宝剣の返却
尚書令のスイルの名前をジョアンへと改名。元はスイルの旧名でしたが、旧名の方も変えます。
連休中に修正して行きます。
ネヴィル王国の首都トキオに急遽建てられた迎賓館は、木造の三階建てである。
建造にあたって国中の大工が集められ、交代制での昼夜を通しての突貫工事。
当然、他の仕事を中断させられ集められた大工たちは不満一杯。
これを国王アデル自ら宥め、高額の報酬を約束し、建築の最中にも頻繁に顔を見せ差し入れをし、完成すると約束の報酬に二割増しの賃金を与えた。
これには最初不満たらたらだった大工たちも、終わってみれば皆ニコニコ顔。
この一連のやり取りを見守っていたジェラルドとロスコは、今更ながら孫が並みの子供ではないことを再確認し、ジェラルドはアデルは将としての器ありとし、ロスコもまた良い意味での人誑しの才があると褒めた。
その新築の迎賓館に招かれた最初の賓客は、ノルト王国の正使と副使。
正使であるユンゲルトと副使であるフェイタスは、最上階の三階にそれぞれ一室を宛がわれた。
彼らが率いてきた護衛や御付の者たちは二階に、そして一階には賓客を守るネヴィル王国の護衛兵が詰所と、賓客をもてなす料理を作る大きな台所がある。
今、その台所は正に戦場であった。
ネヴィル家お抱えの料理人であったモーリスは今や宮廷料理長となり、弟子を二十人ばかり抱える身となっていた。
モーリスは、三兄弟が考案した料理を彼らから直に学び、他の料理人よりもいち早く研究し続けたおかげで、この国随一の料理人の地位と名誉を手に入れたのであった。
台所でこのモーリスは檄を飛ばし続ける。
「いいか、お前たち! この事をよく肝に銘じておけ! 今宵の晩餐に出される料理の失敗は、絶対に許されない。失敗すれば国王陛下の顔に…………いや、ネヴィル王国そのものに泥を塗る事となる。今まで学んできた知識と腕を最大限に発揮して、最高の料理を出さねばならない。いいか、最後にもう一度だけ言うが、失敗は絶対に許されないぞ!」
この日用意された料理の中で三兄弟が関わっている物は多い。
羹として選ばれたお吸い物も三兄弟が考案した物であった。
人工栽培されたばかりのマッシュルームで出汁を取り、地産の岩塩で味を付け、実として豆腐を入れてある。
肉料理はお馴染みの豆腐ハンバーグ。
ただし肉八割に対し、豆腐二割という、いつものように肉の代用を主としたものではなく、味をさっぱりとさせるために豆腐を混ぜたものとなっている。
そしてネヴィル王国の主食の一つである大麦を使ったマッシュルームのリゾット。
他にもオリーブの実の塩漬けや、彩り鮮やかな料理や果実が用意されている。
これらの料理は建物にあるゴンドラ式の昇降機で三階へと運ばれていく手筈となっている。
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晩餐の用意が出来るまで、ユンゲルトとフェイタスはそれぞれ宛がわれた部屋でくつろいでいた。
部屋には、とういうより建物全体に新築の香りが漂っている。
ユンゲルトは人をやってフェイタスを呼び、明日の段取りの確認をした。
「それにしても狭いですな。まるでウサギ小屋のようだ」
フェイタスは皮肉たっぷりに鼻を鳴らしながら、部屋に飾られた白磁の花瓶の口を指先で弾いた。
チンとした音色を立てた花瓶をしげしげと見詰め、この花瓶は中々、などと呟いている。
そのように落ち着かないフェイタスを、ユンゲルトは少しばかりからかってやろうと思い、
「フェイタス卿、今宵の晩餐が最後の晩餐となるやも知れぬ。良く味わっておこうではないか」
と花瓶を興味深く見つめているフェイタスの背に向かって言った。
それを受けてフェイタスは、ギョッとして振り向いた。
「まさか、何を申されますか。ユンゲルト様、お戯れはおよしくだされ」
「戯言などではないぞ。明日、場合によっては、儂も卿も命を落とすこととなるやも知れぬのだ。国主はまだ子供。感情を抑えきれず、激発する可能性はある。そのような時になって醜態を晒さぬように、覚悟だけはしておくがよい」
フェイタスは青ざめた。
考えてみれば、ありえることなのである。
「いや、まさか…………小国であるネヴィルごときが、我がノルト王国に刃向うなど…………」
「時として感情は理性を奪う。であるからこそ、慎重に行動せねばならぬのだ」
