偽りの覚悟
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「ですから、返礼の使者は私が行くと言っているのです」
そう言って胸を張るアデル。だが、大人たちは当然ながら、そのようなことは認められぬと激しく頭を振る。
「馬鹿な! 国主自ら赴くとは、むざむざ殺されに行くようなものではないか!」
アデル自らノルトへと赴き、ノルトの王と会うと言う。
大人たちが騒然とする中、カインとトーヤは沈黙を保っていた。
すでに寝る前にベッドの上で毎夜行われる、この国の最重要会議でこのことは決定している。
が、この二人も危険を伴うこの案に心から賛成しているはずもなく、その表情は中々に渋い。
「殺される可能性は、無くはありませんが、限りなく低いと思われます」
「ですが、そうだったとしても、人質として囚われてしまう可能性は高いかと思われます。ここはやはり、しかるべき者を派遣致すのがよろしいかと存じ上げます」
尚書令のスイルがそう発言し、それに続く形で外務大臣たるトラヴィスが、自分がその任に当たると名乗り出るが、アデルは自分が赴くべきであるとその提案を拒否した。
「もし自分が人質に取られたとしても、何も問題はないでしょう? そうなった場合には、カインが跡を継げばいいだけのこと。それにこちらが三つ子であると知っているならば、自分を人質に取っても大して意味が無いと考えるかも知れない」
「じゃが、お前の命を盾に降伏を迫って来るとしたら何とする」
ジェラルドの問いに、それはあるかも知れないがと前置きしつつ、アデルは語った。
「そうなった場合には、速やかに自分を廃してカインが即位しつつ、北側の山道を塞げば当座は凌げます。北と東の両方の道を閉ざしたとしても、上手くやれば、二十年くらいは独立を保てるかもしれませんね。まぁ、ノルトはウチを攻める気ないでしょう。いや、攻める余裕が全く無いと言うべきかもしれません」
「なぜそう思う? 預かり物とやらを持ってくるノルトの使者の目的は、偵察と威圧だと思うが…………その結果如何にしては侵攻もありえるだろう?」
ギルバートの予想通り、今回派遣されてくる使者の目的は、偵察と威圧なのは間違いないだろう。
だがアデルは、今の時期の侵攻だけはあり得ないと考えていた。
その理由はこうである。
「今のノルトには兵糧が足りないのですよ。近年不作が続き、その上どこもかしこも戦争で、食料の値は上がり続けている状態。そのため兵糧の備蓄など殆ど無いんでしょうね。だからこそ真正面から向き合っての長陣を嫌い、ガドモアから攻め取った土地をあっさりと放棄し、焦土作戦を実行した上での奇襲による一撃で戦を終わらせたのではないかと。それに商人たちの話では、今イースタルが勢いづいてガドモアを攻め立てているとか。これにノルトが今までのように便乗しないのも、兵糧不足というのであれば納得のいく話です」
エフト族が山枯れにより食料不足に陥った時に、最初はノルトに食料の買い付けに行ったが、門前払いされ追い返されたという。
もうこの頃からノルトでも、不作による食料不足に陥っていたと見るべきだろう。
「だからといっても、我が国とノルトでは、ガドモア程ではないが国力が違う。国力差にものを言わせ、短期決戦で一気に制圧してくる可能性も考えられなくはないか?」
「その可能性は極めて低いと思われます。何故なら、ノルトの軍はこのネヴィルに攻め入るには、エフトの地を通らねばなりません。彼らが、他国の軍を自領に引き入れる愚を犯すとは思えませんし、それにネヴィルを討って返す刀でエフトを攻められては目も当てられませんし、その程度のことはエフトも警戒しているでしょう。それに我々に万が一にも粘られてしまったことを考えた場合、迂闊には攻められないでしょう」
大人たちはアデルのもっともらしい話を聞いて、渋面を浮かべて唸った。
「じゃが、何もお前が行く必要は無かろう。ここは外務大臣であるトラヴィスに任せるのが筋でもあろう」
「それでは駄目なんですよお爺様…………先程の話にもありましたが、我々には国力が無きに等しいのです。ですから、寄り道や立ち止まるなど以ての外で、常に走り続け、かつその時その時の最高の切り札を、切り続けていくしかないのですよ。そして、今切れる最高の切り札…………それが自分なのです。ノルトの王と直接会って利を説き、対等かそれに近い形で手を結ばねば、この国に未来はありません」
「しかもそれが成功して、ようやくスタートラインに立つことが出来る…………」
「最早一瞬の迷いも躊躇も許されない。白刃の上を裸足で駆け続けるしか、我々の生きる道は無い…………俺たち二人はアデルに全てを賭けた…………」
今まで黙っていたカインとトーヤが、アデルの肩に手を添え、後押しをする。
この三人の少年が見せる鬼気迫る覚悟に、大の大人たちが一瞬だが怯みを見せた。
「…………それ程までの御覚悟を…………ですが、この同盟の真の目的は一体何なのです? それほどまでの覚悟と犠牲を強いてまで必要なのでしょうか?」
アデルは東と北の道を封鎖すれば、しばらくは持ち堪える事が出来ると言った。
それで当面は満足するべきではないだろうか?
