先手を打たれる
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ようやく胃潰瘍も良くなり、口の中に出来た口内炎と、口の端が切れる口角炎が治りました。
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ガドモア王国との二度目の戦いは終わり、穏やかな日常が戻りつつあったが、完全に前の通りにとはいかなかった。
少ないとはいえ戦死者もおり、彼らの霊とその家族たちを慰めるために、山海関の前の広場の片隅に、慰霊碑を建てた。そして、厳粛たる雰囲気の中、慰霊祭は執り行われた。
「国を守るために散っていった戦士たちの魂に、永久の安らぎを。彼らの命を懸けた働きは、我らの記憶と心に深く刻まれるであろう」
慰霊碑の脇には、ナラの木の苗が植えられた。
この地方に御神木の概念は無い。このナラの木の苗を植える時に三兄弟はこういったと言う。
この木はやがて大木となり、どんなに離れた場所で命を落としたとしても、この慰霊碑と木を目印として戦士たちの霊が帰って来るだろうと。
これより後、ナラの木はネヴィル王国を代表する樹木となっていった。
慰霊祭を終えたのと同時に、今度はエフト族から戦勝祝いの使者がやって来た。
第二次ネヴィル王国防衛戦の最中もエフト族との交易は普段通り続いており、やって来たエフト族の商人たちは、戦時中であるにもかかわらず、全くそれを感じさせない、普段通りのネヴィル王国の在り様に驚いていたらしい。
何はともあれ、大国であるガドモア王国に二度も勝つとは、それも僅かな被害で勝ったとは目出度いとして、族長であるダムザから祝いの品が送られて来た。
そこまではよい。だがエフト族の使者はそれだけではなく、ノルト王国の使者がネヴィル王国の国王であるアデルに目通りを願っていることを告げたのだ。
これを聞いた時に、三兄弟は腹の内で何度も舌打ちをした。
そして、ノルトの王が噂通りの智謀の持ち主であることを再確認するとともに、その手の早さを見誤っていた自分たちの愚かさを悔いた。
その話を聞いた晩、いつものように三兄弟はベッドの上に転がりながら話し合う。
「やられた…………まさか先手を打たれるとはな…………」
そう呟きながらアデルは心底悔しそうに、己が手のひらに拳を叩きつけた。
「エフト族の話では、何でもノルトの使者は、俺たちに預かりものを返すと言ったらしいが…………」
「預かりもの? ま、まさか、まさかとは思うが、もしかして、もしかして、父上では? 父上は実際には死んでなく、生きていてノルトの虜囚となっているんじゃないか?」
これは予測でも何でもなく、ただの三兄弟の素直な願望であった。
一瞬だけだが、三兄弟の顔に喜色が浮かぶ。だが、直ぐに凍てつく吹雪に晒されたかのように、その熱は冷めた。
「…………ありえない、な…………」
肺の奥底から声を絞り出すようにしてやっと、アデルはその考えを否定することができた。
「父上は死んだ。それは事実だ。現に、その死に様はノルトだけではなく、ガドモアにまで広く伝わっている」
カインもまた、首を振って父の生存を否定した。
「ごめん…………俺が変な事を言ったから…………」
そう言って項垂れるトーヤの肩に、アデルとカインの手が乗せられた。
「気にするな。俺たちもそう思わなかったわけではない。だが、もう俺たちは事を起こし、国を建ててしまった。もう、僅かな甘えは許されない。常に厳しい現実と向き合って行かねばならない。だが、俺たち三人が力を合わせれば、大抵の事はどうにかなるさ」
「そうそう。一人だったら挫けていたかもしれないが、俺たち三人ならば、どんな困難でも覆せるさ」
二人の兄に励まされたトーヤは、俯いていた顔を上げて素直に頷いた。
「敵の…………いや、まだ敵になるかどうかは不明だが、まずはノルトの使者の目的を考えよう」
議長役は、長兄であり国王であるアデルが務める。
「そんなのは決まっている! 偵察に間違いない」
カインの言葉に、アデルとトーヤも頷く。
「けど、それだけじゃないと思う。預かりものというのが、どうも引っかかるんだ。だってさ、普通の進物ならばわざわざそんな言い方はしないだろうしね」
「…………何か特別な物…………俺たちが喜ぶもの…………歓心を得るためか?」
「う~ん、恩や貸しを得るためのもの…………そうだったとして、ノルトに何のメリットがある?」
