりにすると、その生存性の高さに驚くことになった。
一方、黒を基調とした統一軍装を与えられた百名はというと、この時代には珍しい……というよりもネヴィル王国が初の統一軍装により士気が高まっていた。
後に、この黒を基調とした軍装がネヴィル王国に正式に採用されることになる。
そしてそれを纏ったネヴィル兵は、敵からネヴィルの黒狼兵と呼ばれ、その勇猛さも相俟って大いに畏れられることとなる。
ーーー
「どうあっても連れて行ってはくれませぬか?」
「くどいぞ、先生。先生には無駄死にして欲しくは無い。先生はこのネヴィルに必要な方なのだ。それをどうか、わかって欲しい」
アデルがノルト王国へと赴くことが決まって以来、王都トキオにある都庁の執務室で、ほぼ毎日のように繰り返されて来た光景。
外務大臣としてネヴィル王国の外交のほぼすべてを司るトラヴィスは、ノルト王国への同行を願っては、拒否されていた。
「また、明日お伺いいたします…………」
そう言って下がるトラヴィスの目に諦めはない。
おそらくは明日も同じような光景が、アデルが同行を許可するまで同じことを繰り返すのだろう。
アデルの頭痛の種は、トラヴィス一人では無かった。
「陛下と百名あまりの将兵たちの食事を作る者は必要でしょう?」
「いや、しかしモーリス……卿は今や我が国の宮廷料理長だぞ。何も宮廷料理長自ら行くことは……」
「陛下が赴かれるのに、専属の料理人をただの一人も連れて行かぬというのは、いくら我が国がノルト王国より小なりといえども、これは恥となりましょう。畏れ多くもこの不肖モーリス、先代様に召し出されてよりネヴィル家の台所の一切を任されるという御厚恩を賜ったからには、いついかなる時も陛下に最高の食事を作る義務が御座います。どうかそのことを御一考頂きたく存じ上げます」
アデルは頭を抱えた。
このモーリスは頑固な職人気質の男である。
故にこうと決めたら最早、梃子でも動かないだろう。
「おい、アデル! 俺を連れていけ!」
「……ゲンツ…………何回も言っただろう? 今回連れていくのは大人、それも後を託す者がいる成人だけだと」
「なら、そこにいるブルーノはどうなんだ? それに俺は今年で十五。立派に成人したぞ! だから、俺も連れていけ!」
今のアデルを最も悩ませるのは、このゲンツかもしれない。
ゲンツはアデルの三つ年上で、今年十五歳になり成人した平民の幼馴染である。
かつては王都トキオの街きっての悪ガキで、三兄弟はこのゲンツと共に数々の悪戯をした仲でもある。
このゲンツ、まだ成人したての十五歳だというのに、体格は並みの大人を凌ぐ巨漢ぶりで、その膂力は兵五人分に相当すると言われており、さらには食事も毎度三人前は軽く平らげるという怪童であった。
「ブルーノは近衛だからな。まぁ、今のところ近衛はブルーノただ一人なんだが…………」
「じゃあ、なんだ、その近衛とやらに俺もなってやる。それならいいだろ?」
いいわけないだろと、アデルは軽くあしらおうとするが、ゲンツはなおも強く食い下がった。
「なんでそんなに一緒に行きたいんだよ。もしかしたら死ぬかも知れないんだぞ?」
「かまわねぇ。たとえ死んでも文句は言わねぇ」
死んだら文句は言えないだろと、頭の中でアデルはツッコミを入れつつ、何とかしてゲンツを宥め、追い返そうとする。
だがゲンツは諦めるどころか、一層強く同行を願った。
「どうしてそこまで…………」
「…………おめぇには借りがある…………」
それは二年前のことだった。
ゲンツは巨漢の悪童としてトキオの街に名を馳せていた。
そのゲンツが、悪戯半分に国策として力を注いでいる養鶏場を襲い、鶏と卵を盗んだのだ。
これは重罪である。とても悪戯として済ますわけにはいかないとして、未成年でありながらゲンツは御縄となった。
養鶏場を襲った理由を問うと、ゲンツは腹が減っていたからだと答えた。
この幼馴染の重犯罪に、アデルは自ら裁きを下した。
木剣を持ってこさせると、剣の平でゲンツの尻を思いっきり叩いた。
「いってえーーーーー!」
「ゲンツ、お前にはさらに罰を与える。お前は明日より成人するまでの間、養鶏番を務めよ。いいか、成人するまでだぞ。いいな?」
こうしてゲンツは罰として養鶏場の番人をすることになった。
この養鶏場の番人には、嬉しい役得があった。それは、配給で余った卵を貰えるというものであった。
大食漢のゲンツには、これはたまらなく嬉しかったことだろう。
「借り? そんなのあったっけ?」
「とにかくだ! 俺は何が何でも着いて行くぞ! 置いて行っても着いて行くからな!」
アデルはこの頑固な幼馴染の同行を渋々ながら許した。
ゲンツの同行を許したのには理由があった。
アデルに同行したいと申し出たのは、このゲンツだけでは無かった。
選考基準から漏れた者たちからも多数の者たちが、同行申し出ていたのだ。
その中でも特に熱心に同行を望んだのは、かつてネヴィル領の人口増加政策と教育を施すことで有為の人材を得るためにと買い入れた奴隷の子供たちと、それに触発された平民の若者たちであった。
この奴隷の子供たちを宥めるためにアデルは、こう言ったのだった。
「希望者全員を連れていくことは出来ない。だから、元奴隷だったこのブルーノを君たちの代表として連れていくことにする」
元々同行予定のブルーノを元奴隷たちの代表とすることで追い返したが、今度はこれを聞いた平民たちが騒ぎ始めたのであった。
(ゲンツならばブルーノとほぼ歳は同じ。ゲンツを平民たちの代表とすれば、彼らも納得するだろう)
「わかった。ゲンツ、同行を許す。ただし、命令には絶対服従だぞ? いいな?」
「そうこなくっちゃ! アデル……いえ、陛下! このゲンツ、どこまでも御伴致しますぜ」
「まったく、この国の者たちは命を粗末にしすぎだ。もっと自分の命を大事にだなぁ……」
アデルが溜息をつきながらそう言うと、すかさず後ろに控えるブルーノがツッコミを入れた。
「陛下がそれを仰られますか? 民は皆、陛下の御姿を見て、その真似をしているのですよ」
そう言われてしまってはぐうの音も出ない。
ブルーノの言う通り、自分の命を粗末に、それも賭けに使っているのは他ならぬアデルなのだ。
「ブルーノ、最近のお前はちょっときつすぎるぞ。もう少しお手柔らかに頼むよ」
晴れた秋空の下、アデルの周囲に哄笑の花が咲いた。
結局のところ、アデルはトラヴィスとモーリスの同行も許した。
彼らの意志は固く、このまま置いて行っても追いかけて来るのが目に見えたからである。
それならば最初から連れていった方がマシであるとして、渋々ながら連れていくことにしたのである。
ノルト王国へと赴くのは王であるアデルの他、百の兵とその指揮をするグスタフ。
外務大臣トラヴィスに宮廷料理長モーリス、そして近衛騎士隊長ブルーノと新たに近衛騎士に任命され、近衛騎士副隊長となったゲンツの総勢百六名となった。
そしてネヴィル王国歴二年の秋半ば、いよいよ出発の時が来た。
次回、久しぶりにカイン登場予定。




