あっさりと見つかった宝石
アデルが意識を取り戻したことで、ジェラルドは安堵した。
そして一応の成果はあったことでもあるし、ここで領内探索を中止することにした。
理由は複数ある。我が家に仕える従士は兎も角、猟師たちには日々の生活がある。
報酬は払ってはいるのだが、本業を疎かにさせるわけにはいかない。
それに、三兄弟の体力的な問題もある。すでに探索開始から三泊四日が過ぎている。
連日の長時間の乗馬と登山は、まだ体の出来上がっていない七歳児の体力を根こそぎ奪っていく。
就寝も春になったとはいえ、夜はまだ冷え込む中で地面に毛布を敷いての野宿では、体力が回復するどころか、いつ風邪を引いてもおかしくはない。
それらの点を考慮した上での中止に、三人も頷くほかはなかったのである。
まだ調べていない山々、とりわけ赤い山に強い後ろ髪を引かれながらも、三人は帰路に着いた。
途中で野宿で二泊、合せて五泊六日の領内小旅行は終わった。
帰宅すると、三人はプツリと糸が切れたように倒れ込み、穏やかな寝息を立て始めた。
いくら賢くともまだ幼い子供なのだと、ジェラルドとギルバートは三人を寝室へと運んで寝かせる。
「父上、御無事でなにより。で、どうでしたか?」
留守番をしていた領主のダレンがことの首尾を尋ねる。
「うむ、収穫はあったと見るべきだな。こちらの様子はどうか?」
いつも通り、長閑なものですよとダレンは微笑む。
「して、その収穫とは?」
「まぁ、そう急くな。アデルたちが起きて来てから詳しく聞くがええ」
では、そうしましょうとダレンは大人しく引き下がった。
喰い付いて来ず、あっさりと引き下がった息子を見て、ジェラルドは興を削がれたように自室へと下がって行った。
ダレンとて興味が無かったわけではない。だが、父の顔に疲労の影を見出してしまっては、引き下がるしかない。
「では兄上、俺も一度家に帰ります。妻たちが心配しているでしょうし」
「ああ、すまんな。いつもお前には助けて貰ってばかりだ」
お気にせずにと、ギルバートは笑いながら愛する妻たちの元へ帰って行った。
ーーー
翌日、再びギルバートを招き家族全員で領内探索の成果を確認する。
「なるほど、この石灰岩とやらとこの砂に水を混ぜると、このように硬くなり建材として使えると言うのだな? しかも木材と違って数百年強度を維持するというのか……」
近代コンクリートの耐用年数は長くても百年程度だが、火山灰を混ぜたローマン・コンクリートの強度は、それと比べ物にならないほど高い。
「ええ、でもコンクリートの打ちっぱなしだと底冷えしますから、床はコンクリートの上に木板を嵌めた方がいいかもしれませんね」
「だが……いくつか問題がある。まずはこの岩と砂を切り出し運ぶ者を確保するのが難しいということだ。我が領内は決して裕福では無く、国からの厳しい税の取り立てで生きるのがやっとの有り様だ。ならば新しく人を雇えばいいだけのことだと思うだろうが、その人を雇う金が無いのだ」
とても厳しい現実を突きつけられるが、三人は諦めない。
「要は金を稼げば良いのでしょう? 我が家の帳簿を見たところ、短期間なら人を雇う金はあるはずです。そこで、まず人を雇い石灰岩だけを切り出しましょう。それを砕いて、さらに粉末にすれば古い畑を甦らせる肥料になります。この肥料は領内で使用してもいいし、売って金に換えるのもいいでしょう。石灰岩を掘っていれば、アンモライトやオパールが出て来る可能性があります。もしそれらが出なくても、質の良い化石をインテリアとして売りだせば良いと考えております」
「つまりあの山から宝石が出る可能性があると? だが、それは博打だな……我らだけならば未だしも、領民たちまで勝てるかどうかの博打に付き合わせてはならない」
ぐ、とアデルは言葉に詰まる。父の言う事は正しい。
