シラス
翌日、一行は白壁山から少し離れた別の山へと登った。
またしても山の中腹あたりで留まり、そこで地面を掘り返して見て地質を調査する。
この山は白壁山と違い、地面は石灰岩が剥き出しというわけではないが、土を数十センチも掘れば下から石灰岩がゴロゴロと出て来た。
「ここも白壁山と同じく、石灰岩の塊みたいですね。サンプルとして大麦袋一袋分採取して、この山を降りましょう」
もうよいのかと祖父であるジェラルドが言うと、三兄弟は同じ仕草を同じタイミングでしながら、もうここには用はないと頷いた。
「あっちの奥にある、灰色の山の方が気になります。灰色というよりも、あっちも十分白いですけどね」
アデルが指差す山を見た猟師が、あの山は危ないと注意を喚起する。
「あの山は崩れやすくて危険なんですぜ。あの山もちろん、麓もここいらに比べると草木も少なくて、動物も少ないんでさぁ」
それを聞いた三兄弟は、断然興味が湧いてきた。
「では、麓まで取り敢えず行ってみましょう。何か発見があるかもしれませんし」
下山し、途中で一夜を過ごした後、例の山の麓へと向かった。
山の麓は、台地のように盛り上がっており、所々に水が流れたと思しきガリ浸食の跡が見受けられる。
「ああ、もうここでいいです。お爺様、馬止めてください!」
アデルの声を聞いたジェラルドは馬を止めた。後に続いている皆も、馬を止めて集まって来る。
三兄弟は馬から飛び降りると、地面を手で掘り始めた。
「おい、アデル! これ軽石だぞ!」
トーヤが手のひらに浅蜊ほどの大きさの軽石を、ポンポンと弾ませている。
「見ろよ、砂を光に当てるとガラス質がキラキラしてやがる。これは間違いなくシラスだ!」
「凄いぞ、大地の盛り上がり方から見て昔この辺りで火山が噴火して、火砕流でも起きたのかも知れない。なぁ、これはもしかしてもしかすると領内に革命を起こせるぞ!」
「やっぱり考える事は一緒だな!」
「当たり前だろ、俺たち兄弟なんだぜ! じゃあ、せーので言ってみるか!」
口には出さなかったが、前世の記憶を共有している仲でもある。
そして、三人は同時に息を吸い込んだ。
「「「ローマン・コンクリート!」」」
三人はコンマ秒のズレも無く同時に叫んだ。
そして笑顔で互いにハイタッチを交わし、燥いでいる。
「何じゃ、何じゃ、お前たち……一体どうしたというのじゃ? 儂らにもわかる様に説明せんか!」
燥ぐ三人の周りに馬を降りた大人たちが集まって来る。
「ほら、これを見てください! この脆くて軽い土は火山が噴火して降り積もった灰などです。そうだ、実験してみましょう。その方が早い!」
先日の山で取って来た石灰岩を大人たちに細かく砕いてもらう。それをスープを盛る用の深い皿に入れ、さらに地面から掘り出した土を入れ、そこに水を加えてかき回す。
「これで大丈夫なはず。一晩このまま放置しましょう。まだお昼過ぎですけど、このままここで野営の準備をしますか」
「これが一体どうなると言うんじゃ? もったいぶらずに教えい」
祖父のジェラルド以下、大人たちがヤキモキとする中三人は、明日になればわかりますと笑って取り合わない。
「これは凄いですよ。この実験が成功すれば、領内は一気に発展すること間違いなしです」
「なんだ? 白壁山の石と同じくここの土も肥料になるのか?」
叔父のギルバートが地面の土を手に取り、それをいじりながら聞く。
「いえ、肥料にはあまり適さないかと……まぁ使うこともあるみたいですが……明日になれば嫌でもわかることです。楽しみだなぁ、早く明日にならないかなぁ」
三兄弟の燥ぎようは尋常では無い。その様子を見て、これはひょっとするとひょっとするのかも知れないと、大人たちの胸の内にも、だんだんと期待感が高まっていく。
結局、一行はそのままここで夜を明かすことにした。
満天の星が瞬く夜空の下、昨日と同じように地面に敷いた毛布の上で三人は横になる。
だが、極度の興奮により身体は疲れ果てているのにもかかわらず、目を瞑っても眠ることが出来ない。
