61張作霖爆殺未遂事件
一九三一年、大陸の情勢は一触即発の均衡の上に成り立っていた。
史実とは異なり、中国は二つの軍閥によって分かたれている。北には北京を掌握し、中華民国の王として君臨する軍閥の雄、張作霖。南には南京を拠点に、長江以南を固める蔣介石。
面白いのはその背後関係。張作霖の後ろには日本政府と三菱財閥。対する蔣介石の背後には欧米・・・そして何より、我が涼宮財閥が公式にはおくびにも出さず、膨大な資金を注ぎ込んでいる。
両雄ともに、心の内では日本も欧米も追い出して中国を統一したいと願っているのは見え見え。だからこそ、各国は支援こそすれ、最新兵器の提供は最小限に留めていた。結果、両軍の装備は時代遅れの旧式ばかり。
ところが、この均衡を張作霖自らが壊しにかかった。日本を露骨に避け、米国のモルガン・スタンレーから資本を導入。これに関東軍が激昂しないはずがない。
スバル戦略研究所の予測は一つ。――張作霖の暗殺。そして、その空位となった玉座に、清朝最後の皇帝、溥儀を担ぎ出すという強引なシナリオ。
「全く、軍人という人達は経済も政治もわかっていないわね」
私は、ティーカップを置きながら溜息をついた。
「その通りですね。せっかく両者が拮抗して平和を、お互い動けないだけですが・・・保っているのに、わざわざ火種を撒くなんて」
「そうよ。満州に陸軍を送り込んで力づくで支配するつもりでしょうけれど、私が出資したインフラ資金がパーになったら、誰が責任を取ってくれるのかしら?」
「・・・失言でした。関東軍よりお嬢様の方がよっぽど酷いお人でした」
・・・なぜ茜に冷ややかな目でダメ出しをされているのですの、私?
そんな火薬庫のような情勢の中、私はある人物からの接触を得た。川島芳子。元清朝の皇女にして、男装の麗人。関東軍の工作員として暗躍する彼女の狙いは明白――満州国建国における涼宮財閥の資金援助。
他の財閥がすでに張作霖にベッドしている中、手つかずの巨大資本である涼宮は、彼女にとって喉から手が出るほど欲しい筈。
私は彼女の誘いに対し条件を突きつけた。『どうせなら、大連のヤマトホテルで、石原莞爾様も交えてお話ししませんか?』
すべてはお見通し、という宣戦布告に近い提案。ですが、三日後という強気な日程指定にも関わらず、彼女はそれを受け入れた。涼宮がもたらす利益は、元皇族のプライドすら容易に塗り替えた様ですわ。
東京飛行場(羽田)から、最新鋭のプライベート飛行機、スバル・リージョナルジェット2でわずか数時間。私は、大陸の風が吹く大連の地に降り立った。
大連のヤマトホテル。重厚な石造りの壁に囲まれたスイートルームの一室には、張り詰めた緊張感が満ちていた。優雅に紅茶のティーカップを手にし、目の前の二人の怪物——男装の麗人、川島芳子と、関東軍の異端児、石原莞爾へ、慈悲深い(つもりの)笑みを向けた。
「お招きありがとうございます。川島芳子様、そして石原様」
「・・・大したお嬢さんだが、今の私は川島ではなく、愛新覺羅 顯㺭と理解してほしいものだね」
芳子が低く、鈴の鳴るような声で訂正した。ですが、私は動じない。
「承知しましたわ。川島様」
「わざとかい? ・・・どうやら見た目と違い、かなりあくどいお方のようだ」
芳子が呆れたように吐き捨てると、私の隣で控えていた茜が、事もなげに追撃を加えた。
「お嬢様は何処に出しても遜色の無い、完璧な悪党でございますから」
「・・・茜。ヤマトホテルの庭草の肥料にでもなりたいのかしら?」
私はにこやかに、ですが瞳の奥に物理的な制裁を示唆して茜を黙らせた。
さて、私の目的は明確です。清王朝の復活だの満州国建国だの、そんな不確かなロマンに興味はありません。石原が隣にいるのは、芳子がほかに手がないからでしょう。ですが、日本人の傀儡政権など中国人民が支持するはずもない。手段が三流なのです。
「随分と愉快なお嬢様方だね。それで、何故ワシをこの場に? 無粋な武人など、そぐわないと思うのだがね」
石原が、どこか見下すような薄笑いを浮かべた。私は紅茶を一口含み、その傲慢な仮面を剥ぎ取りにかかった。
「あら? お二方は満州に日本軍を呼び込み、新王朝を打ち立てる同志ではありませんの? いわば、暴挙の共犯者予備軍・・・違いますかしら?」
