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来りて取れ

感想、評価、ブックマークありがとうございます!

まだまだ完治には至っておりませんが、大分楽になりました。


 それは春の暖気と共にやって来た。

 反逆者たるネヴィル家を誅すため、ダルザーラ伯爵率いる反乱鎮圧軍一万は、崖道のガドモア王国出口に本陣を敷いた。

 ダルザーラは戦の経験は豊富ではあるが、その用兵ぶりは常識の範疇を越える事はなく、それでいて形式を重んじる男であった。

 今回も先ずは降伏の使者を遣わすことにし、早速二名の騎士がネヴィル王国へと続く崖道へと足を踏み入れた。

 二名の騎士は、崖道の中途で警戒に当たっていたネヴィル兵と出くわす。

 騎士達はダルザーラ伯の配下であり、降伏を勧める使者である事を告げた。


「直ちに武器を捨て、降伏するべきだ。さすれば、命の保証を約束しよう」


 これに対し、兵の間を割って前に進み出て来たのは、ネヴィル王国大将軍の地位にある二十八歳のギルバートであった。

 ギルバートは、前もってアデルに言われていた通りの返答を口にした。

 それはただ一言、来りて取れ、であった。

 これはかの有名なテルモピュライの戦いで、ペルシアのクセルクセスが、スパルタ軍に降伏を呼びかけた際のレオニダスの返答である。

 これを聞いた騎士達は、顔を憤怒に染めて激怒した。

 たかが辺境の小家が調子に乗りおって、後悔させてやろう、と捨て台詞を吐き捨てながら、ダルザーラの元へと戻って行った。

 騎士達からネヴィル家の返答を聞いたダルザーラもまた、たかが一度のまぐれ勝ちに浮かれおってからに、と怒りを露わにし、直ちに進軍を開始せよと命じた。

 崖道は狭く、馬車が一台通れるだけの広さはあるが、武器を振り回すことを考えれば、完全武装の兵が二名並べば、それだけで一杯いっぱいであった。

 二列縦隊で進むガドモア王国軍の行列は、遠くから見れば、長く線を引く蟻の行列に見えなくもない。

 敵の進軍開始を察知したギルバートは、直ちに山海関へと戻り、バルタレス率いる特殊部隊を崖道へと送り込んだ。

 バルタレス率いる特殊部隊は、この日のためにあつらえた特殊兵器を担ぎ、敵先頭と接触するまで崖道を進んだ。

 

「敵の先頭が見えたぞ! 戦闘準備! 訓練通りにやれ、掛け声は、えい、とうとう、だぞ!」


「おう! それ、えい、とうとう! えい、とうとう!」


 えい、とうとうの掛け声は、甲州流である。

 五十名の特殊部隊は、肩に担ぎあげていた特殊兵器…………兵器とはいっても、ただ単に縦にした鉄板に持ち手を付けただけの物で、いうなれば、金属製の馬鹿でかいところてんの天突き棒といったところである。

 それを下し、それぞれ革紐が巻かれた持ち手を握り締めると、掛け声と共にゆっくりと前進を始めた。

 ご丁寧にも、鉄板には前が見えるように小さなのぞき窓が拵えてあり、前を見る事が出き、崖道を踏み外す恐れは無い。

 これを見たガドモア王国軍は困惑した。掛け声と共に、鉄の壁が自分たちの方へと徐々に迫って来るのである。

 

「ええい、単なる虚仮脅しよ! 槍を突き込め!」


 指揮官の号令と共に、最前線の兵が槍で鉄板を突くが、当然の如くそのような攻撃で貫けるほど、鉄板は薄くは無く、甲高い金属音を奏で弾かれた槍先が、虚しく春の日差しを反射させるのみであった。

 迫りくる鉄板は、不気味な掛け声と共に淀みなく間合いを詰め、ガドモア兵をぐいぐいと押した。

 慌ててガドモア兵たちも押し返そうとするが、もう遅い。

 体勢を崩したまま押しに押されていくガドモア兵は、あっという間に後から後から進み来る味方の兵と鉄板との間に挟まれ、崖下へと押し出されていく。

 長く尾を引く絶叫と断末魔。それらを聞き、また崖下への滑落を見た兵たちは、たちまちの内にパニック状態へと陥った。

 我先にと、迫りくる鉄板から逃れようとする先頭部隊と、何が起こっているのかわからず、ただ命令通りに前へと進む後続部隊。

 数十名にも及ぶ滑落者の絶叫により、ようやく後続部隊も何が起きているのかを知る。

 

