迎賓館へ
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和やかな歓談の中、馬車はムーア村を抜けて次の村へと到着した。
この村は王弟カインが治めるアーバン村。
ネヴィル王国外縁部のムーア村よりかは栄えているが、村は村である。
しかしながら、コンクリートで完全舗装された道や同じくコンクリート造りの鶏舎や数々の建物が建っており、そこが木造家屋の多いムーア村との大きな違いとなっていた。
そんな建物の中に幾つかの広々とした空き地がある。
そこに大人数人と子供が多数集まっているのが馬車から見えた。
その光景に興味を惹かれたフェイタスが、あれは何をしているのかとトーヤに問うた。
「あれは学校…………子供たちに授業を受けさせておるのです。我が国では、国民は希望するならば皆、無償で学問を教わる事が出来ます」
「は?」
フェイタスはまじまじとトーヤの顔を見つめ、ユンゲルトもまた怪訝な表情を浮かべた。
「聞き間違いですかな? 今、国民全員と聞こえましたが…………」
「はっはっは、聞き間違いでは御座いません。我が君は、国民全員が字の読み書きができ、計算が出来る、そのような国を目指しておりますので。我が国においては、学問に貴賤なし。貴族や士分はおろか、平民、さらには奴隷にも教育を施しております。あそこの子供たちの中にも士分の子もおれば、平民の子もおりまする。彼らは等しく基礎教育を受け、成績優秀なる者は、さらに高等な教育を受けることが出来ます」
フェイタスは半ば呆れた顔をしていたが、ユンゲルトはごくりと喉を鳴らしながら、知らずの内に眉間に皺を寄せていた。
その様子を見てトーヤはやっと確信が持てた。
この二人はシルヴァルド王の目であると。それも、片方は凡夫。もう片方は俊才。
双方からの報告を聞き、総合的な判断を下そうとの腹積もりであると。
(英邁、明知なる王と呼ばれるだけのことはある。普通ならば、目利きだけを送って来るのだろうが…………だが、それはちょっと俺たちネヴィルを舐めすぎだぞ。この凡夫から、ノルトの情報を根掘り葉掘り聞きだしてやる)
ここからトーヤは一気に攻勢に転じた。
これまでは相手に聞かれるがままに答えてきたが、逆にこちらから質問を浴びせる事が多くなった。
無論、質問の相手はユンゲルトではなく、フェイタスの方にである。
これを見てユンゲルトは、またしても目を見開き驚かざるを得ない。
先ずは、フェイタスの為人を短時間で見極めたことと、巧みな話術、質問の内容も上手く散らし、何気ないものの中に、本来ならば気軽に答えるべきでは無いような、国の機密に関するものを入れて来る。
その度にユンゲルトは咳払いや、口を挟んで会話の流れを変えなくてはならなかったのである。
適度に持ち上げられ、数々の質問を浴びせ、その答えを得て有頂天となっているフェイタス。
逆にこのたった十二歳の少年に、えも言われぬ薄気味悪さと恐怖を感じ始めているユンゲルト。
(なるほど、大人が迎えに来なかったわけもわかるというものである。この少年は十二という若さながら、並みの大人をも凌ぐ、そう…………我が王と同じ……同じ匂いを感じる…………何が恐ろしいかといえば、この少年には二人の兄がいるということである。三つ子ともなれば、容姿だけでなく、才能においても近いものを持っていると考えるべきであろう)
このままこの少年たちが成長すれば、その智は我が王に匹敵するのではないかとの考えを、ユンゲルトは、これは早熟ゆえの知恵の発露、一時的なものに過ぎぬと自分に言い聞かせながら、首を振って振り払った。
何にしてもこの事を王に伝えねばと、ユンゲルトは今一度気を引き締めた。
(相手は十二歳。会話の中にも必ずや襤褸を出すはず。すまないが、この国、そしてこの少年たちを知るために、そこを突かせて頂くとしよう)
だが、ユンゲルトの目論見は空回りに終わった。
いくら隙を伺っても、一向にトーヤは隙を見せなかったのである。
逆に副使のフェイタスに足を引っ張られ、そのフォローにまわらなければならず、遂には隙を見せぬトーヤに対してではなく、フェイタスに怒りを感じていた。
それもそのはず、トーヤは知っての通り普通の十二歳の少年では無い。
明確な前世の記憶を持った十二歳の少年である。その前世の記憶の中にある人物、高瀬賢一は大学において歴史を専攻した後、実家の総合問屋業を継いでおり、その営業などの過程で、巧みな会話技術を有していた。
