三頭狼
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二日酔いで元旦は潰れてました。
この話で、第一章の幼少期編終了です。次からは、第二章の少年王編となります。
年が明け、三兄弟は十二歳となった。
ここで、先の戦で総司令官として功績を上げた王太孫であるアデルに、王であるジェラルドは王位を譲った。
「己の思うがままに、この世を翔けてみるがよい」
ジェラルドは、孫たちがこれまでに示して来た数々の知恵の閃きに、全てを託す。
「決して失望はさせませぬ。私が志半ばで斃れたのならば、カインが…………カインが斃れたならばトーヤが後を継ぎ、このネヴィルの民と地を守って見せます」
三兄弟の業績の一つである山海関の前の広場に、主なる文武の家臣たちが整列し、新たなる王の戴冠の儀を見守る。
さらにその輪の外には、駆けつけた領民たちがその姿を一目見ようと、固唾を飲んでひしめき合っている。
ただの原っぱでの戴冠式。華美とは無縁の質素すぎる戴冠式。
だが、そこにはこれからのネヴィル王国を象徴するような、確かな若々しさに満ち溢れている。
雲一つない青空の下、国王ジェラルド・ネヴィル冠する、王冠の中央に配された虹石ことアンモライトが、冬の弱々しい陽光を受け、虹色に煌めくと、それを見た者たちの口から、自然と感歎の声が漏れた。
ジェラルドは自らの手で王冠を取り、その王冠を眼前に跪く孫の頭へと載せた。
頭に王冠を載せたアデルは、その頭部に載った僅かな重みよりも、まだ少年である華奢な両肩に、目に見えぬ重さをひしと肌で感じた。
アデルは立ち上がると振り向き、居並ぶ家臣たちや、その外にいる民たちに向かって、宣誓をする。
「このネヴィルに元より住し者たち、後からこの地にやってきた者たち、今、この地に住まう者は皆等しくネヴィル王国の臣民である。ネヴィル王国第二代国王アデル・ネヴィルはここに誓う! この地に住まうネヴィルの民全てに、より良き繁栄をもたらさんと!」
アデルの誓いを聞いた臣民たちが、一斉に跪く。
声変わりもまだな、ボーイズソプラノの声が、臣民の耳に心地よく広がっていく。
「余は若輩である。また、春になればガドモア王国が、この地を奪わんと攻めて来るであろう。これを迎え撃ち、国家安寧とするには、皆の力が必要だ。どうか、これからも余に…………ネヴィル王国のために、その力を貸して欲しい」
そう言ってアデルは跪く臣民に向かって深々と頭を下げた。
少年の頭には大きすぎる冠。そしてその重圧を、まだ出来上がっていない華奢な身体全体で受け止めようとする姿勢に、庇護欲をかき立てられずにはいられない。
そしてこれを見た臣民たちは、比較対象が悪すぎるといえばそれまでであるが、ガドモア王国の愚王ことエドマイン王とは違い、アデルに若いながらも人を導く王としての資質を垣間見た。
「アデル王、万歳! ネヴィル王国に栄光と繁栄を!」
叔父でありネヴィル王国初代大将軍の地位に就いたギルバートが叫ぶと、人々は立ち上がり、口々に万歳を叫んだ。
次に新たに国王となったアデルが、ネヴィル家ではなく、ネヴィル王国の新たな旗を披露する。
それまでのネヴィル家の旗は、この地の大空を舞う、冠大鷲をモチーフとしたものであった。
その冠大鷲の旗は、ギルバートが受け継ぐことになっている。
アデルの命を受け、ギルバートが広場に揚げた旗には、三つの首を持つ狼の姿が描かれていた。
そのあまりの禍々しい姿を見て、臣民たちは驚き、目を見開いた。
静まりかえる臣民を見て、三兄弟は顔を見合わせた。
「あれ? 受けなかった?」
「結構頑張ってデザインしたんだけどな」
「こんな格好いいのに、なんで?」
三兄弟が臣民が見せる反応に戸惑っていると、背後から溜息が洩れた。
「だから儂は言ったんじゃ、この旗はあまりにも禍々し過ぎると」
「いいではありませんか。私は好きですよこの旗。勇ましく、戦場では目立つこと間違いなしです」
ギルバートが助け舟を出すが、それでもなおジェラルドは渋い顔のままであった。
