理想とは裏腹の厳しい現実
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「大見得をきったものの………
…あまりにも厳しい状況だな…………」
先程までの威勢の良さは何処へ行ったのか、子供部屋へと戻った三兄弟の肩は落ち、口から出て来るのは溜息ばかりであった。
「仕方ないさ。まさかみんなにノルトに頭を下げて自ら人質となり、属国になりますとは言えんだろ」
「だよなぁ…………けど、あれで大人たちが変に勘違いしたらどうする?」
「心配ない。すぐに気が付く。今の我々では、どう足掻いた所でノルトと対等の同盟など無理だということにね」
三人は一斉に、深い溜息を吐いた。
その顔色が優れないのは、窓から差し込む蒼い月明りのせいだけではないだろう。
三人はそれぞれのベッドの上に大の字に倒れ込んだまま、虚ろな目で天井を見つめる。
「この部屋ともお別れか…………」
「成人するまでは一緒にいられると思っていたんだけどね…………」
「……………………なぁ、いっその事、大きく賭けに出るか? エフトと連携してノルトの軍を山中までおびき寄せ、ゲリラ戦を仕掛け膠着状態にもっていき、その上で時期を測り和平交渉を持ち掛け、対等の盟約を結ぶというのはどうだ? 俺が命を懸けてでもエフトを…………」
「駄目だ!」
カインが全てを語る前に、アデルの鋭い叱責が飛んだ。
「カイン、お前の気持ちは嬉しいし、そのアイデアは面白いが一つだけ忘れていることがあるぞ。それはノルトは敵でありながら、ガドモアを防ぐ防波堤でもある。ノルトを弱らせることは、ガドモアを利することに他ならない。結局俺たちは、単独ではガドモアはおろかノルトすら倒せない。残念だが、今は雌伏の時だ」
「今の状況ってさ……ほら、前世の記憶の中にあるゲーム…………日本の戦国時代のシミュレーションゲームの飛騨に似てると思わない? 姉小路家でやると、南は織田、北は上杉あたりによって身動き取れなくなるのがさ」
「んで、攻めづらい土地ではあるものの、結局物量によって押し切られる…………か…………」
このまま貝のようにこの地にひっそりと閉じ籠っていても、ガドモアによってか、ノルトによってかはわからないが、いずれは滅ぼされるのは目に見えている。
「やはり俺が人質となり、ノルトの王族を娶るしか手はないな。これじゃまるで徳川家康じゃないか」
徳川家康は今川義元の元へ人質として囚われ、義元の手によって元服し、義元の姪を娶らされている。
アデルが自嘲気味に笑うと、カインが真顔で、家康は天下を取ったぞと言い放つ。
乾いた笑い声は止んだ。
「ふん、つまりは家康のように耐え忍べということか。よしんば俺が家康だったとしても、内政自治権は手放すわけにはいかない。三河武士のように、今川家にすり潰されるようにこき使われるのは拙い」
「使者に何を見せるか、そしてそれを見た使者がどう思うかが鍵だね。癖の強い土地柄、つまり直接統治が難しいと感じさせることが出来たのなら、内政自治権は貰ったも同然だね」
そう言うトーヤの声色は若干ではあるが、明るさが含まれていた。
今のネヴィル王国は、ガドモア王国より独立して以来、軍事、内政共に完全に独自の体勢へと移行している。
例えば軍事に関してだが、その訓練方法においても、従来の訓練方法の他にも近代的な訓練方法を取り込んでおり、それらは短期間で効果を示し始めていた。
また内政に於いても、貴族以外を官吏として登用するなど、血統主義ではなく実力主義へと移行しつつあった。
これらを直接目で見て、肌で感じたノルトの使者は、あまりにも自国とかけ離れたこのネヴィル王国を、ノルト王国が直接統治するのは難しいのではないかと考えるのではないだろうか? いや、そう考えるように仕向けなくてはならないだろう。
「後は俺がどれだけ属国のままでも有用であると、ノルトの王にネヴィルを売り込むことが出来るかだな」
「それが一番難しいと思うんだけど…………いきなり頭を下げても舐められるだろうし…………」
「俺たちはロスキア商会を一代で築き上げた大商人、ロスコの孫だぜ? やってやれないことはないはずだ!」
三人は同時に頷いた。人生に、それもこのような乱世において、一瞬たりとも立ち止まることなど許されない。
