54涼宮財閥の現状1926
豪華客船『箱根丸』のデッキに、私の絶叫が木霊した。 見渡す限りの青い海、吹き抜ける潮風。本来なら優雅な船旅のフィナーレを飾るシーンのはずなのに、私の手にある一冊の雑誌がすべてを台無しにしていた。
ロンドンでチャーチルさんを(物理じゃない方法で)説得し、一週間ほどの滞在で不動産や利権を買い漁るという「淑女のショッピング」を満喫しての帰り道。マルセイユで何気なく買った雑誌に、それは載っていた。
「・・・ちょっと、これどう見ても私よね? 淑女のビキニ姿を無断で載せるなんて、フランス人の倫理観はどうなってるのよ!」
戦慄する私に、控えめに、しかし冷静にメイドの茜が告げる。
「お嬢様。どうやら発信源はアメリカのようです。背景から推測するに、ハワイでの・・・」
「やっぱりあの一件!? まさか、一樹が売ったとか?」
「一樹様に限ってそれはないかと。それに・・・わたくしの写真も流出しているようですし。お嬢様にそんな仕打ちをなさることはあっても、わたくしにまでその様な酷い真似はなさらないはずです」
なんで茜にはしないって断言できるのよ。それ、暗にお一樹が私をオモチャにしてるって認めてない? このままじゃロンドン界隈でも、あのアバンギャルドな東洋の令嬢、実は・・・なんて掲載されるのは時間の問題だ。
「お嬢様、涼宮財閥のレポートが届きました。・・・おや、それは?」
ナイスタイミングで現れたのは、我が財閥の番頭、善十郎だ。私は彼に雑誌を突きつけた。
「善十郎、いいところに来たわ。この雑誌、なんとかして。・・・わかるわね?」
「ほう、これは・・・。いけませんな。お嬢様のような高貴な方のお写真が、このような扱われ方とは」
「このままじゃ私の品格に関わるわ。丸投げするから、全力で対処しなさい!」
「承知いたしました。この老骨にすべてお任せを」
善十郎に雑誌を押し付け、私は届いたレポートに意識を切り替えた。
結婚前に設立した『戦略研究室』と『技術開発部』。 前者は世界中の情報を集めて軍事バランスをシミュレーションし、後者は私の未来の知識をブーストにして電気・電子技術を極秘裏に進化させる組織だ。
「あら、ブラウン管の実用化に漕ぎ着けたのね」
浜松高等工業の高柳健次郎氏への支援が実を結んだ。史実より10年以上早いテレビジョンの完成。特許を固めてアメリカに売り込めば、莫大な外貨を稼ぎ出す主力製品になるだろう。
「・・・そろそろトランジスタの輸出規制も考えなきゃ」
すでにLSI(大規模集積回路)の目処まで立っている我が社にとって、旧時代の遺物であるトランジスタすら門外不出にしているのは宝の持ち腐れだ。電子戦兵器のプレゼンとセットで、これを敵が持ったところで大した脅威じゃないと海軍を言いくるめてしまおう。
他にも課題はある。スバル電気事業部の低迷、そして涼宮造船や今治、播磨といった造船部門の冷え込みだ。 世界的な不況の波を乗り切るには、高橋是清様の積極財政の波に乗るしかない。ワシントン軍縮条約の制限外である駆逐艦、そして1,000トン以下の海防艦を大量発注させれば、中小の造船所まで仕事が回るはず。
そんな野望を練りながら、私は2ヶ月ぶりに日本の土を踏んだ。
「おーっ! シャバの空気はうめえええ!」
「お嬢様、はしたないですよ」
「いいじゃない。やっぱり日本と海外じゃ、肌に合う空気が違うのよ」
茜のたしなめを適当に受け流していると、彼女がそっと一冊の雑誌を差し出してきた。
「お嬢様。善十郎が例の件を改善いたしました。こちらをご確認ください」
「例のビキニ写真の件ね? 流石は善十郎、全在庫を回収して焼却処分でもしたのかしら」
受け取ったのは、日本で発行された最新のカラー雑誌。パラパラとページをめくった瞬間――私の思考は停止した。
「・・・なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
二度目の絶叫。そこには、回収されるどころか、美麗なカラー印刷でグラビアを飾る私の姿があった。ハワイのビキニどころか、マジェスティック号のデッキでくつろぐ写真まで。おまけに詳細なプロフィールと、なぜか寸分の狂いもないスリーサイズまで掲載されている。
「善十郎! 改善ってこういう意味じゃないわよ! 誰が私をアイドルにしろって言ったのよーっ!」
日本の青空の下、私の悲鳴だけが虚しく響き渡った。
涼宮財閥レポート抜粋
スバル
電気事業部 業績不振 軍用トランジスタ通信機独占、民間用真空管式ラジオや通信機がいまいち
自動車事業部 業績良好 スバル360が北米でバカ売れ。新車両を開発中。
航空機事業部 業績良好 軍事が好調。民間用航空機スバルリーゾナル2も開発中。
涼宮石油 業績良好(オハ油田は樺太南端までのパイプライン完成、遼河油田は現状満鉄とタンカー併用、パイプラインは建設中)
涼宮製薬 業績良好 ペニシリンの世界シェアナンバー1
涼宮銀行 業績良好 増資と、どさくさに紛れて多くの中小銀行を吸収。鈴木商会から頂いた企業に対応できる規模に調整
涼宮造船 業績不振 東ロシア需要の低迷のため
今治造船 業績不振 東ロシア需要の低迷のため
鈴木商会からありがたく乗っ取らせて頂いた重点企業
涼宮商会(旧鈴木商会) 業績好調、確かに社員は優秀だった。
旭石油 業績良好、ライジングサン石油(後のシェル)と技術ライセンス契約。精製技術、潤滑油用技術に注力する。(出光さん、代表就任)
播磨造船所 業績不振 東ロシア需要の低迷のため
神戸製鋼所 業績良好 オハ油田、遼河油田用パイプを大量生産
帝國人造絹糸 業績良好 化学事業部創立、茜の旦那、三菱ケミカルと技術ライセンス契約締結
金融恐慌で鈴木商会以外から乗っ取った会社
愛知機械工業 良好 機雷や魚雷発射管の製造など、(旧愛知航空機)
新明和製作所 良好(旧川西機械製作所)
豊田自動車 良好 スバル製エンジンで自動車製造開始(旧豊田自動織機製作所)
小松製作所 良好 建設機械用重機開発中、スバル製戦車の製造委託
油研工業 良好 小松への油圧機器開発
内田油圧 良好 小松への油圧機器開発
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