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供物

感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告ありがとうございます!

 

 夕暮れ時の静かな部屋に、シルヴァルドの笑い声が響き渡る。

 ひとしきり笑った後、シルヴァルドは息を整えた。


「爺、そちのその考えはおそらくは正しいだろう。知っているか? ネヴィル王国の旗を? 国旗には三つ首の狼が描かれているらしい。それに国王旗にもまた、勇ましい狼が描かれているとか…………何とも勇ましきことよな」


「狼は人を喰らう獣に御座いますぞ!」


 ブラムは語気を荒げた。


「それを見極めたいのだ、余はな。狼と見せかけた犬かも知れぬ。犬ならば用はない。犬ならばこの国にも腐る程居る。その時はさっさと始末するのみであろうが」


「……………………狼ならば、何と致します?」


 先程とは違い、感情を殺した冷めた口調。

 その問いにシルヴァルドは、口元に微笑を携えながら答えた。


「ネヴィルの小僧が、真に狼であれば…………」


 ブラムは呼吸を止めシルヴァルドの次の言葉を待つ。


「我が身を喰らわせてやろうぞ」


「陛下!」


 ブラムは眦を吊り上げ叫んだ。

 シルヴァルドはふと、机の上の将棋盤に目を落とした。


「聞くが良い。よいか、はっきり言えばこの国は既に、この将棋でいうところの詰みの状態だ。体の弱い余には、子を作る事が出来なかった。そして余も、この調子では決して長生きなど望めはしまい」


 宰相のブラムは父の代よりの忠臣中の忠臣である。

 幼い頃よりその忠誠を捧げられてきたシルヴァルドにとっては、もはや肉親をも超えた存在であり、唯一、心の内を吐露することが出来る存在でもあった。


「そのようなことは……御冗談でも仰られますな……」


 ブラムの声には先程のような力は無い。この若き王は年を重ねるごとに弱っていく。

 国中から医者を集め、病状を探らせたが治療はおろか、その原因すら突き止める事が出来なかった。


「自分の身体だ。自分が一番よくわかっている。余の死後、この国は二つに割れるだろう。妹に与する者たちと、従兄に与する者たちとで…………そうなればもうガドモアだけではなく、西のフランジェと北のベルクトもこの地を狙って来るに違いない。幸いにして今は、フランジェとベルクトは戦争中ではあり、この地にまで手を伸ばしては来ないが、隙を見せればどうなるかはわからぬ」


 ノルトの西にはフランジェ王国という国があり、北にはベルクト王国がある。

 この二国は後に、三十年戦争と呼ばれる、長きにわたる戦の真っ最中であった。

 だが現時点では、そこまで長く戦が続くことを予見出来た者はいない。

 この二国からは度々自分の方に付くようにと使者が来てはいたが、ガドモア王国に度々攻め込まれているノルト王国には、他国に軍を派遣する余裕は無く、それを理由に断り続けていた。

 断り続ける内に、ノルト王国頼むに足らずと、二国からは使者すら遣わされなくなり、事実上の断交状態となっている。


「まだ御子が出来ぬと決まったわけでは御座いますまい」


「ふん、出来ても出来なくとも同じことよ。右も左もわからぬ幼児を王として、この荒れた世で国を保てようか? 爺…………余は物心ついた時よりずっと、自分は何のために生まれて来たのかを考えていた…………おかしいか? この、ままならぬ身に生まれたのにも意味はあるのだろうかとな…………」


 そうして考えに考えた結果が、自身の身と国を供物として次代の覇者へと捧げることですか、とブラムは嘆いた。


「そうだ。もう余にはそれほど時間は残されてはいまい。余は、夜空に一瞬だけ輝き流れるほうき星のようなものだ。光り輝く太陽はおろか、闇を照らす月にすらなれぬ。一瞬だけ輝き流れ、儚く消えていく…………全くを以って嘆かわしいと思わぬか? であれば、せめて…………せめて…………この世を生きた証がとして、何かを後世に残したいのだ」