「よし、カイン…………お前はエフトへと赴け。そして、ダムザ殿を説き伏せて、エフトも国を興すと共にノルトへの恭順を促せ。寧ろそうしなければ、エフトが危ない。俺たちはノルトの武力に一時的に屈することになるが、エフトと組んで、商いでノルトを手玉に取ってやる」
「わかった。おそらくエフトが国を名乗らないのも、境を直接ノルトと接しているがため、ノルトを刺激しないようにとの配慮によるものだろうしな」
そっちは任せろと、カインは胸を叩く。
「トーヤは、ノルトの使者の受け入れと持て成しの一切を頼む。ノルトの使者を驚かしてやれ。その為には多少の機密が漏れても構わない」
オーケー、色々と考えていることがある、とトーヤは微笑んだ。
「俺は将来、経済的にノルトを屈伏させることが出来るかどうかをロスコ爺ちゃんと探ってみる。それにしても…………建国より一年あまりで、他国に膝を折る事になろうとはなぁ…………情けない限りだ…………」
不意にアデルの目に涙が浮かぶ。
薄暗い部屋の中、それを直接見たわけではないが、カインとトーヤはそれを敏感に察し、二人は口々にアデルを慰める。
「そんなこと気にするなよ。一時的に膝を屈したとしても、越王勾践のように後で巻き返せばいいだけのことさ」
「そうそう。 それにもっと条件の悪い中から伸し上がった英雄は、それこそ星の数ほどいるんだしさ。アデルならきっと成し遂げるさ。僕が保証する!」
袖で涙を拭いながらアデルは一言、ありがとうと礼を述べた。
それ以上の言葉は口中で溶けてしまったかのように、口から発することが出来なかったのだ。
湿った場の空気を変えようとして、カインが新しい話題を振った。
「なぁアデル、宛がわれた嫁さんが築山殿みたいだったらどうする?」
築山殿とは、徳川家康の正室で、今川義元の姪である。家康との間に長男、信康を産むが、義元が討ち死にすると関係は冷え、後に信康を巻き込んでのお家騒動を起こすこととなる。
「俺もそれを危惧している。ノルトの力が強いので、発言力は大きいだろうしな…………」
「実家の力を笠に着てってやつだね。まぁ、何にしてもまだ俺たちはまだ成人もしてないし、取り敢えずは婚約という形で留めることで、少しは考える時間が稼げるでしょ」
トーヤの言葉に二人は頷く。
今、三兄弟は十一歳。半年もすれば十二になる。
この世界の成人は十五歳、婚約という形で留めれば、正式な婚姻まで約三年の時間を稼ぐことが出来るだろう。
その間に世情がどのように変わるかは、今のところ神のみぞ知るところである。
「あ、そうそう。色々あって言うの忘れてたけど、アレの栽培が軌道に乗りそうなんだ。いやー、色々試したんだけど上手く行かなくて、それでずっと前世の記憶の中から何かヒントは無いかって探ってたんだけど、ほら、問屋業を継いでいた時にさ、栽培キットブームがあって幾つか取り扱ったじゃない? その中にアレの栽培キットがあったのを思い出してさ、その説明書に簡単な栽培の歴史みたいなのが載っていて、それを参考にしたんだけど、これがどんぴしゃりでさ」
トーヤは味噌の開発が一段落した後、今度は厩舎の隅に溜まった馬糞に生えていたキノコを見て、そのキノコを食用として栽培する研究を、政務の合間に勤しんでいた。
最初の頃に有毒か無毒かを見極めるために、鶏などに餌に混ぜて与えて見たりして、安全を見極めている。
トーヤ曰く、馬糞に生えているキノコは、おそらくはマッシュルームであると。
見た感じは、茶色く薄汚れた感じで笠が開いており、生鮮食品売り場で見られるような、マッシュルームの形とはかけ離れていた。
が、元々売っているマッシュルームは、笠が開く前に収穫したものである。
収穫せずにそのまま放っておけば、普通のキノコと同じような形になるのだ。
「鶏糞でも試したんだ。これも今のところは上手くいっている。要するに土と糞と藁、そして少量の石膏…………これが肝だったんだ。ねぇ、予算を組んでもいいかな? これって商品になるでしょう?」
これを聞いてアデルとカインは、互いの顔を見合わせて大笑いをした。
そして二人は同時にこう思った。間違いなく三人の内で、どんなときでも自分のペースを崩さないトーヤが一番の大物だと。
皆さんはシミュレーションゲームはお好きですか?
私は大好きで、やり始めると時間が経つのを忘れるほど熱中してしまいます。




