燻ぶる戦火に油を注ぐ
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「一泡吹かせる策はあるんだ、というかさっき思いついた」
へへん、と鼻の頭を指で擦るアデルを見た皆の中で、トーヤだけが眉を顰めた。
大抵の場合、アデルがこの仕草をして良案が出て来た試しは無かった。
きっと碌でもない事を思いついたに違いないと思いつつ、アデルの思い付きが、自分のそれとは違う事を密かに願った。
「捕虜の身代金を用意しないといけないが…………」
「お待ちください! まさか、陛下が身代金をお支払いするおつもりですか?」
アデルが全てを言い終わる前に、ジョアンが待ったをかけた。
「うん。ジョアンの言いたいことはわかるよ。身代金の支払いは、その身内が払うものだと言いたいんだろ? でも、それは無理だ。他ならいざ知らず、ウチは士分も平民も等しく貧しいからな。とてもじゃないが、身代金を個々で払うことなど不可能だろう」
「ですが!」
「まぁ、最後まで聞いてくれ。もし仮にだが、ここで捕虜を取り返さなかった場合だが、これはとんでもないことになるぞ。彼らは武運拙く虜囚となってしまったが、味方を逃がす為に最後まで踏みとどまった勇士たちだ。これを見捨ててしまうと、今後命を懸けて戦おうとする者がいなくなってしまうだろう。逆にだ、彼らを英雄としてその身柄を取り戻し、厚遇してやれば臣民の士気は弥が上にも上がるに違いない」
これは正しいと、大人たちは頷かざるを得ない。
ここまではいい。ここから先がトーヤの懸念する部分である。
「陛下、身代金と申しましてもどの程度用意立てれば良いのでしょうか? 捕虜となっているのが皆士分ですと、少なくない金額となりますが…………」
ネヴィル王国の経済を束ねる大臣であるロスコの質問に、アデルは不敵な笑みで答えた。
「銅貨の一枚もいらないさ。全て俺の私財で賄う積りだ」
これを聞いて、やっぱり、とトーヤは手で顔を覆った。
ちょっと待っていてくれと、アデルは部屋を飛び出して行った。
そんなアデルの背を、トーヤが追いかける。
「アデル! おい、アデル! 待ってよ!」
「何だよ?」
「まさか、あれを身代金代わりにするつもりか?」
そう問われたアデルは、うん、と満面の笑みを浮かべて頷いた。
知らない者が見たならば、その笑みは年相応のものと感じたかも知れないが、産れた時よりずっと一緒に育って来たトーヤには、悪巧みを思いついた時に浮かべる笑みであると即座に見破った。
「馬鹿! 馬鹿! そんなことをすれば、下手をすれば本当に殺されてしまうかも知れないぞ!」
「かもな」
そう答えつつもアデルは一切歩みを止めない。
「かもな、って…………ガドモアとノルトに対して、同時に喧嘩を売るようなもんだぞ…………」
「面白いだろ? 誰も予想出来ないだろうな。だが、もしかすると流れ次第では、ノルトとの交渉で主導権の一部を握ることが出来るかも知れない」
「火種にダイナマイトを投げ込むようなもんだぞ! いや、そっちの方が遥かにマシかも知れない。ウチも間違いなく、それが引き起こすであろう爆発に巻き込まれるんだぞ!」
だからどうした、と言いながらアデルは歩みを止めて振り返ると、がしりと両の手で後を追って来たトーヤの両肩を力いっぱい掴んだ。
その力の強さにトーヤは驚き、かつその痛みに眉を顰めた。
「いいか、トーヤ…………今の俺たちに取れる選択肢は少ない。このまま息を殺し短い期間、平穏を貪った後で惨めに滅ぶか、それとも自ら進んで戦火に身を投じ、死中に活を求めるか…………お前は、いったいどちらを選ぶ? かりそめの平穏を選ぶというのならば、今すぐ俺を殺し、お前が王となれ。俺はもう決めた。俺は後世に於いて、どのように悪しざまに言われようとも、このネヴィル王国が生き残る道を選ぶと」
「…………わかったよ…………もう、止めない。俺だって…………俺だって、ネヴィル家の男…………ダレン・ネヴィルの息子だ。そもそもネヴィル家は成り立ちからして武功を立て、成り上がった家柄。ならば、戦によってのさらなる興隆は、ある意味では自然な成り行きなのかも知れないな」
これからアデルが進もうとする道は、敵味方問わず多くの者たちの血と死によって彩られる、修羅の道である。
その流れる大量の血と生み出されるたくさんの死の中に、自分たちも含まれているかも知れないと思うと、背筋が震えずにはいられない。