為政者であるから、権力者であるから領民を思い通りにして良いわけがないのである。
「三人ともそう落ち込むな。先ず、肥料として売り込むにも実績が必要だろう? 最初は領内で使って実績を積み上げるべきだ」
正論である。実績のない商品など売れるはずも無い。
「それと商売するとなると、我が家だけではどうにもなるまい。近いうちにロスキア商会に連絡を取ろう」
ロスキア商会とは三兄弟の母であるクラリッサの実家であり、そのツテでたいした産業もないネヴィル領と取引してくれる数少ない商会である。
母方の祖父であるロスコは孫であるアデルたちが産れると、それまで年二回の訪問だったのが孫可愛さに、季節ごとに顔を見に訪れるようになった。
「そうですね、ロスコお爺様にも相談しましょう」
ーーー
ロスキア商会の商隊がネヴィル領を訪れるには、まだ一月近くの時間がある。
その間、三人は巻貝の化石がインテリアとして、売り物になるかどうか試行錯誤を繰り返していた。
「アデル、やっぱり布で磨いただけだとイマイチじゃないか? 砂で磨いてある程度研磨すれば、多少は見栄えが上がるかも」
「でもやり過ぎると表面に傷が付くからなぁ……」
「表面をコーティングしたいよな。ニスとかあればなぁ」
あれから三人は新しく畑を開拓する人々に頼み、化石が出たら畑の脇に集めて置いてもらっていた。
土が着いた化石を井戸へと運び、一つ一つ丁寧に洗っていく。
「あっ!」
トーヤが間抜けな声を上げて、その内の一つを地面に落とした。
化石は落ちた衝撃でパックリと二つに割れた。
普通ならば、トーヤの失態を責めるアデルとカインの声が響くのだが……二人は一言も発さず、その視線は割れた化石の断面に注がれていた。
その断面は表面と同じ鼠色ではなく、青白く光り輝いていた。
「「お、お、おおお、オパールだぁあああああ!」」
「えっ? なに? うわっ、本当だ、オパール化してる!」
こうしてあっさりと見つかったオパール。早速それを父に見せに行く。
「父上、父上ーーー! 大変です!」
バンと執務室の扉を開け放ち雪崩れ込んで来た三人の息子を、父親であるダレンは拳骨をもって迎えた。
「騒々しい。それに行儀が悪い。で、どうしたと言うのだ?」
頭に拳骨を喰らって、唸りながら蹲っている三人は目に涙を溜めながら、手に持っていたオパール化した化石を差し出す。
「ん? なんだこれは?」
「だ、断面を見てください……」
未だ引かぬ痛みに、頭を摩るアデルは涙声で父にもう片方の断面を見せた。
「こ、これは……いったいどこで!」
隣にいた母のクラリッサが、オパール化した化石を横からヒョイと覗き込む。
「まぁ、まぁまぁ、綺麗ねぇ~、アデルちゃん、これを何処から拾って来たの?」
「新しく開拓している畑から……これ、売り物になりますか?」
母は元商家の娘である。宝石を見て放心してる夫であるダレンから化石を取り上げ、しげしげとその断面を眺める。
「なると思うわ。金貨数十枚から下手をすれば数百枚くらいになるかも知れないわね」
今度は三人の息子たちが放心する番であった。
これが金貨数百枚だって? 大金持ちの予感と共に、身の危険を感じてしまう。
「父上、母上、これ当分秘密で。こんなのがゴロゴロ出ると知れたら、どんな目に遭うかわかったもんじゃありません」
ダレンもクラリッサも、息子の言には一理あるとしてコクコクと頷いた。
「父上には話す。それとギルにもだ。お前たち、この事を誰かに話てはいないだろうな?」
「まだ誰にも……見つけて直ぐにここへ来ましたから」
「ならばよし。クラリッサ、使いを出してギルを呼んでくれ。私は父上にこれを見せて来る。お前たちも着いて来なさい」
アデルたちは父に言われた通り後に続き、祖父の書斎へと向かった。
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