五殺の誓い
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ネヴィル王国軍の全軍将兵に配った認識票は、将兵の士気を高めるのに一役買ったようである。
その他にも全軍の将兵らが歓喜したのは、部隊章のワッペンだった。
まず最初に山岳猟兵には、コールス地方の山々に住む大角鹿をあしらった部隊章が作られ、所属している将兵らに配られた。
部隊章を与えられた山岳猟兵たちは、これを名誉に思い他の将兵らに自慢した。
結果、山岳猟兵以外の将兵らも部隊章の授与を熱望する事態となり、幾つかの部隊章が作られることになった。
まず、先代国王となったダレンの異名である黒豹をあしらった物が作られた。他にも、旧ネヴィル家の紋章である大鷹をあしらった物や、白豹の異名を持つギルバート麾下の将兵らには白豹をあしらった部隊章が…………といったように各将兵らにそれぞれの部署の部隊章が配られたのであった。
そして今日この日、ネヴィル王国に新たな部隊が誕生しようとしていた。
雲一つなく青々と晴れ渡る秋空の下、山海関の前の広場に百名ほどの将兵らが集められた。
集められた将兵らの特徴として、若者が殆どおらず、割合的には壮年の者が目立った。
ここにいる者たちの中で確実に若者といえるのは、国王のアデルと現在のネヴィル王国において、ただ一人の近衛であるブルーノの二人だけであった。
集まった将兵らは国王であるアデルが現れると、一斉に地に片膝を着き首を垂れた。
「起立して楽にせよ」
アデルは将兵らの前に設けられた木台の上に立ち、そう命じた。
ざっ、と音を立て、一斉に立ち上がった将兵たちは、すぐに直立不動の姿勢をとった。
「諸君らの忠勤、このアデル、頭の下がる思いである」
この場にいる将兵らは全員、国王であるアデルと共にノルト王国へ行くことを志願した者たちである。
実際には、殆ど全軍の将兵たちが同行を志願したのだが、厳選による結果、眼前にいる百名が選ばれたのであった。
若者がおらず、老兵の占める割合が多いのは、万が一の事態に陥り全滅したとしても、ネヴィル本国の戦力の減少を最低限に抑えることを考慮した結果であった。
また彼らは皆、戦死しても跡継ぎが居る者たちが選ばれている。
彼らの選出には、これまた一悶着があった。
まず最初に士分が集められ、アデルのノルト王国行きが告げられると、彼らは我先にと率先して同行を志願した。
その中には、山岳猟兵団の長の一人に抜擢されたハーローや、先の戦による武功により山海関の守将となったウズガルドもいた。
当然、守りの要である彼ら二人は同行を許されなかった。
ウズガルドなどは、それでもしつこく同行を懇願したが許されず、それならば将の地位を捨てて一兵卒となってでも同行するとまで言い出した。
「ウズガルド卿、卿を連れていくわけにはいかない。何故ならば、卿が山海関を守っているからこそ、ネヴィル王国の臣民たちが安心して暮らせるのだ。それに、卿が国を守ってくれていると思えばこそ、我々も安心して国を留守に出来るのだ」
ウズガルドはこのアデルの言葉により、大いに面目を施したといえよう。
彼はこの後、死ぬまで山海関の守将を務め、ネヴィルの壁将の異名をもつに至る。
その他にも色々とすったもんだの末に、この百名が集められた。
この集められた百名の内、士分は二十名ほど。他は領民の中からの志願者たちである。
領民たちにも事情を説明し志願者を募ったところ、これまた予想を遥かに超えるとんでもない人数が名乗りを上げた。
特に三兄弟が買い集めた奴隷たちの内の成人した者たちの多くが、熱狂的に参加を希望したが、アデルはこれらの者を全て弾いた。
万が一のことも考えられる以上、自分の博打に付き合わせて若い命を散らせてしまうのは、国にとっても大いなる損失であるからだ。
ただ一人の例外として、奴隷上がりの護衛のブルーノだけが同行を許された。
許されたというよりも、この国ただ一人近衛として任命されているブルーノが、あれこれと屁理屈を捏ねて、無理やり同行を認めさせたというのが正しい。
「まず最初に言っておくが、一度国を発てば、もう二度とこの地に戻って来る事は叶わぬかもしれない。それでも良いという者のみ残ってくれ。言っておくが、国に残り、国を守るのもまた重要である。この場を去るのも決して恥ではないぞ」
しばし待ったが、まるで大地に根を生やしたかのごとく、誰もその場を動く気配すら見せない。
「諸君らの忠義に感謝を。諸君らは皆、我が国の代表という立場になる。それゆえ、行動にはくれぐれも注意していただく。常に我が国の代表者であるという自負を背負い、軽々な行動や言動は慎んでいただく。それと、最後に…………」
この後、アデルはとんでもない事を口にした。
「卿ら、ここに誓うべし。万が一の事態に陥った場合、一人で敵を五人…………五人殺すまで、決して死ぬべからず」
そう言いながらアデルは、腰に佩いた剣を抜き放ち、そのまま頭上へ高々と掲げた。
数瞬の間、将兵らは熱狂の歓声を上げながら、我も我もと剣を抜き、天高く掲げる。
この時のアデルの言葉は、瞬く間にネヴィル王国の全軍へと伝わった。
この言葉と覚悟は五殺の誓いと呼ばれ、ネヴィル王国軍の覚悟と気概を表す誓いの言葉となり、後世へと伝わって行く。
またこの誓いのとおり、元々精強であったネヴィル王国の将兵らは常に勇猛果敢であり続け、他国よりネヴィルの兵一人で五人働きをすると畏れられるようになったという。
誓いの熱狂冷めやらぬ皆に、新たな部隊章が配られた。
既に認識票は全員首から掛けている。それに加え、この百名限定の部隊章が将兵の士気を最高潮まで引き上げた。
部隊章のモチーフとなったのは黒い狼。その狼の絵の下に一の数字が描かれている。
また装備も黒を基調としたものに改められた。
このためこの部隊は、敵味方から黒狼軍と呼ばれる事になる。
そしてこの黒狼軍を率いるアデルは、黒狼王と呼ばれるようになるのだが、これはまだまだ先のことであった。
かくして、アデルと同行する決死の百名が選ばれた。
その百名を纏める将に選ばれたのは、ダグラス、ウズガルド同様、最古参の臣であるグスタフであった。
このグスタフは温厚かつ、何事につけても堅実な男であり、同僚のダグラスからはその卒の無さを見習いたいと言われ、ウズガルドからは常々、面白味に欠けるとからかわれていた。
「陛下、このグスタフ、無芸不才の身ではありますが、このような大任を預かり光栄至極に御座います。この上は、武人として、またネヴィルの男として恥じぬ働きをお見せする所存に御座いますれば、どうか我らを最後までお導き下さいますよう」
「グスタフ、すまぬ。卿にはとんだ貧乏くじを引かせてしまったな…………が、ダグラスがおらず、ウズガルドも動かせぬ以上、卿に頼る他ない。万事よろしく頼むぞ」
アデル、グスタフ主従の胸には、まだ熱の籠る初秋の陽光を受けた黄銅の鈍い煌めきが瞬いていた。
こうしている間にも準備は着々と進んでいく。出発の時はもう間近に迫っていた。
ネヴィル兵はタイガー重戦車で、他国兵はシャーマン中戦車。
グスタフさん、百話ぶりくらいの再登場。




