46鈴木商会
1927年3月。史実の取り付け騒ぎは未然に防いだが、まだ課題は山積している。鈴木商会の一億円もの負債を涼宮家で救済する、という提案。不良債権の半分が処理できるとはいえ、同額の不良債権が金融機関に内在している可能性が高い。不良債権は、金融機関の機能不全を引き起こす。
銀行は「人から預かったお金を貸し出す」のが仕事だから、それが返ってこなければ、新たな貸し出しはできない。新規融資の停止、無理な回収(貸し剥がし)が横行する事態に陥るだろう。この解決策は、国費で不良債権を買い入れ、処理するより他にないのだ。
このメカニズムが解明されたのは、リーマンショック、いわゆる世界金融危機の時。当時のアメリカ中央銀行FRB議長ベン・バーナンキ氏は、リセッション(景気後退)研究の第一人者であり、機能不全に陥った世界の金融機関、その中心であるアメリカの金融機関に国費を投じて、この危機を解消した。
現状、銀行の連鎖倒産は見られないが、何かで暴発すれば、史実と同様の惨状となるだろう。それを防ぐには、高橋是清様に頼るしかない。高橋様は未だケインズ理論が世に出る数年前に、この理論を実践した正しく天才。
その上で後日、世界金融恐慌の際に彼が実施した積極財政(安定化政策)と金融政策(低金利政策)を前倒しで実施。
現在の日本の国力では無理筋な話ですが、今の涼宮にはアナスタシア様から、ちょろまかした・・・いえ、頂戴したありがたい原資があります。金塊10トン程度を献金し、国債発行による資金源としていただくのです。高橋是清様がこの考え方を理解してくださるかは不明ですが、もし快諾してくださるようであれば、来年以降も毎年5トン程度の金塊を献金するつもりです。インセンティブがあれば、意見に同意できずとも、承諾してくださるでしょう。私が日本を想う心は、高橋様も同じはずです。
しかし、高橋様との面談を希望している最中、来訪者が現れた・・・鈴木商会の大番頭、金子直吉氏。
「お願い致します。どうか鈴木を救ってください! どうかお願い致します!」
「金子さん。お気持ちはお察ししますが、涼宮に何の利益がありますの? 破綻してからめぼしい企業は買い叩けばいいではありませんか?」
「それでは、ハイエナのような財閥に食い散らかされてズタズタになります! 不動産や利権だけを買い叩かれ、社員は路頭に迷ってしまう!」
「我が涼宮も財閥の端くれですわ。それに、商社の本分を弁えず、あちこち手を広げすぎた鈴木の経営の問題でしょう? 経営者ならば、ご自身で何とかしなさいまし」
私はできるだけ冷たい声で言った。この男は、路頭に迷う社員の心配をしている。正直、同情はできる。しかし、それでもこのような事態を招いた責任は免れない。責任者とは、必要な時にこそ責任を取るべき存在です。安易に引き受けることなどあり得ない。
「もちろん、タダでとは言いません。鈴木商会の系列の優良企業を全て無償で差し上げます。鈴木が破綻した後でも残る会社もたくさんございます。それらを差し出します!」
「タダより高いものはありませんわ。鈴木を救うということは、台湾銀行にある不良債権、約一億円を肩代わりしろということになります。一見、美味しそうに見えても、対価が大きすぎますわ」
「やはりご存じでした・・・か」
私は努めて冷静沈着を心がけました。金子氏は項垂れていますが、しかし。
「涼宮には対米輸出で得た膨額のドルと、ロマノフ王朝の金塊がある、ともっぱらの噂です。もしそれが本当なら、安い買い物ではないのですか? うちの子会社は優秀な社員ばかり、製品も優秀です。この危機を脱すれば、必ず涼宮を助ける・・・・・・ことに」
「つまり、鈴木は涼宮に身売りする、と? そう言う理解で宜しいですか?」
「・・・は・・・い」
小さな声で金子氏は頷きました。涼宮に身売りするということは、鈴木商会の本体の経営権すら渡す、ということになります。
「負債一億円の対価は何ですか? それを説明してくださいまし。もし、貴方が私を納得させる対価があるなら、再考します」
「社員です! 我が社の社員は財産です! 彼らは必ず涼宮を日本最大の財閥に押し進める人材なのです! 悪いのは、ワシら経営陣や。あいつらに責任なんてないんです!」
最後に、関西弁が出てきました。おそらく私の雰囲気から、ダメ元の一縷の望みをかける一方、説得力に欠ける対価だと思ったのでしょう。・・・ですが。
前世で社員を駒としか思わず、使い捨てが当たり前だった経営者達に比べて・・・私の心には響きましたわ。
「いいでしょう。鈴木商会の負債、一億円、我が涼宮が買い取りましょう。・・・ただし」
「ただし?」
私はぐっと一呼吸をおいて、切り出しました。
「鈴木の負債の原因は、第一次世界大戦で売り捌きそこねた資材だけではありません。たくさんの子会社が終戦に伴い、業績が悪化。赤字子会社の資金繰りから出た負債が大半、そうではありませんこと?」
金子さんはブルブルと震えています。事実だからでしょう。私は最後通牒を叩きつけました。鈴木の不良債権を処理するだけでは、鈴木の関連会社を救うことはできません。根本的な治療をしないと、再建は無理なのです。
「図星のようですね。対価が赤字経営の社員となる・・・と」
「そこを何とか、お願いします! 悪いのはワシらなんや! お願い致します!」
「条件を呑めば助けます。ですが貴方にとっては身を斬られるより辛いことですわ。それでも我が涼宮に助けを求めますか?」
「何でも・・・何でもします! 社員のためなら、どんなことでも!」
「ならば・・・人員整理を至急進めてください。それが条件です」
「そ、そんな殺生な!」
リストラ。鈴木の子会社に必要なのはそれです。肥満化した身体をすっきりさせれば、再生も可能。いくら鈴木が大幅な融資を受けたとしても、景気が向上する前に、多額の負債が増えるだけです。私は心を鬼にして言った。
「貴方の優秀な社員に罪はありません。それでも全社員を救うことができないことは、理解されているでしょう。それとも私には、社員を切る、身を切る行為を平然と行える冷徹な人間とでも思っているのでして? 責任者である貴方達が行ってくださいますよう。人員整理が済んでから、貴方達経営陣は辞めることが初めてできましてよ」
「・・・そ、それで大勢の・・・社員が救われる・・・なら。一度帰り、社で相談します」
鈴木商会は私の条件を呑んだ。いくら資産を大量に持つ涼宮とはいえ、赤字経営の子会社を多数抱えることはできない。いいえ、赤字経営の会社に、存在の意味はない。心を鬼にして、社員を切る。それが責任者の務め。そして、終わった後、責任を取るのも責任者の務め。それができるなら、鈴木商会は名を変えても存続しうる、私はそう思った。
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