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涼宮鷹尾の歴史改変日誌~令和のアラサー女子、明治の時代に転生して無双する。電子の技術は最強です!~  作者: 島風


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56柳条湖事件1928その1

1928年6月。 初夏の風が吹き抜ける涼宮邸のテラスで、私はその時を待っていた。


私の知っている史実では、この月、日本が暗黒の昭和史へと足を踏み出す決定的な一幕となる事件が起きる。


――張作霖爆殺事件。


史実では、一人の軍閥指導者の暗殺を機に、関東軍という名の怪物が生まれる。『お国の為なら、軍の独断専行も許される』そんな傲慢な風潮が、陸軍全体を侵食していく先駆けとなった事件。


この負の連鎖に楔を打ち込み、日本の破滅を止めるには、実行犯である河本大佐をはじめとする関係者に、例外なき厳しい断罪を突きつけるしかない。


だが、現実は皮肉だった。 時の首相、田中儀一。元陸軍大将という肩書きを持つ彼は、自らの支持母体である陸軍のもみ消し工作に、その身を委ねてしまう。


「関東軍は爆破には無関係と判明致しましたが、警備上の手落ちにより責任者を処分致します」


そんな見え透いた嘘で幕を引き、河本大佐には警備責任という名の甘い処分を与えて予備役へ逃がす・・・。 それが、田中首相の選ぼうとしている道。


けれど、彼は知らなかった。 その不誠実さが、最も怒らせてはならない人、すなわち陛下の逆鱗に触れることを。


「田中首相とは、二度と会いたくない」


陛下からの冷徹な拒絶。信任を完全に失った田中内閣は崩壊し、政党政治の命運はここで一度、尽きかける。 これが後の五・一五事件へと繋がる、民主主義の死滅への第一歩。


「・・・そんな悲劇のプロローグ、私が書き換えさせてもらうわ」


私は手元のティーカップを静かに置いた。 治安維持法による言論統制。最後の砦である政党政治の消滅。


だが、この世界線の盤面は違う。治安維持法は成立せず、大正デモクラシーの息は今も健在だった。


その上、東帝政ロシアの存続により、満州の王・張作霖は健在。南京の蔣介石とも拮抗し、中国大陸は危うい均衡を保っている。張が死ぬ理由など、どこにもないはずだった。


だが、関東軍が何もしないのか? という話になるが、答えはNOだ。我が涼宮の戦略研究所の解析では、いずれ関東軍は事を起こす。その手段は自作自演の満鉄爆破だろうと結論付けられていた。


「それでも、あの連中は満州は日本の生命線という妄執を捨てられないのね」


私は手元の紅茶を一口含んだ。 関東軍。彼らは蒼一郎兄様の唱える海洋国家論を無視し、ブロック経済化の荒波を乗り越えるには満州の自給自足圏化こそが不可欠だと信じ込んでいる。自分たちの暴走が日米関係を破綻させようとも、海軍がなんとかするだろう、という無責任極まりない身勝手さで。


実は、私が出資しているシベリアの開発が進めば、石油も鉄鋼石も、そしてウランやタングステンさえも日本は手に余るほど確保できる。だが、その事実は伏せられている。皮肉にも私が隠している東帝政ロシアとの密約が、彼らの飢餓感を煽っている側面もあるのかもしれない。


けれど、だからといってテロと同義の自作自演で他国の主権を侵すことが許されるはずもない。私は介入を決意していた。蒼一郎兄様に命じ、不穏な動きを見せる河本大佐らの監視を徹底させていたのだ。


だが、私はあえて爆破そのものを止めはしなかった。毒は一度吐き出させ、それが致命的な猛毒であることを白日の下に晒さねばならない。軍部の甘い愛国心が、陛下を、そして国民をどれほど激怒させるか。その事実を骨の髄までわからせるために。


そして、運命の時の針が動き出した。


「鷹尾! 満鉄が爆破されたぞ!」


アポイントメントもなしに、蒼一郎兄様が血相を変えて飛び込んできた。開口一番の絶叫。私は優雅にカップをソーサーに戻し、落ち着いた声で返した。


「お兄様、ご挨拶も早々に。騒々しいですわよ」


「鷹尾! お前が懸念していた事態が起きたんだぞ。それなのに、なぜそんなにのんびりしているんだ!」


「兄様。私が今すぐ行うべきことは何もございません。田中首相と会談する予定ですが、その前にまずは証拠を固め、そして・・・陛下から厳しい追及を首相に行ってもらわねばなりませんから」


私は静かに、再び紅茶を啜る。その透き通った琥珀色の水面を見つめる私の瞳に、兄様は気圧されたように言葉を失った。


「・・・つまり、私は全力を挙げて現場の証拠を集め、報告をまとめろということか」


「ご名答でございます。お兄様、こんなところで油を売っていないで、さっさと尽力してくださいな」


「ひどい言い様だな、鷹尾」


兄様は苦笑いしながらも、その瞳には鋭い光が宿っている。要領のいい彼のことだ、既に監視チームを動かし、実行犯の特定も現場保全も済ませているはず。涼宮が誇る最先端の電子通信システムを使えば、半日もあればすべての証拠は私の手元に届くだろう。


「・・・酷い役回りだ」


そう零しながらも、兄様はそそくさと陸軍省へと向かっていった。彼を見送る私の背中には、冷ややかな憤りが渦巻いていた。


「・・・私、どこかで関東軍の皆様にも、良識というよりは常識の欠片くらいはあるのではないかと期待しておりましたの。ですが、残念。その欠片すら無いことが証明されてしまいましたわ。少々、腹立たしいのです」


独りごちた言葉は、静かな部屋に冷たく響いた。他国の権利を弄び、お国の為という美名で欺瞞を弄する。その愚かさを、私は決して許さない。


「それにしても、張作霖も蔣介石も・・・悪辣ですわね」


ふと、呟く。関東軍の狙いは、この爆破を機に兵を送り、張作霖の奉天軍を力ずくで排除することだ。史実より精強な軍勢を相手に、躊躇いなく衝突へ突き進む彼らの姿は、蛮勇を通り越して狂気でしかない。


彼らが張を排除しようとするのは、彼の日本離れが加速しているから。既に満鉄には米国のモルガン資本が入り、欧州との接触も深まっている。張は日本を振り払い、真の独立を目論んでいた。その心情は理解できなくもない。自国の権益を他国に支配される屈辱は、どの国にとっても耐え難いものだ。


だが、だとしても。


「ここは張にも釘を刺しておきませんと。誰のおかげで彼が王となり得ているのか・・・物理かねの法則をもって、再教育して差し上げましょう」


聞き分けの良いお利口さんの蔣介石に比べると、少々残念な北京政府の王。彼には、ちょっとした悪戯おしおきをして、事を荒立てる真似を控えさせておかなければ。


ですが、その前に。 まずは、残念な首相の愚かな行動を止めて差し上げなければなりませんわ。


私は受話器を上げた。 接続先は、皇居。陛下との直接のホットラインだ。


「・・・陛下。これより、日本の民主主義を盤石なものにさせるためのディールを始めますわ」

張作霖爆殺事件;1928年に史実で起きた爆殺事件。奉天の王を殺害し、混乱に乗じて関東軍が満州への更なる支配を強めようとした暴挙。


柳条湖事件;1931年に起きた自作自演の鉄道爆破事件。この事件をきっかけにして満州事変となる。


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