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衣装

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 ノルト王国の王都ルーオレの王宮の最奥にある一室で、シルヴァルド王と宰相ブラムは、ネヴィル王国より帰還したユンゲルト伯から、報告を受けていた。

 もっとも、正式な報告は前日に受けており、その場では主に副使であるフェイタスの見解を聞いていた。

 フェイタスは良くも悪くも、極々平凡な家柄だけが取り柄の貴族である。

 そういったフェイタスの目から見たネヴィル王国の見解には、小国に対する偏見に満ちていた。

 当然ながらそのような報告を真に受けるシルヴァルド王ではない。

 フェイタスのような凡夫を使者として送り出したのは、虎の威を借る狐のフェイタスが悪目立ちし、そちらにネヴィル王国の注目が集まっている隙に、ユンゲルトにネヴィル王国の実態を探らせるという腹積もりもあったのだ。


「して、どうであったか?」


 喜色をあらわにしながら、シルヴァルドは問うた。

 前日に、ネヴィル王自らがノルト王国に来る可能性が高いとの報告を受けてから、ずっとこの調子であった。

 いつもの冷静沈着さが嘘のように消え去り、まるで長い間会っていなかった恋人との、逢瀬の時を待つがごとく、浮ついている王を見てブラムもユンゲルトも驚きを隠せずにいた。


「はっ、こちらの考えを見抜いていたのかは定かではありませんが、彼らは我々を長く逗留させず、向こうの見せたい物、それも最低限見せた後、有無を言わさず追い出されまして…………」


「ネヴィル王が激昂したというのも演技でしょうか?」


 ブラムの疑問にシルヴァルドは口許を僅かに綻ばせた。


「その可能性は大いにありえるな」


「では、我々は何から何まであの少年、いえ、ネヴィル王の手のひらの上で踊らされたことになりますな」


 やれやれ、と苦笑いを浮かべながらおどけたように、肩を竦めて見せるユンゲルト。


「それにしても、平民はおろか、奴隷にまで教育を施しているとは…………」


 この世界では常識外れ、型破りな政策。それを目の当たりにしたユンゲルトはともかく、ブラムはそれを単なるパフォーマンスではないかと疑っていた。


「別に驚くことではあるまい。余もネヴィル王の立場であれば、そうするだろう。いや、そうするしかないのだ。民の数が大きく劣っているのだ。せめて質を高めようとするのは、当然の理ではないか。しかしながら、ネヴィル王は一つだけ下手を打ったな。奴隷にまで教育を施しているのは、何が何でも隠すべきであった。これは裏を返せば、それほどまでにも人的資源に難を抱えているということだろうからな…………」


 ブラムもユンゲルトも若き王の言葉に頷く。


「攻め滅ぼしますか?」


 ユンゲルトは、まるでシルヴァルドを試すような口調で聞いてみた。

 それをブラムが目で咎めるが、上機嫌のシルヴァルドは、その無礼を笑って許した。


「冗談が過ぎるではないのか? ユン伯。捕虜もそうだが、そちが見て来た彼の地の兵は皆、体格も大きく精強なのだろう? ならば通常の倍……いや、勝ちに行くには三倍の兵力を当てなくてはならないだろう。大目に見積もってかの国の兵力を三千弱とするならば、一万の兵を当てなくてはならない。その上、敵は地の利を活かしてくるとなれば、それはもう五倍の兵力があっても、容易に攻め滅ぼすことなど出来まいよ。それに山間が主戦場となるならば、我が国が誇る鉄騎兵は役に立たぬ」


 ノルト王国では鉄を多く産出する。その良質な鉄を用いての鎧兜を身に纏った鉄騎兵は、周辺諸国も一目置かざるを得ないほどである。

 しかしながら、この鉄騎兵が得意とする戦場は平地である。

 残念ながら対ネヴィルを想定した場合、山間での鉄騎兵の出番はないだろう。


「では、彼らと和を結びますか?」


 それもどうだろうな、とシルヴァルドは首を僅かに傾げた。


「我々は、父親の仇でもあるからな。それに和を結ぶとしても、彼らが我々に何を望んでいるのかを知らねばな」


「常識的に考えれば、大国であるガドモアから離反し、境を接しているからには、我が国に庇護を求めて来るのではないでしょうか?」


「ふっ、庇護を求める者が、たとえ演技とはいえ激昂して使者を追い出すと思うか?」


「では、陛下はかの国の真意はいずこにあらんと御思いですか?」


 さてな、だがそれもすぐにわかる、とシルヴァルドは笑った。


「いずれにせよ、ネヴィル王が若いとはいえ才覚があるのは事実。のこのこと我が国に足を踏み入れたところを、捕えるなり、殺すなり、こちらの自由に出来ますな」


「まだ爺は、ネヴィル王を危険視しているのか?」


「危険ではありませぬか! 彼の王はまだ十二歳! まだ今は小国の主であり、若さゆえに隙を見せてはおりますが、いずれ成長した暁にはどのような化け物となるか知れませぬぞ!」


