冬は過ぎ去った
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春に来襲するであろうガドモア王国との戦いの準備は、着々と進められていた。
三兄弟は度重なる協議の結果、先の戦いに於いてのガドモア王国軍の様子を見るに、最初から守勢に回って勢いづかせるよりも、最初に一度や二度、手痛い損害を与えた方が良いだろうという結論に達した。
協議といっても、それは三兄弟が寝る前に必ず行う、寝室での眠気を誘う、ある種の儀式ともいうべきものであったが………
「また山海関のお披露目は延期か」
「その方が良いさ。山海関は最初で最後の防衛線だからな」
「あれが破られた時が、この国の終わりだ」
結局のところ、山海関の前での防衛ということとなると、あの細い崖道しかない。
三兄弟の考えた、いや、前世の記憶の中で学んでいた中から拝借した戦術は、テルモピュライの戦いそのものであった。
これは、アギス朝のスパルタの王であるレオニダス一世が来寇するペルシア軍に対し、僅か三百名で隘路を塞ぎ、二百万とも言われる敵の攻撃を防いだ有名な戦いである。
レオニダス一世率いる三百名のスパルタ軍は、決死の覚悟で戦線を維持し続けていたが、ペルシア軍は地元住民であるエフィアルデスを買収し、それによって別の山道を知ったペルシア軍は、その抜け道を使って一軍を送り込み、結果としてスパルタ軍は全滅する。
「山岳猟兵たちに設立以来ずっと、抜け道の有無を調べさせているが、見つけたという報告は今まで受けていない」
「なので、エファアルデスのような裏切り者がいたとしても、抜け道が無い以上、どうすることも出来ないだろう」
「既に崖道で用いる装備の類は四百名分用意済み。それにあれも完成間近との報告を受けている」
もう冬が完全に去るまで、一月も無いだろう。
兵たちも連日、大将軍であるギルバートの指揮の元、猛訓練に追われる日々を過ごしている。
「特別部隊には、先月から高栄養の食事を振る舞って、力を着けて貰っている」
ネヴィル王国軍の全軍の中から選ばれた特殊部隊の総勢は凡そ五十名程。
いずれも大柄で大力の勇士たちであり、その指揮官として、同じく大柄で豪勇の持ち主である蛮斧ことバルタレスが選ばれている。
彼ら五十名は、日々筋力を付けるためにハードなトレーニングを受け、高栄養の食事が与えられている。
具体的には、鶏がら味噌ちゃんこもどきと三兄弟が名付けた、鶏がらを出汁とした味噌煮込み鍋をつついて貰っている。
その鍋の具は、鶏肉を始めとして鹿、猪などの獣肉、茹で卵、冬野菜の蕪、そしてすっかりこの地の名物と化した豆腐である。
豆腐も、今までドロリと柔らかかったが、ごく少量の石膏を凝固剤として用いる事で、柔らかいながらもしっかりとした食感を有するようになっている。
彼ら五十名とバルタレスも、最初は味噌に馴染まず難儀していたが、激しい訓練後の空腹には勝てずに、鍋に手を付けたところ、ものの二、三日で馴染んでしまい、今ではすっかり鍋の虜となっていた。
季節も良かったのだろう。これが、もし冬では無く、夏であったらこうすんなりとは行かなかったかも知れない。
後に、この五十名を皮切りとして広く国内に伝わった鶏がら味噌ちゃんこもどきはネヴィル王国の冬の名物料理として、末永く愛されていくこととなる。
数日後、完成の報告を受け、鍛冶工房を訪れた三兄弟は、来るべき戦いに対する秘密兵器と対面した。
「おお、素晴らしい出来栄えだ。注文通り、見栄えよりも頑丈さを優先してあるな!」
「いやいや、のぞき窓も拵えてあるし、作りもどうしてなかなか侮れないものがあるぞ!」
「鉄をかなり使ってしまうのが難点で、絶対に放棄などは許されないが………おお、握りには革を巻いて汗で滑り難くしてあるのか! しかも訓練用と実戦用の二つとも完成しているとは」
三兄弟は、完成した秘密兵器に駆け寄り、実際に手を触れて興奮する。
アデルはその場で良い仕事をした鍛冶職人たちを讃え、十分な褒美を与えた。
