必殺のマヨネーズ
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ガドモア王国対ネヴィル王国の晩秋の戦いから、二ヶ月の時が過ぎた。
厳しい冬の最中、戦らしい戦は起きず、この世は束の間の平穏を得ていた。
そしてここノルトでは、年明け早々からの数度の降雪により、一面銀世界が広がっていた。
ノルト王国の王都リルストレイム。中央に聳え立つ王城の一室で、ノルトの若き王であるカール・シルヴァルドは、早々に終わらせた政務の疲れを癒すべく、暖炉の前のロッキングチェアに身体を預け、窓越しにしんしんと降る雪を、眺めながら物思いに耽っていた。
白一色に染まった静寂。全てを覆い隠すその雪は、冷たいだけではなく、物悲しささえ感じてしまう。
不意に響くノックの音が、シルヴァルドを現実へと呼び戻した。
ノックの主は、自身の片腕でもある宰相のフィリップ・テイントレット侯爵であった。
宰相のフィリップは年齢五十八歳。髪も髭もすでに白髪の占める割合の方が大きい。
その実力もさることながら、シルヴァルドに絶対の忠誠を誓っている彼は、病弱な王の代わりに実務の大半を任されている。
「入るがよい」
フィリップの耳に届いた入室許可の声は、どこまでも静かであり、若干の弱々しさすら感じる。
だが、それが決して体調不良によるものではないことを、長年仕えてきたフィリップは熟知していた。
「陛下、ガドモアでまた反乱が起きたようで…………」
敵国であるガドモア王国に関する事件は、どのような些細な事でも報告するよう命じてある。
だが、フィリップの報告を聞いたシルヴァルドは、そう、と一瞬にして興味を失ったかのように、再び窓へと視線を向けた。
しかし、すぐにあることを思い出し、再びフィリップへと顔を向きなおす。
「宰相…………もうガドモアには、神輿として担ぐことの出来るような王族は、すでに居ないと思ったが…………」
「はっ、先の反乱で処刑されたポーダー公爵が、ガドモア王国の王位継承権を持つ、真っ当な男子でありました。他の目ぼしい者たちは、殺されるか幽閉されるか。幽閉されている者も、殆どが高齢であり、玉座を覗うには年齢的に厳しいでしょう」
「では、いったい誰が? 四方を守護する四候の内の、誰ぞでも背いたか?」
ガドモア王国の四方を預かる四人の侯爵たち。
四大辺境侯爵の軍事力は、それぞれが小国にも匹敵する。
この辺境を預かる四大侯爵の内、ノルト王国が直接矛を交えているのは、ガドモア王国北部辺境を守護する北候であった。
「いえ、残念ながら。背いたのは、西の辺境の一小貴族でして…………陛下は覚えておられましょうか? 先年のガドモアとの戦いで、小勢ながらも殿軍を務めたネヴィル男爵を」
「うむ、覚えている。まさか、そのネヴィル男爵家が? 当主が討ち死にするほどまでに、ガドモアに忠を尽くしていたではないか。何ゆえ、そのような暴挙に走った?」
辺境の一男爵家が、反旗を翻したとしても、結果は目に見えている。
これは、商人づてに聞いた話ですが、と前置きしつつ、フィリップはネヴィル男爵家が、反乱を起こすに至るまでを語った。
「全くをもって酷い仕打ちに御座いまするな」
「ガドモアの愚王は、敗戦の責を一男爵家に全て押し付けたというわけか。そのようなことをして、一体何になるというのか」
フィリップは、ガドモア王国の国王であるエドマインのあまりにも愚かしい行動に、嫌悪感を露わにし、舌打ちを禁じ得なかった。
「ですが、そのネヴィル男爵家、いえ、何でも王国より離反した際に、ネヴィル王国を名乗ったらしく、しかも驚くことに、鎮圧に向かった西候麾下の三千の兵を退けたらしいですぞ」
それを聞いたシルヴァルドは、ロッキングチェアに座ったまま仰け反り、笑った。
ネヴィル王国に向かった三千の兵は、反乱を鎮める鎮圧軍ではないのだが、商人たちはそこまでの詳しい情報を得てはいない。