 シルヴァルドの握り締めた拳が揺れる。

 それは、誰が見ても弱々しく、儚さを感じただろう。


「その次代の紡ぎ手が、ネヴィルの少年王だと思われるのですか?」


「だといいが、それはわからぬ。先程にも言ったであろう。単に尻尾を振るような犬ならば、迷わず殺す。だがもし、狡猾な狼であったならば、余の肉をたらふく喰らわせてやろうぞ。それに知っておるか、爺? 狼というのは見かけによらず情の深い生き物であると聞く。ならば…………」


 その先は言わなくてもわかってくれるだろうと、シルヴァルドは口を噤んだ。室内には再び静寂が訪れ、長い沈黙の時が流れる。

 やがて、王よ、とブラムが低く呻いた。だが、今はそれ以上の言葉が出なかった。

 この若く聡明な王は、努めて感情を露わにすることを避けて来たが、ここに来てこのような激情を発したところを見るに、薄々自身の死期を悟ったのかも知れないとブラムは感じていた。

 その考えを見透かしたように、シルヴァルドは薄く笑った。


「安心せい。別に今日に明日に死ぬというわけではない。だが、この身はどう頑張ろうとも十年とはもたぬであろうな…………実に名残惜しいことよ…………であるから、余は余の為し得なかった夢を、確かな実力を持つ者に受け継いで貰いたいのだ」


「なれば妹君、ヒルダ様を」


 シルヴァルドは静かにゆっくりと首を振った。


「ヒルダはまだ十一になったばかり。それも女子だ。それならばしかるべき者を婿にと、考えるだろうが、この国には余の目から見て、王に相応しき者がいない。今の時代の王には、ただ強いだけではなく、この戦乱の世を変えていけるような革新的な力も必要なのだ」


 年上の従兄の事は口に出すまでも無い。

 ブラムの目から見ても、王としての器量は無きに等しい。


「厳しいことを仰られます。そのような資質を持つのは、陛下以外におられますまいに…………」


 それにしてもと、ブラムはネヴィルの少年王を憐れんだ。

 この目の前にいる若き王に目を付けられたからには、どう転んでもただでは済まないだろう。

 シルヴァルド王の期待に応えるには、数々の試練と修羅場をくぐり抜けねばならないと思われる。

 ネヴィルの少年王が過酷な運命を辿る事は、まず間違いないと見るべきである。

 


ーーーー



 一方その頃、ネヴィル王国では…………


 アデルとトーヤが、トーヤが予算を組んで建てた実験小屋で、地面を見下ろしていた。


「おお、これはまさしくマッシュルームだ…………」


 鶏糞の堆肥をベースとした地面から、無数の薄茶色のキノコがニョッキリと生えている。

 はっきり言って鼻を摘まむほど臭いが、二人は感動に包まれており、一時的に嗅覚がマヒしている。

 アデルはしゃがんでマッシュルームではなく、その下の土を手に掬った。


「鶏糞の他には、藁か……なるほどな…………」


 指で土を解すと、朽ちかけた藁のカスが混じっていることに気が付く。


「へへん、それだけじゃないよ。覚えてる? 前世でキノコの自家栽培ブームがあったことを。その時に、色んなキノコの簡易培養キットみたいなのが売り出されて、ウチでも幾つか取り扱ったじゃない?」


 ああ、そうだったとアデルは頷いた。


「その中に、マッシュルームのキットがあってさ、その説明書に薀蓄としてマッシュルームの歴史みたいなのが書かれていたのを思い出したんだ。マッシュルームは、厩肥に生えていたのを厳選して培養したって書かれていたのをさ。それを思い出して、ウチにも生えてないかなと探したら、あっさりと見つかったんだよ。どうもこの世界では、マッシュルームを食べていないみたいなんだ」


