興味
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エイプリルフールですね。
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ノルトの使者を迎える準備が進む中、カインは僅かな護衛を引き連れ、エフトへと交易に向かう商人たちに紛れ込みネヴィル王国を発った。
仲立ちをするエフト族の者が言うには、ノルト王国から来る使者の名はギルモア・ユンゲルト伯爵といって、王の信頼厚い重臣中の重臣であるらしい。
そのような重臣を送り込んで来るあたりにノルトの王、カール・シルヴァルドのこのネヴィル王国に対する強い興味を感じずにはいられない。
いずれにしてもネヴィル王国としては万全の体勢を以って、ノルトの使者を迎え入れるしかない。
「我が国には城も無い。他国の貴賓を迎え入れるに相応しい館も無い。無い無い尽くしだよ」
内政一般をスイルと共に取り仕切るトーヤは、自身が行っている研究を後回しにしつつ、問題の解決と準備に勤しんでいた。
「殿下、現在建築中の迎賓館は凡そ八割程出来上がっており、後は内装をどうするかというとこまで来ております」
スイルの報告を受けたトーヤは、建物の建築自体が順調に進んでいる事に満足気に頷いた。
しかし内装をどうするかという点において、頭を悩まさずにはいられない。
「ネヴィル家は元はドが付く辺境中の辺境の弱小貴族。有名な絵画や美術品など一点も所持していない。迎賓館だもんな、箱だけ作ってはい終わりってわけにはいかないもんな。さて、どうすればいいか…………」
「やはりここは今から作っても間に合う、白磁の陶器を飾る他ありますまい」
「でもそれだけじゃなぁ…………あと飾りとなりそうなのは、本館の居間に飾られている雄の山鹿の角や熊や狼の毛皮…………何だかえらく蛮族っぽくないか?」
そう言われてましてもとスイルは言葉に詰まってしまう。
大体がこのような辺境に住んでいる以上、華やかな宮廷や貴族生活を営む者たちから見れば、ネヴィル家は紛う事無き蛮族に他ならないだろう。
「ではこうしましょう。逆に考えまして、迎賓館にはこの地をより知ってもらうために、敢えてこの地の物を飾っているということに致しましょう」
それはあまりにも苦し紛れで見え透いている、とトーヤは思ったが取り立てて他に良い思案が浮かばない。
スイルも思いつきや努力だけではどうにも出来ない事はあると、この件については早々に匙を投げていた。
どっちみちネヴィル王国は新興の小国。最初から舐められるのは決まりきっている。
寧ろこの件に掛ける労力を他に回すべきであると。
「今更分不相応の見栄を張っても意味ないか。よし、これでこの件は終わりにしよう。陛下の御裁可を頂いて来る」
そう言ってトーヤは既に別の仕事に取り掛かり始めているスイルを残し、都庁二階の執務室を後にした。
ーーー
一方その頃ノルト王国はというと…………
「ユンゲルト伯を向かわせたのですか? これはこれは驚きました。陛下は彼の地に随分と御関心を御持ちのようですな」
宰相のブラムは、夏の昼下がりの激しい陽光を遮るカーテンが風に揺れる部屋の奥に陣取り、椅子に深々と腰掛けているシルヴァルド王に向かって、年に似合わず悪戯好きの少年のような笑みを浮かべながら声を掛けた。
「そうからかうな、爺。彼の地は誰が見たとしても面白かろう? 僅か数千での旗揚げ。しかもガドモアに立て続けに二度勝利を収めているとなれば、な…………」
「戦略的な価値はそう御座いませぬぞ? 伝え聞く話によれば、隘路にての迎撃によって勝ちを収めたとか。だとすれば、その隘路こそが問題で御座いましょう。守り易い分、逆に侵攻し辛いということでもありましょうぞ」
確かに、とシルヴァルドは風にそよ風に揺れるカーテンに目をやりながら頷いた。
「価値としてはそうでも無かろう。彼の地の実りは豊かで、エフトの者たちも彼の者たちの援助のお蔭で、不作を乗り切ることが出来たと聞いておるぞ。まぁ、人口面から言って、その生産能力はたかが知れているがな」
「すると陛下は彼の地を併呑し、人を送り込み、食料の生産拠点化を図る御積りで?」
しらじらしいな、爺とシルヴァルドは笑った。
「そなたなら直ぐに考え付いたことだろうに。しかし、併呑か…………その余裕は生まれそうか?」
宰相ブラムは目を瞑り首を横に振った。
「そちは正直で良い。そうか、今年も出来高は良くはないか…………」
「決して悪くは御座いませぬ。ですが、今までの民の救済に回していた分を取り戻すまでには、ほど遠いかと」
ノルト王国の主生産食料は燕麦である。
ノルトは冬の寒さが若干厳しいため、燕麦の苗が冬を越せないため、秋撒きではなく春撒きであった。
よって収穫は秋となる。
「ならば武力による制圧は無しだ。兵糧が無くては身動きも取れぬわ。それにだ、彼の地はエフトとも繋がりが深いと見える。エフトを敵に回すのも今は得策ではない。まぁ、いずれにせよ、ユン伯の報告を聞いてからだな」
左様ですな、とブラムは頷く。