ただ見聞きしたままを、情報として流しているだけであった。
「面白いな、宰相。この冬一番の痛快事ではないか。いったい、どうやって退けたかはわかるか?」
いえ、存じませぬとフィリップは首を横に振った。
「何にせよ一男爵家では、これが精一杯であろうな…………」
でしょうな、とフィリップも相槌を打った。
「…………揺さぶりを掛ける意味で、支援してみるか。もっとも、まずは彼らに、我が国が支援するに足る力量があることを、示して貰わねばならんが…………」
つまりは、一度目の勝利はまぐれ。もう一度、ガドモアに勝って見せよというのか…………それは幾ら何でも無理であると、フィリップは肩を竦めた。
「それにしても、離反する際に自ら王を名乗るとはな」
「破れかぶれなだけでは?」
「そうかも知れぬ。だが、そうであっても面白いではないか?」
「すでに商人たちの口から、笑い話として広まりつつあります」
話し疲れたのか、それとも笑い疲れたのか、シルヴァルドは今後も、ガドモアとネヴィルの両国の情報を集めるように命じると、椅子に深く腰を掛け直し、そのまま目を瞑った。
フィリップは、そんなシルヴァルドに一礼してから、そのゆっくりと揺られる膝にブランケットを掛け、部屋を後にした。
ーーー
一方その頃、ネヴィル王国では、とある調味料が大流行していた。
その調味料とは、マヨネーズであった。
各街や村に沢山作られた養鶏場により、国内の卵の流通がほぼ行き渡り、余剰卵をどうするのかが議論された。
その結果、一部の卵はマヨネーズへと加工され、賞味されることとなったのである。
このネヴィル印のマヨネーズ、当然ながら添加物などの余計な物は一切入っていない。
卵、オリーブオイル、酢、塩という極簡素な物であり、現代に流通しているマヨネーズほど、風味は豊ではないが、それでも人々を魅了するには十分であった。
「このマヨネーズとやらは、実に美味いな!」
そう言いながらギルバートが、鮭とばにマヨネーズをたっぷりと付けている。
「うむ、酒の肴にはもってこいじゃわい。こりゃワインが進むわ」
先代国王であるジェラルドもまた、ワイン片手にマヨネーズの付いた鮭とばにかぶりついている。
「マヨネーズは日持ちしないとはいえ、そんなに一気に食べるものじゃ…………」
既に出来上がっている二人に、三兄弟の声は届かない。
諦めてテーブルの反対側を見ると、こちらにもまた、マヨネーズの虜になった母と叔母の姿があった。
母と叔母が、夢中になっているのは、マヨネーズで味付けした、おから入りサラダであった。
普通はツナを入れるところを鮭を入れ、この地で取れる冬野菜の代名詞ともいえる蕪を主体として、大麦、マヨネーズ味のおからで作られたサラダに、女性陣は夢中であった。
「あんまりマヨネーズばかり食べてると、太りますよ」
そんな息子たちの声は、母と叔母の歓声によって、たちまち掻き消されてしまう。
その歓声をもたらしたのは、厨房から新たに運ばれて来た、鶏肉のマヨネーズ焼きである。
鶏肉とキノコにマヨネーズをぶっ掛けて、ただ焼いただけの料理は、その手軽さと美味しさゆえ、瞬く間に領内に広まった。
今では庶民の間でも、慶事の際には、この鶏肉のマヨネーズ焼きが食卓に上がるのだという。
最早この国に、マヨネーズの魔力に抗うことの出来る者は、ただの一人もいない。
現に、小言を言いながらも、三兄弟もちゃっかりとマヨネーズを用いた料理の数々に舌鼓を打っていた。
「そういや、あれはどうなっている?」
アデルが行儀悪く、鶏肉を頬張りながら聞くと、同じように行儀悪く、頬に鶏肉を溜めたままあれの開発の責任者であるトーヤが、
「もう、既にこっそりと量産体制に入っている」と、得意げに胸を張った。
「な、なに! もう完成していたのか?」
驚くカインに、トーヤはニッコリと微笑みつつ親指を立てた。
皆さんは正月明けてすぐの三連休楽しんでますか?
私は、三連休? 何それ状態です…………悲しい。暇が欲しい。