 でも、美味しいよねとトーヤは続ける。


「これはいけるなと思って、培養を試みたんだけど、どうもイマイチ上手く行かない。なんでだろうなと思って、色々試行錯誤を重ねて、何度も記憶を思い起こした結果、そのキットの付属の説明書に、石膏という文字があったのを思い出したんだ」


「石膏? 何でマッシュルームの培養に石膏が必要なんだ?」


 アデルは不思議そうに首を捻った。


「わからない。でも、試してみたらこの通り上手くいってしまった。で、だけど、このマッシュルームの増産の許可を貰いたいと思って。それと、実食もしてみようと思うんだが…………鶏の餌に混ぜたりして、安全は確認済みだよ」


「オーケーわかった。だが、肝心の味の方はどうなんだ? 気になるな、早速焼いて食ってみようぜ」


 二人は持参した籠一杯にマッシュルームを摘むと、自宅裏の井戸で念入りに洗った後に厨房へと持ち込んだ。

 そして串を打って焼き、オリーブ油と塩で味付けする。

 厨房からマッシュルームが炙られた煙と香りが館の中へと流れ込むと、その香りに釣られたように祖父のジェラルドが普段はあまり近付かない厨房へと顔を出した。


「なにやら嗅いだことの無い良い香りがするな。一体何を焼いておるのか?」


「ああ、お爺様! ちょうど良い所にいらっしゃられましたね。お一つ如何です?」


 そう言ってトーヤは焼きたての串を一本手渡す。

 それを受け取ったジェラルドは、周囲を見回して、孫たちの他に誰も見ていない事を確認すると、串に鼻を近づけてその香りを深く吸い込んだ。


「先に頂いてしまいましたが、なかなかに美味しいですよ。この通り、焼くと香りも良いですし」


 そうアデルが勧めると、ジェラルドはどれどれと言って、串に齧りついた。


「ほう、これはアデルの言う通り、中々のもんじゃな…………して、これは一体何じゃ?」


 ジェラルドの問いかけに、トーヤは自慢げに胸を逸らしながらマッシュルームの説明をした。

 すると、ジェラルドはぶふぅ、と口中のマッシュルームを勢いよく吐き出した。


「ば、馬鹿者! この儂に馬糞茸を食わすとは! 悪戯にも程があろうに!」


「馬糞茸? いえ、違います! これはマッシュルームです!」


 苦労して育てたマッシュルームを、不名誉極まりない名前で呼ばれたトーヤは、口を尖らせて反論する。

 そんなトーヤを見て、アデルは祖父と弟の両方を宥めながら、マッシュルームについて詳しい説明をした。


「…………しかし…………これは馬糞茸であろう? まさか、この歳になってあのような物を口にするとは…………」


「でも、美味しいでしょう?」


「しかしなぁ…………これがあの馬糞に生えている物だと思うとなぁ…………」


 どうもこの世界ではマッシュルームは受けが悪そうである。


「元はそうですけど、これはちゃんと人の手によって栽培された物ですし、そう嫌わないで下さい。乾燥させれば日持ちもしますし、何よりこのマッシュルームは、低カロリーで高タンパク! 各種栄養も豊富ですし、様々な料理に用いれます!」


「研究熱心なのは良いことだが………」


 マッシュルームについて熱く語るトーヤと、その隣で美味い美味いと言いながら次々と串焼きに齧りつくアデルを見て、ジェラルドは多少の不安を覚えずにはいられなかったという。

 後にこのマッシュ―ルームは、ネヴィルを代表する食材の一つとして、様々な料理に用いられる事となる。

 庶民たちの多くは、元が馬糞に生えていたキノコであろうとなかろうと、味さえ良ければ左程気にはしなかったのだ。

 ただジェラルドをはじめとし、おおよその騎士たちにマッシュルームは、非常に受けが悪かったという。

時間が欲しい。ゴールデンウイークは程々休めそうなので、そこで色々とやらなければいけない修正や、更新が止まってしまっているもう一方の作品に力を注ごうと思っております。

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