 同意、とユンゲルトもブラムの言葉に頷いた。


「そうだな、そうかも知れぬ。だが、ネヴィル王を捕え、殺すことは出来ぬ。それは現状においては意味が無い上に、悪手でもある。まず、たとえネヴィル王を捕えるなり殺したとしても、弟が王位を継ぐだけのことだろう。確か、三つ子であったな? ユン伯の案内を務めた王弟も、只者ではないのだろう?」


「はっ、齢十二の少年とはとても思えぬ受け答えでありました」


「であればこそ、王自ら国を留守に出来るのだろう。それに今彼らを敵にすれば、我が国はただでさえガドモアとの数的不利を背負っているというのに、小勢とはいえ、背後からの敵襲に備えねばならなくなるだろう。下手をすれば、かの国がもう一度ガドモアの元へと戻り、ガドモアへ我が国への侵攻路を差し出せば、こちらは二正面から攻められ、一層の不利となる可能性が出て来る」


「では、彼らを飼い馴らすのですか? 飼い馴らすとしてもあまりにも小勢。あれでは番犬にもなりますまい」


 その言葉を聞いたシルヴァルドは、果たして狼とは飼い馴らせる生き物なのだろうか、と首を傾げた。


「直に会ってから決める。それにしても、鶏卵の配給や変わった軍事訓練方法…………これらがネヴィル兵の身体の大きさと強さの秘密だとするならば、我が国に取り入れられるところは、是非にも取り入れたいところではあるな」


 その時が一日でも早く来ないだろうかと思う心の浮つきを、この時のシルヴァルドは心地良くすら感じていたのであった。



 ーーー



 一方その頃、ネヴィル王国では…………


「なぁ、本当にこの恰好で行かなくちゃ駄目か? これじゃまるで舞台や映画俳優……いや、漫画やアニメやゲームのキャラクターみたいだ」


 鏡の前に立ったアデルの顔は、困惑に包まれていた。


「いいじゃん、格好いいと思うけど」


 そう言って笑うトーヤを、アデルはこいつのセンスはどこか変だと、首を傾げたくなるのを堪えていた。

 この場にもしカインがいたら、どういう反応をしただろうか?

 カインのことだからコスプレだとかぬかして、きっと大笑いしたに違いないだろう。

 アデルは今、ノルト王国に赴き、シルヴァルド王に相対する際に身に纏う服を着ていた。

 これはトーヤが考案した物で、本人曰く会心の出来栄えだとのこと。


「いくら旗印が狼だからって、何も本当に狼の毛皮を身に纏うことはないんじゃないか?」


 黒を基調とした服に銀糸で細やかな装飾を施し、さらに狼の毛皮をあしらい、特に首周りには目立つように、白い柔らかな毛足の長い毛皮が縫い付けられている。

 まるでこれじゃ蛮族の王だ、とアデルが顔を顰めているが、これをデザインしたトーヤはこの格好よさがなぜわからないのかと首を捻っている。


「ほぅ、見違えたぞアデル!」


「おお、実に雄々しいではないか! これならば、かの国に於いても侮られずに済むかも知れぬな」


 着替えたアデルを見て祖父のジェラルドと叔父のギルバートは、凛々しい姿を口々に褒め称える。

 母方の祖父であるロスコも、アデルの姿を見ながらトーヤと、ベルトも毛皮を巻くかどうかの相談をしている。


「ブルーノ、この恰好どう思う?」


 実直な部下であるブルーノの反応に、アデルはより困惑の色を濃くした。


「素晴らしい! 正に王者の衣装であります! このブルーノ、陛下の御傍に控えさしていただく喜びをより一層強くさせる、そのような力を感じる魔法のような衣装であります!」


 この世界の人々のセンスが変なのか、それとも自分のセンスがおかしいのか、アデルは判断が付かずに首を傾げ続けるのであった。

動物愛護団体からお叱りを受けそうな衣装です。

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