二度目の勝利
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戦いが始まってから、既に二月が経過しているが、ガドモア王国軍は未だ崖道の突破ならず、戦いは狭い崖道の中ほどで膠着状態となっている。
それも膠着状態と言えるかどうかも怪しい。攻めれば、ガドモア王国軍は必ず破れ、追い返されているからだ。
槍のリーチ差が地味に効いており、これに対抗するためにガドモア王国軍も急遽、戦場拵えで槍の長さを伸ばしたが、精強なネヴィル王国兵のようには扱えず、これまた連戦連敗を重ね続けている。
ダルザーラは、この想定外の結果に焦りに焦っていた。
焦燥感に心をかき乱され、その采配も精彩を欠いており、単純な力押しを繰り返すばかりである。
このままでは、前回このネヴィル領を攻めたカーマルンと同じく、無能の烙印を押されてしまう。
それどころか、なまじ兵力が多い分、人々はダルザーラをカーマルン以下であると嘲笑するだろう。
尊厳伯という渾名を付けられるほどのプライドの高さを持つダルザーラには、それは耐え難い苦痛であるに違いない。
「ええい、ここの他に道は無いのか?」
周囲の者たちに聞いても、首を傾げるか、知らないという返事が返ってくるのみであった。
「ならば、山歩きに慣れた者たちを集めて、周辺に迂回路が無いか探させよ!」
ダルザーラの命令により、急遽掻き集められた探索隊は二十名あまり。
それを十名ずつの二部隊に分け、迂回路の探索に当たらせた。
これをもしアデルが見ていたのならば、遅すぎると文句を言ったに違いない。
事実、ネヴィル王国側は、初戦でガドモア王国軍を追い返した後、直ちに山岳猟兵たちを動員して、山中を警戒させていた。
探索隊は一月後に戻って来たが、数名の滑落による死者を出しただけで、迂回路らしき道を見つけることは出来なかった。
早春より始まったこの戦いは、すでに初夏を迎えていた。
この三ヵ月、ガドモア王国軍は攻めては追い返されを繰り返すばかりであり、その度に少数ながらも死傷者を出し続けた結果、兵の士気は萎えに萎えていた。
だが、士気の維持に苦慮していたのは、ガドモア王国軍だけではなかった。
ネヴィル王国軍もまた、いつ終わるのかもわからぬ長い戦と、あまりにも不甲斐ない敵を前にして、士気に翳りを見せ始めていた。
これを肌で感じ取った三兄弟は、王であるアデル自ら前線付近まで赴き、将兵らに檄を飛ばしたり、猛訓練をすることで、士気の回復を図っていた。
さらに、大将軍である叔父のギルバートの案で、夜襲が提案され、傷だらけのザウエルこと勇将ザウエル・クリーブナー指揮の元、夜襲部隊が編成され夜襲が行われた。
これまで守りにのみ徹しているネヴィル王国側が、まさか攻めて来るとは思ってなかったガドモア王国軍は、この夜襲を受けて少なからぬ死傷者を出し、これにより兵の士気はどん底にまで落ち込んでいた。
既に戦いが始まってから三ヵ月あまり。兵たちに里心がつきはじめてもおかしくはない。
「このままでは…………」
ダルザーラは焦燥感のあまり睡眠障害を患い、頬はこけ、目は窪み、両目の下にどす黒いクマを作っていた。
既に兵の脱走未遂事件が起き始めている。士気の完全なる崩壊は最早、間近である。
それに、西候からは何をグズグズしているのか、直ちに任を果たせとの督促の手紙が、連日のように送られてくる。
西候としても、まさか一万の兵を送ったのにもかかわらず、たかが元、一男爵家ごときを討伐するのに、ここまで時間が掛かるとは思っていなかった。
一万の兵、既に度重なる敗北により、その数は九千あまりにまで減少していたが、それでもまだ九千の兵を擁している。
この九千の兵を維持するための兵糧も、馬鹿にはできない。日に日に支給される食事の質と量が悪化しており、兵たちは不満を抱いている。
「侯爵閣下はわかっておらぬのだ…………いくら兵力に勝ろうとも、この狭き道では意味が無い。征す方法があるとすれば、それは昼夜絶え間なく攻め続け、物心両面を削り続けるしかないが、それは不可能だ。夜にあの狭き道を行くのは、慣れていない者にとっては自殺行為に等しい。敵は明かりも用いず夜襲を仕掛けて来るほどにまで慣れているとすれば、勝敗はやる前から知れているというもの。ましてや、負け続け士気衰えし今となっては、兵たちではな…………」
ブツブツと呟きながら、狭い天幕の中をウロウロと歩き回るダルザーラを見た将たちもまた、逆立ちしようが何をしようが、この戦いに勝利は無いことを知り、意気消沈せざるを得なかった。
ーーー
西候もまた焦っていた。