石原の顔から余裕が消え、たちまち色が曇ります。自分たちの犯行計画を、舐めていた華族の女に暴かれたのですから当然でしょう。ですが、教育はこれからですわ。
「石原様。張作霖を爆殺して奉天軍を排除するなんて、愚策中の愚策ですわ。なぜその様な事件を画策されますの? 満鉄爆破事件の河本大佐が、無期懲役の実刑に処されたことぐらい、ご存じでしょう?」
「・・・フン。一時の汚名など、後日の歴史家が評価を変えるだろうよ」
「まるで満州国成立が日本にとって良いことだと思い込んでいらっしゃるのね。おめでたいことですわ」
「貴様! 満州の確保は、我が国に自給自足の経済圏を確立する唯一の道だ。華族のお嬢様にはわからんのか!」
吠える石原。私は鼻で笑って差し上げました。
「極東ロシアに資源も市場もあり、既に日本は涼宮の主導で自給自足の体制を築きつつありますのに? まさか、シベリアに資源がないとでも?」
「馬鹿な! あんな辺境の地に資源などあるものか!」
「何故あなたがそうと言い切れるのかしら? ・・・ご自分の妄想が壊れるのが怖いだけでは?」
「シベリアに資源など、誰が信じる!」
「そのシベリアを治めるアナスタシア様と、個人的にティータイムを嗜む私が申し上げているのですわ。信じないことの方が不自然ですこと」
石原は絶句した。芳子もまた、驚愕に目を見開いていた。だが、理性的な光を失わない芳子と、自分の世界に閉じこもった石原。差は歴然だった。
「・・・他に、満州国立国に不利な点は?」
芳子が身を乗り出した。
「お、おい、貴様・・・!」
「お黙りなさい! 仮にも皇族の前よ。そしてこの方は、貴方の国の華族でしょうに!」
皇女の気迫に押され、石原が唸るように押し黙る。
「張作霖を消せば、蔣介石とのバランスが壊れますわ。そもそも張は既に日本の傀儡。彼がアメリカ資本を求めたのは、我が涼宮から莫大な支援を受けている蔣介石に対抗し、対等になりたかったからに過ぎません」
「なにっ!? 涼宮が蔣介石を支援しているだと!? 利敵行為ではないか!」
「あら? 一兵も損なわず、満州の利権だけを日本が頂いておりますわ。どちらが利敵行為かしら?・・・無用な火種は困るの。とっとと失せて頂けます? 貴方は自己顕示欲が強すぎる、少々知恵が回るだけのおバカさんですわ」
「貴様ぁ!! ワシを馬鹿にするのか!!」
石原が激昂し、立ち上がってしまった。
「・・・どうやら、知られたからには始末するよりないようだな。この階はすぐに関東軍の守備兵に囲まれる。生きて日本へ帰れると思うなよ!」
「まあ、怖いですわ」
私はわざとらしく頬に手を当てた。
「ですが、私の兄様に石原様と密談してきます、と申し送りしておきましたの。兄様が私を見捨てるとは思えませんことよ」
「涼宮蒼一郎か! あの忌々しい海上国家論の男・・・! あいつなら今頃、欧州視察に旅立ったばかりだ。ワシを舐めるな、手は打ってある!」
石原が勝ち誇ったように笑った、その時。
「そこまでだ、石原。我が妹・・・いや、涼宮家当主への狼藉、看過できん」
重厚な扉を蹴破り、憲兵隊を引き連れて現れたのは、凛々しい軍服姿の——蒼一郎兄様。
「な、何故だ! お前は今頃欧州行きの船に・・・!」
「私は本来、妹思いのシスコンでね。欧州視察を蹴り飛ばすくらい、造作もないことだ。お前のような自己顕示欲の塊と一緒にしないでくれ」
兄様の指示により、石原の伏兵は制圧され、彼自身の口で爆殺計画も明らかになった。兄様は満足げに私を見る。どうやら一樹に対抗して、私への加点ポイントを稼ぎたかったようですわね。
・・・それにしても。
「た、鷹尾・・・助けてくれ、足が痺れて動けん・・・」
緊迫した空気の中、部屋の隅のクローゼットから、情けない声が漏れる。万が一の護衛として潜んでいた我が夫、一樹。・・・ですが、長時間潜みすぎて完全にお荷物となっていた様ですわ。
「仕方ありませんわね・・・。兄様はプロの軍人で、旦那様は腕がいいだけのお医者様ですから。・・・お小遣い三十パーセントカットで許して差し上げますわ」
私は、膝をつく夫と、呆れる茜を尻目に、悠然と次の紅茶をオーダーをするのでした。
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