次いで三兄弟それぞれ、個人の旗が披露される。
アデルの旗には、白い狼が。そして王子から王弟となったカインの旗には赤い狼が、同じく王弟となったトーヤの旗には黒い狼が描かれていた。
これは、幼少の頃より瓜二つ、もとい瓜三つである三兄弟を、家族以外が見分けるために身に着けていたスカーフの色であった。
この旗のデザインは概ね好評である。
「この世界にはギリシア神話は無いからな。冥界の番犬であるケルベロスの姿に馴染みが無いのはしょうがないか」
アデルはこの旗のデザインが臣民に受けなかったことに、多少の落胆の色を見せた。
「でも、これ最高に格好いいと思うんだ。でも、みんなの反応を見ると、やっぱり三つ首の竜の方に変えた方がいいかな?」
カインはこの旗を三兄弟の中でも一番気に入っていたが、やはり臣民の反応が今一つであることに困惑している。
「それは駄目だよ。もうこのデザインで大量に発注しちゃってるもん。もう国内の機織り場フル稼働でこの旗織ってるし」
トーヤは、完全に受け入れられる事を前提としていたので、先走って大量の発注を掛けてしまっており、最早意匠を変えることは不可能であると、諦め気味に首を振った。
「この旗は、陛下と王弟殿下がたを意匠したもので御座いますか?」
見ればわかることだが、一応の礼儀として、傍に仕えるトラヴィスが問う。
「それもそうだけど、他にも意味はある。一つの首は王。もう一つの首は将。最後の首は兵。この三つの首、全てを落とさぬ限り、ネヴィル王国は決して負けないという思いを込めて意匠した」
それを聞いた諸将から、おお、と声が上がる。
それからは、禍々しさよりも、その意匠に込められた勇ましさが、ツボに入ったのか、臣民たちは口々に三つ首の狼のデザインを褒め始めた。
「この旗が実際に世に披露されるのは、春の戦が最初になるだろう」
「敵はこの旗を見て度肝を抜かれるでしょうな」
「如何にガドモアが大軍で攻めて来ようとも、この旗に描かれている狼の如く、敵を喰ろうてくれるわ」
諸将も領民たちも冬の冷たい風にはためく三つ首の狼を見て、気勢を上げる。
次の戦いは、絶対に負けることが許されない戦いである。
もし負ければ、興したばかりのネヴィル王国がただ滅ぶだけでなく、このネヴィルの地に住まう全ての者たちは、この世の地獄に叩きこまれることになる。
「次の戦…………ガドモア王国には勝つことは出来ない。なにせ、国力が違いすぎるからだ。だが、ネヴィル王国は、決して負けない。必ずやこの地を守り抜いて見せる!」
アデルが天へと突きあげた拳に、臣民一同、鬨の声を上げて追従する。
その後は、青空の下、集まった者たちに酒や料理が振る舞われ、お祭り騒ぎとなった。
「アデル、お前本当に王様になっちゃったんだな…………」
「馬鹿! アデルじゃなくて、陛下って呼ばないと怒られるぞ」
近所に住む子供たちが、少しだけ遠巻きに、アデルの頭上に輝く王冠を見ながら呟く。
そこに心の距離感を感じたアデルは、ずい、と子供たちに自ら近付いた。
「確かに王になったけど、俺は俺だよ。公式の場じゃ畏まって貰わないと、格好がつかなくて困るけど、普段は今までと一緒さ。普段は普通に、アデルって名前で呼んで構わないよ」
「そ、そうか? アデル、王様だけどちっとも偉そうに見えないもんな。というか、全然王様っぽくないし」
どういう意味だよとアデルが笑うと、子供たちもそれにつられて笑い出した。
実際にその後、王となったアデルの言動や行動は、公の場以外ではそれまでと何ら変わる事は無かったという。
新しい若過ぎる王と、新たな国旗。
のちに、この三つ首の狼の旗は、ネヴィルの三頭狼と呼ばれ、臣民に親しまれ、敵に恐れられる事となる。
周辺諸国の中で一番小さな国の王となったアデルと、それを支えるカインとトーヤ。
三兄弟の真の門出の時である。
この三兄弟が無事に乱世の荒波を乗り越え、ネヴィル王国を保ち、発展させていくことが出来るかどうかは、現時点では神以外に知る者はいない。