「なぁ、上手く行くと思うか?」
カインの声には少しだけ、不安のようなものが含まれている。
「わからない。けどさっき見たところだと、固まってはいた」
そのカインの不安は、隣にいるアデルにもすぐに伝染した。
「ダメで元々、そう考えるしかないよ。けど、もし成功したらこれは凄いことになるぞ。数百年、数千年も強度を保つことが出来るローマン・コンクリートの再現が出来るなんて、夢みたいだよ」
興奮気味なトーヤの声に、アデルとカインの不安は吹き飛ばされた。
結局、三人は深夜になるまで眠りにつくことが出来ず、翌朝大人たちの驚く声によって起こされることになる。
「何だこれは! 固まっておるぞ!」
「おお、硬いな……こいつは驚きだ、砂が石に化けやがったぜ!」
自分にもにも触らしてくれと、従士のダグラスや猟師たちがねだる。
ギルバートがダグラスにコンクリートの塊を渡してやる。
すぐに、おお……硬い、硬いとダグラスや猟師たちからも驚きの声が上がった。
「おはようございます、お爺様。あの分だと、どうやら上手く行ったみたいですね」
ふぁあと三人は眠気まなこを擦りながら大きな欠伸をする。
「土が水を掛けて一晩放置しただけで硬くなりおったぞ! じゃが、あれを一体何に使う?」
「建材ですよ。木の代わりに、このコンクリートで家を作るんですよ」
ジェラルドの問いにアデルは欠伸を噛み殺しながら答える。
「あれは、お皿を使ったからお皿の形に固まったでしょ? 器の形を変えれば、形は自由自在に出来ます。一度型枠を作ってしまえば、後はあのコンクリートを流し込むだけ。それで柱や屋根が簡単に作れるはずです。厚みを持たせれば、強度もあることですし建材としては優秀ですよ」
これで家を作るのかと、固まったコンクリートの塊を皆が見つめる。
「ふ~む……面白い案じゃが、幾つか問題があろう。一つは木の需要が減り、領内の樵たちが職を失うのではないか? それに、あの石とこの土を採掘し運搬するのをどうするか? あの石を細かく砕くのも相当な手間じゃぞ」
ああ、それならとカインが、アデルと同じように欠伸を噛み殺しながら答える。
「コンクリートじゃ家具は作れないですし、それに型枠は結局木で作りますから、樵たちの全員が職を失うことはありませんよ。それにあぶれた樵たちは、職を変えてコンクリート職人になればいいわけですし……」
「それと、採掘と運搬ですがこれは人の数を増やして対応するしかありませんね」
カインの言葉を継いだトーヤも、実に眠そうである。
だが大人たちは、やれやれわかっておらんと言った表情を浮かべていた。
人を採掘と運搬に回したくても、その人がいないのである。
小さな領地、そこを耕作して生きるので今はいっぱいいっぱいである。
大人数の人を雇う蓄えは、はっきり言って無い。
「ああ、人ですか? それなら奴隷を買うか雇えばよろしいのでは?」
「アデルよ、我が家にそのような余裕は無いのだ……」
「ああ、お金ですか? なら心配ありませんよ。宝石が出ますし、それを売って人を買うなり雇うなりすればいいんですから」
は? と大人たちは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする。
「石灰岩を掘っていれば、そのうちアンモライトやトパーズが出てきますって……そうだ! 化石も砂や布で磨けばインテリアとして売りものになるかも知れません」
「あ、ああああの山から、ほ、ほほほほ宝石が出るというのは真か!」
ジェラルドはアデルの両肩を掴んで力いっぱい揺さぶった。
アデルはその力に抗うことが出来ずに、ガクンガクンと首を揺らしている。
「お爺様、落ち着いて下さい! アデルが死んでしまいます!」
カインの声でジェラルドが我に返ったが、時すでに遅し……アデルは白目を剥いて気を失っていたのであった。
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