「きっと上手くいくさ…………何故なら、俺は一人じゃない。そう、三人だ…………三人力を合わせれば、必ず上手く行くに違いない」
トーヤの肩を軽く叩きながら、アデルがまるで、自分に言い聞かせるようにそう呟くのを、今のトーヤには黙って頷くことしか出来なかった。
ーーーー
しばらくしてアデルとトーヤが都庁の会議室へと戻って来た。
戻って来たアデルの手には大人の拳ほどの大きさの物が、布に包まれていた。
「お待たせ! これを身代金代わりにしようと思います、じゃ~ん!」
パッと布を取り払った後に出て来たのは、鈍い虹色の輝きを放つ一つの石。
この世界では虹石と呼ばれているアンモライトであった。
「に、虹石ではないか!」
その虹色の輝きを目にしたジェラルドが、思わず立ち上がって叫んだ。
同じように驚きつつ、しばらくの間その虹色の輝きを凝視していたギルバートは、ある事に気付いた。
「おい、おい、それは拙いぞ! 虹石はもう当家には無いことになっている。もしこの石の存在を愚王が知れば…………」
「ええ、そうですね。危険ですね。ですからこの際、ノルトにあげちゃいましょう」
そう言ってアデルはカラカラと笑っている。
その後ろに立つトーヤは、若干呆れ気味であった。
「これは下手をすれば、戦争の引き金となりますぞ!」
虹石の献上…………それがどういう事態を引き起こすかを想像した大人たちは、一様に顔を引き攣らせた。
「下手をしなくてもなるよ。それにしても、こいつを渡した時のシルヴァルド王の顔を是非見たいものだ」
「アデル、趣味が悪いよ」
「そう言うなよトーヤ。こいつをノルトが手に入れたと知ったら、ガドモアの欲に火が点いて、ノルトに対して再び侵略の意志を示すかも知れない。ノルトとしても、今以上にガドモアに対して警戒しなければならなくなる。そうなれば、後ろの小国のことなんて気にしていられないだろうさ。いや、寧ろ後ろで蠢動されないように…………尻に火を点けられないように、味方に引き入れようと下手すりゃ媚を売って来る可能性すらある」
「じゃが、その虹石の事はなんとする? エドマイン王にはもう当家には虹石は無いと言った。だが、あった。となれば、虹石をまだ当家が沢山持っていると考え、我が国を攻めて来るかも知れぬぞ」
ジェラルドの指摘はもっともである。
だが、アデルはそれに対してこれまた小狡い詐術のような考えで乗り切れると断言した。
「我々が創作した虹石の発見話を覚えていますか? 虹石は、お爺様が昔手に入れた石が偶然割れて、中から出て来たということになってますよね? それでですが、ガドモアのエドマイン王に献上した虹石は、その割れた半面であるとし、今回ノルトに身代金として渡す虹石は、残りの半面であるとすれば、当家にはもう虹石は無いとシラを切れますよね?」
「隠し持っていたとガドモアは怒って、攻めて来るかも知れんぞ」
「叔父上、それはもっともですが、エドマイン王の性格からして先ずは、ノルトにある虹石の現物を強く欲するのではないでしょうか? 我々に対する懲罰的出兵は、後回しにされる可能性が高いです」
確かにそうかも知れんとギルバートは頷いた。
そして頷いたあとで、次なる疑問を投げかけた。
「シルヴァルド王が、受け取らなかったらどうするんだ?」
「無理にでも受け取らせます。よしんば警戒して受け取らなかったとしても、王族の誰かに、ポイっとあげちゃえばいいでしょう。何処にでも欲深な者はいるでしょうから、誰かしら高価であると知れ渡っている虹石を欲しがる者はいると思います。つまり、ノルトの国内に虹石があるという状況を作り出せれば、何もシルヴァルド王でなくても誰でも良いのですよ」
元々戦火が燻ぶっている両国に対し、外から油を注ぐがような策を示す少年に対し、大人たちは辟易せずにはいられなかったという。
たくさんの労わりの御言葉、感謝です!
ボーっと、何処にも行かず家で静養したお蔭か頭痛も収まり、熱も大分下がりました。
引き続き、天気は良いですが明日も家で静養しようと思います。
ご心配をお掛けしました。ありがとう!
またしても虹石の出番です。
作者である私の家にも、質は悪いですが虹石ことアンモライトが一個あります。
買った時の値段はだいたい二千円くらいだったと思います。
質が多少悪くても、化石プラス宝石といった浪漫の塊みたいで、結構気に入っています。