守りつつも世の移り変わりを見定めていけばよいのではないか?
「トラヴィス先生、我が国の地形は守り易し、攻め難し…………防衛は容易ですが、こちらから侵攻するとなるとこれまた厳しい土地柄です。というか、ほぼこちら側から侵攻するのは不可能に近い。先の戦でこちらがやったように、敵も崖道を封鎖するだけで動きを封じられてしまいます。ではどうすればいいのか? 道が無いなら、道を借りればいいのですよ。つまりノルトに道を借りて、北より攻めればいいのです。そのための同盟。無論、タダでは貸してくれないでしょうがね」
圧倒的な国力差を自覚しながら、まだガドモア王国に喧嘩を売ろうというのだから驚きである。
それも単独で無理なら、他国を巻き込むまでである。
三兄弟にとってガドモア王国は、父であるダレンを無為に死なせた、許すことの出来ない敵であった。
なのでどんな手を使ってでも、滅ぼしてやりたいという思いが強い。
「まぁ、いずれにせよ、アデルが行けば殺されたり、人質に取られたりしなくても、確実に首輪か重石が付けられるだろうな」
カインの言葉にアデルは、とうに覚悟していると落ち着いた表情で頷いた。
アデルも元は貴族の子、今となっては王である。自由恋愛による結婚など、とうの昔に諦めている。
「それは覚悟の上だ。それに、新興とはいえ仮にも王を名乗っている以上、まさかそこいらの村娘を宛がって来ることはあるまい。主流とはいえなくとも傍流の王族あたりを見繕って宛がって来るのではないかな? そうなるとその血も、もしかしたら利用出来るかも知れない」
「でもさ、でもさ、その宛がわれた花嫁が、えらいブスだったらどうするの? いや容姿だけでなく性格に難ありだったりした場合は?」
この何気ないトーヤのからかい半分の言葉に、今まで落ち着き払っていたアデルが、急に顔を青ざめさせて取り乱した。
「…………チェ、チェンジで…………」
「出来るか馬鹿! デリバリーヘルスじゃないんだぞ!」
「じゃあ、クーリングオフで!」
「そんな制度、この世界には無いよ。自分で言っといてなんだけど、アデル…………ご愁傷さま…………でも、孔明の嫁みたいなのならいいんじゃないかな?」
三国志の蜀の軍師で有名な諸葛亮の嫁は、容貌は冴えなかったが、賢く、その知恵を以って夫を支えたという。
「王族だぞ? 確かにトーヤの言う通り、たとえ容姿が優れなくても、取り得があったり、性格が良ければそりゃ大歓迎さ。でも、もう一度言うが、王族だぞ? プライドが山のように高いに決まってるじゃないか。ところ曰く性格ブスってやつさ」
そんな三兄弟のじゃれ合いに終止符を打ったのは、尚書令のスイルであった。
スイルは高名な占星術師であるセオドーラに仕えている時に、多少はノルトの若き英雄王の話を聞き及んでいた。
「ノルトの王は病弱ではありますが、端正な顔立ちをしていると聞いたことがあります。同じ血が流れているのであれば、ご容姿の方も期待しても良いかと」
これを聞いて青ざめていたアデルの顔に血色が戻る。
それに対してカインとトーヤは、笑いながら小さく舌打ちして見せた。
「でもまぁ、ブスよりかは、性格が悪くても美人のがいいのは間違いない。アデルとの間の子がもし女の子で、母親譲りの美しい容姿であれば、大いに政治的な利用価値が生まれる。それに一国の国主であるアデルに対して、醜女を宛がってくるということは、こちらを完全に舐め腐っているということだしな」
この世界でも女性の権利や立場は、どの国であってもおしなべて低い。場合によっては完全に物扱いである。
そんな中で女性が、世の中に浮き上がる最大の武器は容姿であり、世の女性たちは盛んに美を競っていた。
「考えてみれば王様なんて大抵の場合、美女を選びたい放題なんだから、ブスは生まれにくいよね。いずれにせよ、どんな女性を宛がってくるかによって、ノルトの考えがわかるね」
深刻な内容から一転、くだけきった空気の中、大人たちは渋々ながらもアデルのノルト行きを認めた。
その晩、ジェラルドは書斎で、ギルバートは自分の治める村にある館で、ロスコとトラヴィスとスイルは、それぞれ都庁に与えられた一室で、トーヤの放った白刃の上を裸足で駆け続けるという言葉を噛みしめていた。そして大人たちは悟った。
今の自分たちには、三兄弟のような我武者羅な、荒々しくも若々しい、ただひたすらに前に進まんとする覚悟が足りなかったのだと。
たった二度の勝利に浮かれ、いつの間にか心も頭も守勢にまわってしまっていたことを恥じた。
ネヴィル王国は出来たばかりの新興国家である。この勢いが失われない内に、どこまで走り続けられるかが、今後の課題となるであろうことを再確認したのだった。
ゴールデンウイークの連休で、修正等を行おうと考えております。
タイトルちょっと修正




