それぞれの冬の始まり
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今年最後の更新。年明けて、休みの間に出来る限り更新して行きたいと思っております。
カーマルン男爵率いる軍が、ネヴィル王国から撤退した二日後、早馬により領地接収の任の失敗を知った西候ことバルサ・ロンデリーは、火が灯り、木の爆ぜる音がする暖炉の前で、落胆の深い溜息をついた。
「あれだけお膳立てしてやりながらも、事を成し遂げられんとは…………」
「やはりここは私めが…………」
同室にいる跡取りであるジョシュアが、そう言いながら立ち上がろうとするのを、西候は手で制した。
「カーマルンにはやはり荷が重すぎた。奴には捨扶持でも与えて、人目に付かない場所に隠棲でもさせるとして、問題はこの失態をどう取り繕うかだが…………」
「カーマルンの言い訳通り、冬の訪れが例年より早かったというのは?」
「それだけでは言い訳としては弱い。そういえば、カーマルンの奴目が、おかしなことを言っておったな」
「ネヴィル男爵家が、王国より独立し、さらには自ら王と僭称したとかいう話ですか?」
くだらない与太話だと、ジョシュアは笑う。
だが、西候はその笑いに加わらず、暖炉の中の揺れる炎を見ながら、目まぐるしく頭を働かせる。
(もしもその話が本当だとするならば、今回の失態を上手く誤魔化すことが出来るやも知れぬ)
「よし、すぐに王都へと向かう。ネヴィルとの境に兵を置いて封鎖を続けよ」
「はっ、ですが、今すぐにで御座いますか? これから寒さは日を追うごとに厳しくなります。春になり、暖かくなってからでも…………」
西候はジョシュアの言葉を遮り、二度手を振って部屋から追い出した。
そして、先程よりもよほど深い溜息をついた。
(愚か者めが、敗報が世に広く知れ渡る前に、特に王家の耳に入る前に動かないでどうするのか?)
暖炉の前のロッキングチェアに深々と腰を落とすと、誰も居なくなった部屋で長々と独り言を呟きはじめた。
「なんという愚鈍な息子か、なんという無能な甥か。儂自身、とりわけ有能というわけではないが、家を継いでより二十八年、領地を維持し、栄えさせてきた。が、跡取りがあれでは、この家も危うかろうの。老い先短い儂に出来る事といえば、中央との繋がりをより強くすることと、我が家の更なる発展の障害となる、あのネヴィル家を排除すること。皆、わかっておらぬのだ…………かの家を取り除けば、我が家は西へ、それも無限に領地を広げていくことが出来るというのに、未開の原野を切り開くよりも、すでに耕された中原にのみ目を向け、固執し、寸土を奪わんと血みどろの争い続けておる。百年先を見れぬ愚か者どもめが…………」
翌日、西候は馬車を飛ばし、王都へと向かった。
王都に着くと、賄賂をばら撒き即日、王との謁見の許しを頂く。
「寒風吹きすさぶ中、臣のために貴重なお時間を御割き下さり、真に恐縮で御座いますが、何に於いても陛下のお耳に入れたきお話が御座いましてからに…………」
玉座の前に平伏する西候を、欠伸をしながら見つめるエドマイン王の目は、昨夜の深酒のせいか、濁っていた。
「申せ」
近臣が話しの先を促すと、西候は面を上げた。
「先日、陛下よりネヴィル男爵領の領地接収の大任を受け、我が甥、カーマルン男爵を同地に派遣致しましたところ、そのネヴィル男爵家は命に従わないどころか、兵を挙げまして御座いまする。それだけにあらず、先代当主であったジェラルド・ネヴィル奴は、畏れ多きことながらも王を僭称し、ネヴィル王国の建国を宣言致しております」
「ははは、気でも狂ったか」
宮中に笑い声が湧き上がる中、西候は更に話を続けた。
「これを知り、当家と致しましては、そのまま討伐するのはやぶさかではありませぬが、ことがことだけに、陛下の御裁可を頂きたく、一度兵を退きました次第…………」
エドマイン王は近臣を手招きで呼び、その耳にひそひそと耳打ちすると、そのまま玉座を後にした。
要するに地方の小貴族の反乱である。興味を引くことも無く、いつも通りに下へと丸投げした。
玉座を後にしたエドマイン王に代わり、耳打ちを受けた近臣が西候へと命ずる。
「そちの好きにせよ、これが陛下の御言葉である」