フェイタスが何か言おうとしたその時、部屋の扉がノックされた。
ノックの主は護衛の騎士であった。晩餐の用意が整ったとのことで、同階にある食堂への饗応役が来たと言う。
「では、ネヴィルの料理を楽しむとしようか」
ユンゲルトは椅子から立ち上がり、笑みを浮かべながら部屋を出た。
続くフェイタスの顔には緊張の面持ちがある。
晩餐の饗応役は、三兄弟の祖父であり大臣の一人でもあるロスコが務める。軽い自己紹介の後、軽く談笑しながら二人を食堂へと誘う。
食堂には彼ら三人と給仕の者たち、そしてユンゲルトとフェイタスの護衛の騎士数名のみ。
席に着いた三人の前に、次々と湯気を立てた料理が運ばれてくる。
その毒見役を務めようとする護衛の騎士を、ユンゲルトは必要なしとして止めた。
現段階での毒殺など、何処の誰にとっても利の無いことであり、ありえないからだ。
「では、明日の会見の成功を祈って乾杯といきましょうか」
ロスコがワインが注がれた杯を上げると、ユンゲルトとフェイタスもまた杯を掲げた。
ワインで口を湿らせたユンゲルトは、早速料理に手を付ける。
ノルトには無い変わった料理の数々を目と舌で楽しむユンゲルト。
一方のフェイタスは、先程のユンゲルトの言葉が頭にこびりついて離れないのか、料理を楽しむ余裕が感じられない。
美味いと舌鼓を打ちながら、これは一体何の肉か? これはどうやって作るのかとユンゲルトが聞いて来るのをロスコは一々丁寧に、求められれば作り方まで教えた。
ただし、マッシュルームについては、山野で獲れたものであるとした。
元商人であるロスコにマッシュルームに対する偏見は無いが、貴族であるユンゲルトらには、これが通称馬糞茸であるとは言えなかったのだ。
出された料理を全て平らげたところを見ると、ユンゲルトの方は大いに満足したようであった。
フェイタスの方はというと、手は付けているものの、完食には至っていない。
「珍しき料理の数々。味もまた絶品。このような饗応を受けたるは、名誉である。感謝致しますぞ」
ユンゲルトは饗応役のロスコに厚く礼を言った。
フェイタスも内心はどうであれ、ユンゲルト同様礼を述べた。
こうして晩餐は終わった。
後で聞いた話によれば、品々のグレードは下がるが同じメニューをノルト王国の護衛の騎士や御付の者たちにも出したが、概ね好評であったという。
翌日の昼、ネヴィル王国とノルト王国との初の会見は、都庁の謁見の間で行われた。
国王であるアデルが玉座に座り、直ぐ横には護衛のブルーノが剣を佩き立っている。玉座から一段下の左右に大将軍であるギルバートと先王であるジェラルドが椅子に座っている。
そしてその脇にトーヤと通産大臣のロスコ、尚書令のジョアン、外務大臣トラヴィスが立っていた。
部屋の要所、窓や扉の脇には完全武装の騎士たちが立ち、中央に進み出て跪くユンゲルトとフェイタスの二人を注視している。
先ずは形式通りの挨拶が交わされた。
アデルも遠路はるばる来た使者たちを労わった。
今回のノルト王国の使者の名目上の建前は、ネヴィル王国建国祝いである。
本来ならば、ネヴィル王国側が大国であるノルト王国へ挨拶とご機嫌伺いに行くのが筋である。
その非礼をアデルは内心はどうであれ、表面上は素直に詫びた。
建国と二度にわたるガドモア王国に対する勝利の祝辞が延べられ、音物の数々が書かれた羊皮紙が、ユンゲルトの手からトラヴィスの手に手渡された。
トラヴィスは羊皮紙を開き、そこに記された音物の数々を読み上げていく。
「…………砂金二袋、菫青石、瑪瑙…………」
毛皮、宝石、金銀財宝の類が次々と読み上げられていく。
そしてそれらの最後に、
「…………宝剣一振りを返却…………」
と、トラヴィスが眉を寄せた怪訝な表情で読み上げた。
「宝剣…………返却、だと?」
そう言いながらアデルの腰が玉座から僅かに浮いた。
「はっ、先日、我が国に貴国がお貸しくだされた剣をお返し致します」
ユンゲルトは跪き、俯いたまま答えた。
そしてお望みであれば、今すぐにでもこちらへお持ち致しますとも。
「…………是非に…………持って来て頂きたい…………」
そう言ったアデルの声には若干の震えがあった。
その震えが悲しみによるものなのか、それとも怒気によるものなのか、それはアデル本人にもわからぬことであった。