「そうだなぁ…………取り入って、友好的に振る舞い、乗っ取る…………農作物の生産拠点としてはこの地は最適だ。少ない兵で守れるうえ、エフト、ノルトが凶作に見舞われても、この地だけは無事だった」
「大方そんなところだろうな。にしてもだ、先手を打たれたのは痛いな…………」
いっそのこと使者と会うのやめるかとカインは言うが、それは出来ないと、アデルは暗い部屋の中で首を振った。
「戦勝祝いという名目の使者だ。親交があるにせよ無いにせよ、追い返したら狭量と笑われてしまうし、こちらから使者を出した時に、門前払いされてしまうだろう」
「エフトの仲介とはいえ、ノルトと友好を結ぶのは、ネヴィル王国としては願ってもないところだが、その後だな問題は…………」
「うん、俺たちは誰がどう見ても小国だし、乗っ取る乗っ取らないにかかわらず、ノルトは必ず組み敷こうとしてくるだろう」
「そうさせないために、どうするかが問題だな…………」
「エフトもネヴィルの将兵が少数なれど強兵であることは、父上の奮戦と二度のガドモアに対する勝利で知っているはずだ。容易く組み敷ける相手ではないことを、その使者にも見せつけてやらねばならないだろう」
「具体的には?」
「そうだなぁ…………その使者に軍事演習や軍事パレードを見せるとか? 陳腐な手だけど」
「そうだな、古来より使い古された手だが、それなりに効果があるだろう。けど、それだけじゃ普通すぎる」
三人はベッドの上に座って腕組をし、うんうんと唸りながら考えを巡らせる。
「そうだ! 軍事の面だけでなく、文化の面でも優れたところを見せるのはどうだ?」
ナイス、アイデアだろと、カインはパチンと指を鳴らした。
「面白いアイデアだが、使者の度肝を抜くほどの優れた文化って何だ?」
これに対してアデルは首を傾げる。
そして三兄弟の中でもとりわけ慎重なトーヤが、そのアイデアに対する危惧を述べた。
「何を見せるかという問題もあるが、あまり優れたものを見せてしまうと、それを手に入れようとして野心を焚きつける結果となるかもしれないな」
「あー、駄目かぁ~いいアイデアだと思ったんだがなぁ~」
そう言ってカインはベッドの上に大の字になって寝転がった。
「いや見方を変えた面白いアイデアだと思うよ。そうだなぁ、ノルトの使者がそれを見て度肝を抜かれ、尚且つそれをノルトが手に入れようと侵略の魔の手を伸ばしても、手に入れられないようなものがあれば…………」
三人は口を噤み、ベッドに大の字になって寝ころびながら、思考に集中する。
そのまま、十分、二十分と静かな時が流れた。
そして、そろそろ室内に沈黙が訪れてから、三十分が経過しようとしたその時、
「「「あるじゃないか!」」」
三人は同時に勢いよく跳ね起きた。
「学校だよ学校! この世界では教育は貴族だけのもの。それはノルトも変わらないはず。だが、このネヴィル王国では、王侯貴族はおろか、平民、そして奴隷にまで教育を施している。これは、相手から見れば異常だろうな。それに真似したくても、出来ないはずだ」
「軍事面でも、俺たちが前世の記憶から引っ張り出した、科学的なトレーニング方法なども理解の範疇を超えるだろう」
「国営の養鶏による国民への卵の配給。良質なたんぱく質を摂らせるために始めたことだが、これも考えてみればこの世界じゃ、本当におかしなことだよね。どの国の、どの領主だってこんなことはやってないだろうし、その真の目的もわからないだろうし」
にしし、と三人は暗闇の中で人の悪そうな笑みを浮かべた。
人が、理解出来ないものを見た時に抱く感情は二つである。
一つは興味、好奇心。いま一つは恐怖である。
立て続けに己の理解の範疇を超えるものを見せられたとしたら、おそらくは恐怖するだろうと思われる。
「先手を打たれはしたが、そのお返しにノルトの使者と王に、恐怖と混乱をプレゼントしてやろうぜ!」
「こんな奇妙な国に侵略するのは、危険かもしれないと思わせないとね」
「よし、ノルトの使者と会う。預かりものというのも気になる事だしな。方針は定まった事だし、後は明日考えよう。あんまり遅くまで起きていると、母上が心配するから…………」
果たして三人の考えは上手く行くだろうか?
だがいずれにしても、ノルトとの接触は避けては通れない道である。
三人揃えば文殊の知恵というが、果たして英邁として知られるノルトの王に通じるのだろうか?
三人は不安と底知れぬ恐怖を抱きながら、眠りについたのであった。