「ははっ、我がロンデリー侯爵家の総力を挙げて、必ずや王国に反旗を翻す不届きものを成敗致します」
こうして西候は、失態を咎められることなく、さらには次の討伐の機会を得ることに成功した。
その代償として、撒いた賄賂は途轍もない額となっている。
これを取り戻すには、無事ネヴィル領を手に入れたとしても、長い月日が必要と思われる。
西候はその後、領地へと飛ぶようにして戻ると、家臣たちを集め、春先に一万の兵を以ってネヴィル王国への侵攻を宣言した。
ーーー
一方その頃、エフト族は…………
「なるほど、ネヴィルが勝利したのはわかった」
「はい、負傷兵の姿も見受けられませんでしたので、おそらくは小競り合い程度かと…………」
族長の座をガジムより譲り受けたダムザは、土産をしこたま持たされ、上機嫌で帰って来た将兵らから事情を聞いていた。
「どのようにしてネヴィルは、ガドモアを追い払ったのか?」
「それは…………詳しくはわかりませぬ。が、話によると、細い崖道で敵を迎え撃ったとか何とか…………」
兵のしどろもどろの答えにダムザは、やはり自分が直接、援軍を率いて赴くべきであったのではないかと思ったが、族長という立場上、軽々しくこの身を動かすべきではないと、考え直した。
それに、今回我がエフトの援兵が、ガドモアと直接交戦しなかったという事実は、ある選択肢に於いて有利に働くかもしれないとも思っていた。
兵を下がらせた後、天幕内に残ったのは族長であるダムザを含め、三人のみ。
その内の一人は、先の族長であるガジム。そしていま一人は、ダムザの息子であるスイルであった。
スイルは成人間近であり、このままでいけばダムザの跡を継いで、次期族長となる身である。
そのためにこうして、父である族長の傍に控え、族長としての教育を受けていた。
「わかったことは、ネヴィルが勝ったが、おそらくは小競り合い程度である。それも、まぐれによるものかも知れぬということだけ。ガジム老、どう思われますか?」
問われたガジムは、むぅ、と唸ってから口を開いた。
「ガドモアの侵攻は、この一度だけではあるまい。おそらくは春になれば、本格的に侵攻してくるはず。その時、我らはどう動くかが問題だな。このままネヴィルに肩入れしたとして、ガドモアに勝てるかどうか…………」
「この冬の間に考えねばなりませんな。このままネヴィルと共に行くか、あるいはノルトに降り、その庇護を求めるか、それとも…………ガドモアに恭順を示し、一緒にネヴィルを攻めるか…………」
「お待ちください、父上! ガドモアと共にネヴィルを攻めるとは、義弟は…………カインは一体どうなってしまうのですか! カインのおかげで、この数年で山は緑を取り戻しつつあります。我らは、カインに、ネヴィルに多大なる恩があるはずです。それを、仇で返す御つもりか!」
族長であるダムザが示した、非情なる選択肢の一つを聞いて、スイルは激昂した。
「落ち着け! ネヴィルに恩義があるのは我も承知。なれど、我らは一度国を滅ぼされ、その地を追われている。二度とそのようなことの無いように、慎重にならざるを得ぬのだ。お前も族長となる身であれば、そのことをよくよく考えよ。我らの肩には、部族全体の命が懸っているのだからな」
ダムザはスイルに諭すように言うが、それでもなお、スイルは義を貫かんとした。
「俺は嫌だ! そのような選択をして魂を汚し、生き延びるより、一縷の望みを賭け、死にもの狂いで抗いたい!」
若者らしい胸のすくような言い分である。が、そんなスイルの頬にダムザの拳が炸裂する。
「愚か者! お前一人であればそれでよい。が、しかしだ。お前ひとりの我儘に、部族全体を付き合わせるわけにはいかぬ。族長とはな…………そういうものなのだ…………」
殴り倒されたスイルは、頬を摩りながら父であるダムザを見上げた。
そしてその目を見て悟った。その目には、動きたくても迂闊に動けないジレンマがあったのだ。
父もまた恩義を忘れてはいないのだとも。だが、舵取り次第では、ネヴィルだけでなく、このエフトもまた、大国ガドモアに飲み込まれてしまうだろう。
「まだ時間はある。この冬の間に、よくよく考えるとしよう。それに、ネヴィルを見殺しにしたとして、ガドモアが我らを遇するとは限らぬのだからな」
大国の一挙手一投足に怯えるのは、小国として仕方のない事であった。