ユン伯とは、ギルモア・ユンゲルト伯爵のことである。愛称で呼ぶあたりに、シルヴァルドの信頼の厚さが窺い知れた。
そのユンゲルト伯爵は、シルヴァルド王の言わば目ともいうべき存在であり、王都を動けぬシルヴァルドの代わりに各地に赴き、見た様を細部に至るまで詳しく報告する役に就き、その信頼を勝ち得ていた。
「ユンゲルト伯ならば、まず間違いは御座いますまい。彼の地に於いての確かな情報が得られるでしょう」
ブラムもまた、ユンゲルトの観察力の高さには、一目も二目も置いていた。
だが所詮はネヴィル王国など、山の先の先にある新興の小国に過ぎない。
戦略上に於いても、向こうがちょっかいを出してこない限りは、無視していても問題は無い。
それにどうやらガドモア王国への新たな侵攻ルートとするには、隘路という地形がネックとなり使えそうにも無い。
また、後方の生産拠点として制圧するにも、間にエフトの支配地があり、山々を越える負担を考えると、そこまでのリスクを冒して侵攻する価値があるのかは疑問である。
ましてや現状、兵糧不足に悩まされており、少なくとも二、三年は外征する余裕はノルト王国には無いのである。
なのにどうして、王がそこまでこの小国に興味を抱いたのか? それだけが老宰相にはわからない。
「そう不思議そうな顔をするな」
シルヴァルドはブラムの皺に埋もれがちな目を見て薄く笑った。
「これは失礼を。顔に表れておりましたか。どうもいきませんな、この歳になると皺が表情を上手く隠してくれるものですから、ついつい…………」
ブラムは自身の老いを悟った。無論、それは外見だけのものではない。
若い王を見る目が、臣下としてのそれではなく、つい孫を見るような目で見てしまいがちになってしまっていたのだ。ゆえに、つい気の緩みを生じてしまう。
それをシルヴァルドも気付いていたが、それ自体は悪い気はしない。
だが、今はノルト王国宰相としての見識を求めた。
「今一度気を引き締めよ。そちにも見て欲しい物があるのだ」
そう言うとシルヴァルドは立ち上がり、部屋の片隅から一枚の板と、一つの小箱を持って来た。
その板をテーブルの置き、ブラムを自分の対面へ座るように促す。
ブラムは言われた通りに座り、テーブルの上に置かれた板を見た。
その板には、縦横に多数の線が規則的な間隔で引かれていた。
シルヴァルドは小箱を開けると、五角形をした木片の様な物を升目にパチリ、パチリと小気味の良い音を立てながら並べ始めた。
「陛下、これは?」
「これはな、エフトの商人から手に入れた玩具でな…………」
「ほぅ、エフトのですか…………」
「いや、これはエフトの物では無い。この将棋という玩具は、ネヴィルの物だそうだ。やり方は商人に教わり、覚えた。これは二人で競う遊びでな、ちと付き合うが良い」
このシルヴァルド王は戯れに臣下をからかうような御方では無い。
この玩具を見せたのには、必ず意味があるはずだと、ブラムは言われたままに将棋の駒に手を触れた。
ルールの説明を交え、室内にパチリ、パチリと駒を指す音が響き渡る。
一度ルールを聞いただけで覚えたブラムはその後、王と何局か対局した。
いつの間にか両者とも熱中していたのか、ふと気が付くと窓からは赤い夕陽が差し込んでいた。
「いやはやこれは…………単純ではありますが、ついつい時間を忘れてしまう面白さがありますな」
「うむ、流石である。飲み込みが早い。で、どうだ? この将棋とやらは?」
ブラムは心に思った通りの素直な感想を述べた。この老臣はそれを、それこそが今の王が欲している答えだと知っていた。
「この将棋とやらを考えた者は、相当頭が良いと思われます。単純なルールでありながらも、奥深く、頭を使わされる遊び。ネヴィルなどという草深き地にも、賢き者は居るのですな。もしやその者を我が国に招くために?」
ブラムの素直な感想を受け、シルヴァルドは、ふふと笑った。
シルヴァルドは、エフトの商人からこの将棋を考案した者の名を聞いていたのだ。
「この将棋という玩具を作って広めたのは、ネヴィルの三つ子だそうだ」
それを聞いたブラムは、まさか、と目を見開かずにはいられない。
何故ならば、自分が知っている限りでは、ネヴィルの国王とその兄弟は、まだ成人すらしていない童であるはず。
「…………それは真実でありましょうか?」
ブラムの目つきは、先程まで将棋に興じていた好々爺の目では無く、一国の宰相たる非情さを伴った危険なものへと瞬時に変化していた。
「真実だ。複数の商人の口から証言を得ている。な、そちも興味が湧いて来ただろう?」
だが、ブラムは王の問いかけにも答えず、ただ黙って将棋盤を見つめたまま、身動き一つしなかった。
「……………………陛下、その三つ子……………何としても殺すべきです……………」
予想通りの反応と答えに、シルヴァルドは珍しく声を上げて笑った。
これは非常に珍しいことであったが、笑う王を見つめるブラムの表情は、険しいままであった。
ノルトの王であるシルヴァルドが何故急にネヴィルに興味を持ったのかという話です。
三兄弟はまだ子供。考えも足りず、詰めも甘いという話でもあります。




