石灰岩
三兄弟はゼイゼイと荒い息をつく。流石に七歳の体では、山登りはきつ過ぎたのである。
途中何度も休憩を取るが、それでも三人は力尽きてしまう。
だがそれでも諦めずに、這ってでも登ろうとする三人の姿を見かねた祖父のジェラルドたちは、三人の体を自分たちの背に括りつけて登ることにした。
「も、申し訳ありませんお爺様……」
祖父に背負われたアデルが、心底申し訳なさそうに謝罪する。
同じように叔父であるギルバートの背に背負われたカインと、従士であるダグラスに背負われたトーヤも、同じように彼らに詫びていた。
「気にするでない。いくら賢くとも、お主らはまだ子供じゃ。それ、もうすぐ開けた場所に出るぞ……そこでまた一休みといこう」
この白壁山は、標高としては千メートル未満だろうとアデルたちは見ていた。
だから子供の足でも余裕であろうと高を括っていたのである。
だが現実は厳しかった。道などは当然無く、あっても細いけもの道であり数十メートル進むだけでもかなりの体力と時間を費やさねばならなかった。
「よし、ここで休憩しよう。ほぅ……これはまた……」
山の中腹まで行くと景色ががらりと変化した。それまで生い茂っていた草木の姿は消え、白い岩肌が露出しているだけの白く荒涼たる風景が広がっていたのである。
アデルたちは早速その白い石くれを手に取って見る。
「う~ん、これだけ白いということは、純度の高い石灰岩かな? 取り敢えず割ってみるか」
大人たちに持って来たハンマーやトンカチで石くれを割って貰う。
断面を見ると見事な白一色であった。
次に地面を少し掘って貰う。掘るといっても岩なので、ツルハシで砕くと言った方が正確かも知れない。
数十センチほど掘削した結果、出てくるのは白い石くれだけであった。
「石灰岩だね……生物起源かな?」
「おーい、アデル! 化石があったぞ、ほら」
カインが持って来た石は、何らかの小さな海洋生物らしき化石だった。
「ウミユリかな?」
「わからないが、ここはやっぱり大昔は海の底だったんじゃないか?」
「多分ね。この山全体が石灰岩の塊っぽいね。ということは、この辺りの白い山はみんな石灰岩なのかもしれないな」
「じゃあ、もうこの辺りの探索は辞めるか?」
「いや、もう一か所だけ登って確認しよう。それから、南の赤い山と西の灰色の山を調査しよう」
三人が話していると、叔父が近付いてきた。
「どうだ? 何かわかったか?」
「ええ、この白い石は石灰岩といって、砂のように細かく砕いて古い畑に撒けば土が蘇るという代物です」
それを聞いた大人たちは本当かと集まって来る。
「ええ、本当です。古い畑は肥料を分解して土壌が酸性に傾いているんですよ。それをこの石灰を用いて、弱酸性から中性にしてやるんです」
取り囲む大人たちには、三人が何を言っているのかが全く分からなかった。
「うおっほん、つまりはこの岩を細かく砕いて畑に撒けば、肥料になるのじゃな?」
「ええ、古い畑にね。でも、量を誤ると逆効果になりますから注意しないと」
来て良かった、無駄骨にならずに良かったと一向に笑顔が浮かぶ。
アデルたちの提案で、少し離れたところにある同じように頂きが白い山も調査する事にした。
ただし今からでは夜になってしまうため、下山して山の麓で一夜を明かすことにした。
三人にとっては初めての野営である。焚き火を囲んで皆で食べた晩御飯は、いつもの大麦の粥にスモークサーモンの身をまぶしたものであった。
よほど空腹だったのか、三人は掻きこむようにしてそれを平らげた。
「それにしても、若様がたは物知りですなぁ……一体どこでそのような事を学ばれたので?」
従者のグスタフがそう言うと、猟師たちを始め叔父までもが、実に興味深そうにこちらに視線を向ける。
「家にある本ですよ。お爺様が集めた数々の本から得た知識です」
「お前ら、あの本が読めるのか? 俺や兄上が読めないというのに?」
叔父のギルバートは驚きのあまり、立ち上がってしまう。
「儂も読めんわい。トラヴィス殿でさえ、半分も読めないと言っておった。じゃが、この子たちはあそこにある本の全てを読んだそうじゃ」
当たり前の事だが、三人の知識は本で得た知識などではない。前世の記憶から得た知識である。
だがそれを明かすことは出来ない。見るからに迷信深そうな世界である。
もし、俺たち、前世の記憶があるんだ~などとうっかり漏らしたとしたならば、悪魔憑きだの悪魔の子だのと火あぶりにされてもおかしくはない。
そう言った点を考えると、家族の殆どが本を読めないことは幸運だったのかもしれない。
これからも披露して行くであろう現代地球の知識の数々も、本から得た知識であると誤魔化せるからだ。
若様がたは賢いんだべなぁと、これならネヴィル領は安泰だべと、猟師たちが微笑んでいる。
「さ、明日もキツイぞ。もう寝なさい」
祖父に言われた三人は、確かにと地面に敷いた毛布の上で丸くなる。
薄い毛布は地面の感触をダイレクトに伝えて来て、決して良い寝床とは言えなかったが、それでも疲れ果てた三人は、横になるとものの数秒で穏やかな寝息を立て始めた。
「どう思うか?」
「どうとは?」
「あの三人のことじゃ……」
三人が寝静まったの見計らって、ジェラルドは息子であるギルバートに聞いてみた。
「……尋常ではないですね……思うに、武一辺倒だった我が家の苦労を神が見かねて、あの子たちを我が家に授けてくださったのではありませんか? なんにしても、あの年であれだけの知識を持つ子供は、大陸広しといえども、そうはいないんじゃありませんか?」
ギルバートの意見を聞いたジェラルドは、ふむぅ、と頷きつつ白い顎鬚を指で弄ぶ。
「我が家はこのまま躍進すると思うか?」
この問いにはギルバートはすぐには答えられずに、苦虫を潰したような顔をするのみであった。
「もしも……もしもですよ……我が領地で石灰岩の他にも何かが見つかったとして、それを王家が黙っているとは到底思えないのですが……」
「同感じゃな……難癖つけて取り上げようとするか、爵位を上げてまた適当な地に追い出すか……一度は我慢した……じゃが二度は御免じゃ」
焚き火を眺めるジェラルドの目には、王家に対する怒りの炎が渦巻いていた。
「それにまず、王家の前に西候をなんとかしないと、どうにもなりません。商売をしようにも、昔のようにまた、山道を抑えられてしまえばままならなくなります。かといって、我が領内から王国に出るためには西の山道を使うほかはないですし……」
ギルバートがまだ十歳かそこらの頃の話である。このコールス地方に、領地替えとなって赴任してきたネヴィル家はその存在を良く思わぬ、王国の西を守護するロンデリー侯爵の妨害にあう。
何れは自分が開拓しようとしていた土地に王の命令とはいえ、いきなり越して来たネヴィル家を快く思わずに、何とかして追い出せぬものかと様々な妨害をしたのである。
「まぁ何にせよ、これからの調査次第であろう。売れるような価値があるものが出て来るとは限らぬしのぅ」
「確かに……でも今日は出だしとしては、上々でしょうね。あの白い石は肥料になるようですし」
「うむ。他の山々にも期待するとしようかの」
二人はそう言って笑い合うと、他の者たちとも交代で寝ずの番をしながら夜を明かした。
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