自ら反乱の鎮圧を申し出たにもかかわらず、未だ制圧の報告は無く、このままでは王に申し訳が立たない。
「ええい、何をグズグズしておるのか! ダルザーラめ、偉そうにふんぞり返るばかりでまるで使い物にならぬ奴よ!」
そんな配下の不甲斐なさに憤懣やるかたない侯爵の元に、王からの使いがやって来た。
使者の来訪を受けた侯爵は、顔色を青ざめさせながら恐る恐る使者に会った。
「申し訳ございませぬ。未だ反乱の鎮圧には至っておらず…………というより準備に手間取っておりまして…………今しばらくのお時間を頂きたく…………」
王の使いは尊大な態度で、その件はどうでもよいと言い放った。
「それどころではないのだ。東に住む蛮族どもが度々、我が国の東の境を犯しているのは閣下も御存じかと思われますが、先日その東の蛮族どもが、大軍を率いて来寇しましてな。すでに東侯が迎撃に向かっておりますが、陛下は東侯のみでは厳しかろうと、南北西の三侯爵方に、東候に援軍を送るようにとの御命令に御座います」
これはある意味では救われたのだろうか? 心中で首を傾げざるを得ない西候ではあった。
王命であれば、畏まり受けるしかない。それにこれは、泥沼に嵌ってしまった反乱鎮圧軍を引き上げる契機となるだろう。
「畏まりました。陛下の御意に沿うよう、当家は全力を尽くす次第であります。まことに残念ではありますが、一度反乱の鎮圧は後回しとし、直ちに部隊を編成し、東へと将兵を送ります」
「うむ、それでよい。陛下も閣下の厚き忠誠に、きっとご満足なされるだろう」
使者が帰ると、侯爵は急ぎダルザーラに撤退するようにと早馬を送った。
撤退命令を受けたダルザーラは、崖道の入口に二千の抑えを残し、失意の内に撤退した。
西候に復命すれば、その場で罵倒されるのは火を見るよりも明らかである。
ダルザーラは撤退後、西候に復命せずに領地へと戻り、戻ったその日の内に毒を仰いで自害した。
それを聞いた西候は周囲の者たちに悲しんでいる素振りを見せたが、腹の内ではダルザーラの出した損害の多さと、帰還した兵たちの士気の低さに憤慨していた。
帰還した兵たちをそのまま東へと送る予定が、変更を余儀なくされ、急遽兵を募らねばならなかった。
こうして、ネヴィル王国とガドモア王国との戦いは終わった。
ネヴィル王国史には、第二次ネヴィル王国防衛戦はネヴィル王国側の完勝であると記されている。
戦後三兄弟は直ぐに、今回の戦いの研究を行い議論を交わした。
その結果、ガドモア王国が撤退した理由を士気の低下や兵糧切れによるものと結論付けたが、実際には撤退の決定打となったのが、イースタルによるガドモア王国への侵攻だとは、流石に思いもよらないことであった。
この事実を三兄弟が知るのは、実に一年以上も先のことである。
「どうにか勝ったな…………」
山海関の登楼の中の一室。そこには、城を持たぬネヴィル王国の中でも唯一玉座がある。
玉座といっても、他の国々のようなしっかりとしたものではない。
見た目は精々、少し質の良い椅子といったところである。
この椅子は、かつて三兄弟が買い求めた奴隷たちの中で成人し、木工職人となった者から献上されたものである。
アデルは王となって以来、この献上された椅子を玉座として用い続けている。
その玉座の前に椅子を持って来て座ったカインとトーヤは、人払いをし、三人のみでの会議を行う。
「この長い戦いで、こちらの死傷者数は三十人に届かず。対するガドモアは最低でも五百以上の死傷者が出ていると思われる。戦勝祝いが終わったら、此度の戦いで散った者たちのための慰霊碑を建てよう」
カインの言にアデルは頷いた。
「完勝だよ。王国内は戦争中であっても普段とさほど変わらず。経済活動等にも然したる支障なし。将兵以外は、すぐにでも動かすことが出来るよ」
戦の間、後方にて政務を取り仕切っていたトーヤが差し出す報告書に、目を通しすアデルとカイン。
「一度目の勝利はまぐれかもしれない。だが、二度立て続けに勝利すれば、それは紛れも無く実力によるものと誰もが思うだろう」
「ここからが勝負どころだぞ。何としてでもネヴィル、エフト、そしてノルトの西部三国同盟を結び、ガドモア王国へ対抗していかねばならない」
「ネヴィル単独じゃ、どう足掻いた所でガドモアには勝てっこない。今は負けなくとも、その内科学が発展し、火薬や航空兵器などが開発されたら、終わりだもんね」
話数も百話を超え、ポイントも一万を超えることができたのも、皆様のご声援のおかげであります。
これから物語は大きく動き出しますので、どうかお楽しみに!