「下がれ! 下がれ! 下がって体勢を立て直せ!」


「後退せよ! 後退!」


 指揮官の命令虚しく、後続部隊のさらに後方より続々と、ガドモア兵たちが本陣が発した命令通り、前進してくるではないか。

 最後尾、本陣にまでこの混乱が伝わり、全軍後退の命令が下されるまでの間、ガドモア兵たちは訳も分からぬままに、鉄板と味方に押され、圧死、轢死、滑落死し続ける結果となった。

 その死者は、驚くべきことに四百名あまりにも達し、あまりの損害の多さに、ダルザーラを始めとする指揮官たちは絶句した。

 

「ええい、一旦体勢を立て直す。入口でその鉄板とやらを迎撃する!」


 ダルザーラはネヴィル側から見れば出口、ガドモア王国側から見れば入口で、謎の鉄板を迎撃すべく隊形を整えたが、バルタレス率いる特殊部隊は、一定の戦果を収めた時点で引き揚げていた。

 こうして、第二次ネヴィル王国防衛戦の第一日目が終わった。

 

 山海関に本陣を置き、総指揮を執る国王アデルは、戻って来たバルタレスと特殊部隊の面々が戦果を挙げたと聞き、激賞した。


「よくやってくれた。敵も度肝を抜かれただろう。それに、この崖道が如何に危険な場所であるかを、身を以って味わったはずだ」


 これに対し、先の戦いに於いて、その恩賞に次の戦いに於いての先鋒を約束されたウズガルドは、フン、と鼻を鳴らし、そっぽを向いた。

 これにはアデルは苦笑した。


「ウズガルド卿、これは戦いではなく計略の類だ。事実、干戈を交えたわけではない。事実上の先鋒は卿だ。恐らく敵は、この天突き棒対策として、部隊間の間隔を開けるだろう。つまり、倒しても倒しても無限の如く敵が現れるのではなくて、一隊を倒したら、次の敵が現れるまで少しの間があるということだ。この僅かの間に、進退いずれかを判断しなくてはならないが、これは歴戦の猛者でなくては無理だろう。と、いうわけで、ここからが卿の出番となる。この地を犯さんとするガドモア王国軍に、卿の手腕を遺憾なく発揮して欲しい」


 些か苦しい言い訳だが、期待されているとあれば、それに応えたくなるものである。

 ウズガルドは生粋の武人。アデルの煽てにまんまと乗せられた。


「お任せあれ! この新しく授かった槍に誓って、ガドモアのまぬけどもを追い払って見せましょうぞ!」


 ウズガルド以下、今回の戦に備えて、ネヴィル王国は旧来のガドモア式の装備から、新たに装備を一新していた。

 その一つがこの槍であった。

 旧来のガドモア式の槍の長さは二メートル半から、二メートル八十センチ程であった。

 これを三兄弟は、試行錯誤の末、三メートル半に変えたのである。

 勿論、もっと長くすることも可能だが、狭い崖道で用いることを考えると、その取り回しを考えてもこのあたりが限界と思われる。

 

「僅か一メートルないし、七十センチのリーチ差が、この戦いの帰趨を決するのだ」


 意気揚々と一族郎党を率いて崖道へと出陣するウズガルドを、山海関の上から見下ろしながら、アデルは勝利を確信していた。

 翌日、ウズガルド率いる部隊と、ガドモア王国軍との間に戦闘が起こったが、結果はネヴィル王国軍の圧勝であった。

 三兄弟は、敵より長い槍を用いた織田信長に倣ったのだ。

 圧倒的な兵数差にもかかわらず、その利を活かせぬままの、まさかまさかの敗北に、開戦僅か二日目にてダルザーラ以下、将兵たちは頭を抱えた。

 その後、ネヴィル王国軍の鉄板天突き棒部隊と長槍部隊にガドモア王国軍は苦しめられ、戦線は崖道の半ばでこう着状態へと陥ったのであった。


「そろそろ敵は迂回路を探し始めるだろう。全く愚かしいことだ。そういった事は、戦う前に行っておくべきであるのにな。山岳猟兵たちに、警戒を厳にせよと伝えよ。もっとも、この辺りに兵が通れそうな道が無いのは調査済みだが、用心するに越したことはない」


 

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