トーヤは、というよりアデルもカインも、この三兄弟はそれを転用していたのである。
つまりは、見た目こそは十二歳だが、前世四十八歳プラス十二歳なのであった。
無論これは記憶や思考、知識だけで、精神は現世の十二歳相応である。
好奇心や感受性は、そこいらの同い年の子供たちと何ら変わる事はないのだが、少年の心に大人の頭脳というのが、得体のしれない異質を感じさせる元になっているのは、間違いないだろう。
二つの村を抜け、馬車は遂に王都トキオへと到着した。
日は沈みかけ、家々からは煙突から煙が立ち上り、夕餉の香りがそこかしらから漂って来る。
馬車は急遽建造された迎賓館の前で止まる。
迎賓館の前には、数名の騎士が立ち並び、それらに護られるようにして一人の少年が立っていた。
この少年こそが、現在のネヴィル王国の国王であるアデル本人であった。
そしてそのすぐ横には気の優しそうな青年が一人。これは外務大臣であるトラヴィスである。
この若すぎる外務大臣は、就任して以来の大仕事に緊張を隠しきれていない。
カチコチに固まっているトラヴィスのわき腹を、アデルは度々肘でつついて笑った。
周囲の騎士たちも、それを見て釣られて自然と笑みを零す。
「それでいい。変に緊張しているよりも、自然体でいた方が、どのような変事の際にも体を動かしやすいからな。そら、ノルトの使者のお出ましだぞ……」
馬車の中からトーヤに伴われてノルト王国の正使ユンゲルトと副使フェイタスが現れる。
トーヤはアデルに近付き、一言、二言会話をすると、アデルの前に跪いた。
まずトラヴィスが名乗りを上げ、次いでアデルが名乗りを上げた。
「余がネヴィル王国二代国王、アデル・ネヴィルである」
ユンゲルトとフェイタスは跪いて名乗り、自分たちを受け入れてくれたことに対しての謝辞を述べる。
「遠路はるばるご苦労様。ささやかではあるが、貴殿らを歓迎するための夕餉を用意してある。口に合うかはわからぬが、今宵は旅の疲れをゆっくりと癒して欲しい」
アデル自ら近付き、まず正使であるユンゲルトの手を取ってその身を起こし、次いでフェイタスも同様に手を差し伸べた。
これについては、万が一のことがあってはいけないと、叔父で大将軍であるギルバートと、近衛騎士隊長であるブルーノが反対したが、アデルは今自分を殺す意味が、ノルトにはないとしてこの行為に及んでいた。
相手に手を差し伸べる時に、アデルは相手の目を覗き込んだ。
一瞬だが、アデルと立ち上がりかけたユンゲルトの視線がぶつかった。ユンゲルトは異国の王とはいえ目を合わせるのは非礼であると、慌てて俯き視線を外した。同様にフェイタスとも視線が交差する。が、フェイタスはさも当たり前かのように、堂々とアデルの目を見つめ返した。
その後、アデルは騎士たちに護られながらその場を後にし、残された二人は、トラヴィスに導かれ迎賓館の中へと入っていった。
アデルは去り際に、横に並ぶトーヤと視線を交わした。
そして使者たちが迎賓館へと入ったのを見届けると、トーヤと使者たちが乗って来た馬車へと乗り込んだ。
馬車の中へと乗り込んだアデルは、
「こんな贅沢な馬車は、我が国にはこれ一台しかないからなぁ」
と、同じく乗り込んで来たトーヤに笑いかけた。
「まさか、あの二人もこの馬車が国王専用の馬車だとは思わないだろうなぁ……」
そう言ってトーヤも笑う。
「トーヤ、お前の言う通りだ。気をつけるべきは正使の方。副使の目には嘲りがあった」
「うん、ユンゲルトの方は、小国の王とはいえ礼を失さなかった。だけど、フェイタスの方はウチを舐め腐ってるね」
「対応としては、副使の方は阿り、へつらっておけばいいだろう。明日の会見が楽しみだな。土産ってなんだろうな? それらしい物を見たか?」
「ううん、一応荷馬車を調べさせたけど、至って普通の常識的な範囲の引物だった」
まぁ、明日になればわかるか、とアデルは話を打ち切った。
ひょいと窓から首を出したアデルとトーヤの視線は、遠ざかる迎賓館へと注がれている。
明日は、いよいよノルト王国とネヴィル王国との初めての正式な会見である。
アデルとトーヤの剣を抜かぬ戦いは、まだ始まったばかりであった。
次話、ついにネヴィル王国への贈り物の正体が判明、乞うご期待!