ものが完成したことで、特別部隊の訓練もより実践的なものへと変わった。
「向こうは必ずや勝たねばならんが、こちらとしてはそうではない。なんせ引き分けでも勝ちに等しいのだからな」
「負けない戦いに徹するのに、この崖道は最高の舞台だ。攻めあぐねた敵が、どう出て来るか見物だな」
「だが、守りに特化した地形であるがため、こちらから攻めるにしても敵も同じようにして、簡単に出口を封鎖することが出来る。中原への道は、遠く、険しいものになるな…………やはり、我が国はエフトと共に、西へ、西へと拡大していく他ないか…………」
新たに未開の地を耕すのは、物凄く効率が悪く、その上時間と金が掛かってしまう。
出来れば、ある程度開拓の進んだ崖道の先…………東の地を手に入れたいが、現在のネヴィル王国では無理な話であった。
ーーー
月日は瞬く間に過ぎていく。
暖かな日差し、そして草木は新芽を伸ばし、早くも蕾を付け始めた頃、西候ことロンデリー侯爵は、ダルザーラ伯爵を司令官とした一万の軍勢を集めた。
ダルザーラ伯爵家とロンデリー侯爵家は縁戚である。
ロンデリー侯爵は、最初は跡継ぎ候補の一人である息子に指揮を執らせようと思ったが、今回は万に一つも失敗の許されないため、実戦経験の豊富なダルザーラ伯爵をその任にあてたのであった。
「任せたぞ。独立し、ネヴィル王国などと吹いてはいるが、所詮は辺境の小貴族。正直、一万はちと大げさすぎるとは思うたが、念のためだ」
ロンデリー侯爵は、自分より頭半分大きいダルザーラ伯爵の手を取り、握った。
ダルザーラ伯爵は、ロンデリー侯爵より少し若い五十代前半で背が高く、また、肩幅広く、威厳に満ちた背格好と、口許に生やしたカイゼル髭から、尊厳伯と呼ばれていた。
軍を率いる指揮官としては、それほど目立った功績をあげたわけではないが、長い軍歴を誇るため、ロンデリー侯爵はその識見に重きを置き重用していた、言わば片腕とも言うべき存在でもあった。
「はっ、必ずや小癪な振る舞いをする愚か者どもを討ち破って見せましょうぞ」
尊厳伯ことダルザーラは、老人にしてはまだ厚い胸板を逸らして、西候の期待に応えんと誓った。
また、ダルザーラの麾下には、先の戦いで負け、醜態を晒したカーマルン男爵も参加しており、復讐の意に燃えていた。
「もう神風は吹きません。前回のように、煙による攪乱などは出来ぬはず。だとすれば、数がものを言うことになりましょう」
ダルザーラは一応はカーマルンから、前回の戦いのあらましを聞いてはいた。
だがカーマルンは元々、遊蕩児として悪名を馳せており、またこれまで軍を率いたことも無かったため、風を利用した煙による攪乱に対応出来なかっただけであり、そもそもの正面戦闘ともなれば、数に勝る自軍が圧倒すること、まず間違いなしと踏んでいた。
こうして、反乱鎮圧軍一万はガドモア王国西部辺境を進発し、元ガドモア王国西部最辺境を目指した。
もし次の戦いで、ガドモア王国が負けたとすれば、その敗因は冬の間にしっかりとした準備、対策を施したかどうかという点になるだろう。
ロンデリー侯爵も、先の戦いのネヴィル王国の勝利は所詮はまぐれであり、今回もそのまぐれが続くとは微塵も思っていない。
総司令官を務めるダルザーラも、それは同じであった。
敵を最初から舐めているガドモア王国と、冬の間たゆまぬ訓練を施し、戦に備えて来たネヴィル王国。
勝利の女神がほほ笑む相手は、最初から決まっていたようなものであった。
こうして後世に於いて、第二次ネヴィル王国防衛戦と呼ばれる戦いが、今始まろうとしていたのであった。
テルモピュライの戦いを描いた映画、300(スリーハンドレッド)は、多少演出過剰ではありますが、面白いので是非ご覧あれ!
このように、三兄弟は今後も様々な戦術、戦法をパクり、少しだけアレンジします。
それは古代であったり、中世であったり、近代であったりと様々です。
戦争だけでなく他の有名なエピソードなんかも、多少のアレンジを加えながら取り入れて行きたいと思います。




