44原子力開発開始
「お嬢様、早速お粗相などしておられませんでしょうね?」
屋敷の玄関で、完璧なメイド服に身を包んだ茜が、獲物を見つけた猛禽のような視線で私を射抜いた。二カ月ぶりの再会だというのに、彼女の第一声は相変わらずの手厳しさだよ。
「茜、久しぶりに会う主人へ投げつける言葉がそれなの?」
呆れた私に、隣の一樹が困ったように眉を下げた。
「相変わらず、仲がいいのか悪いのか分からない二人だな」
「仲なんて最悪よ! この女、行き遅れてたからいつも私に当たるんですもの!」
私が冷たく言い放つと、茜は子供のように頬を膨らませた。
「お嬢様のお陰で行き遅れたんですよ! 誰のおかげだったと思っているのですか!」
まったく、このメイドは。独身を貫くかと思いきや、唐突に三菱の次男と結婚し、今は岩崎家のお屋敷で新婚生活を送っている。対する私は、一樹と婚約したばかり。彼の新生活を慣れさせるため、涼宮の屋敷に住んでもらっているのだ。
そんな彼女が、休暇を終えて今日から復帰した。そして今日は、茜の嫁ぎ先である岩崎家のご実家へ挨拶に伺う日でもある。
「二人共、本当に姉妹のようだ。見ていて微笑ましいな」
一樹の生温かい言葉に、私と茜は顔を見合わせ、完璧にシンクロした咆哮を上げた。
「「どこがっ!?」」
あまりの剣幕に、一樹が数歩後ずさる。
「茜、貴女が第一声から私を問題児扱いするからいけないのよ?」
「事実でしょう。お嬢様は毎日のように問題発言をされています。先日も、蒼一郎様とクラスター爆弾の件で大喧嘩になったではないですか」
「あれはお兄様が大人げないだけですわ」
「クラスター爆弾で一気に大量の兵士を殺戮した方が効率が良い、なんて豪語する妹に、兄として怒るのが普通の反応です!」
「茜だって、あの時は私の意見に賛成してたじゃない!」
捨て身の反撃に、茜は顔を真っ赤にして叫んだ。
「あれはお嬢様に感化されて、一時的に人としての心を失っていただけです!」
「それじゃあ私が常に人の心を失っているみたいじゃないの!」
茜のバカ! 一樹の前でそんなこと言わないで! 最近の私は「おしとやかな令嬢」という猫を何枚も被り、彼に理想の婚約者だと思われようと必死なのだ。このサイコパス疑惑をどうやって隠せというの?
「鷹尾、お前・・・本当にそんな事を言ったのか? お前らしいかもしれんが・・・」
一樹の困惑した問いかけに、私は慎重に言葉を選んだ。
「・・・にい。例えば、千人の味方を救うことと、敵兵百人を害することを天秤にかけた時、どう考える?」
「それは・・・難しい議論だが、鷹尾にも深い熟慮があっての発言か? お前は決して――」
「いいえ。お嬢様は効率重視、一時間あたり何人殺せるか RTAが最重要だと常に仰っております」
被せ気味の茜の追撃に、一樹は絶句した。私の全身から、ドバァーっと嫌な汗が噴き出す。
「――ぁああぁああッ! ちくしょおぉおおおおッ!」
言ったわよ! 確かに言ったけど! 私の婚約をぶち壊そうとするのはやめて! どうする、どうすればこの場を切り抜けられる――!?
「――茜さまぁあああ! 申し訳ございませーーーーんッ!」
私はプライドをドブに捨て、渾身のダイビング土下座を披露した。
「は・・・はぁっ!?」
「す、すいませんねぇ、へへっ、茜様。お荷物お持ちしますので、どうか、どうかこの話はここらでお引き取りを・・・」
揉み手せんばかりの勢いで媚びる私に、茜は不思議そうに小首を傾げた。
「しかし、お嬢様。新作のタルトを岩崎家までしっかり持ち、お供するようにとご自身で命令されたのでは?」
「都合の悪いことはいつも誤魔化すから、話を合わせてっていつも言ってるでしょ!」
「・・・鷹尾・・・ガチじゃん」
あ・・・。先日教えたばかりの「令和の表現」を、一樹兄が呟いた。オワタ。私の「可愛いお嫁さん計画」は、一瞬にして瓦解した。
「・・・もう、こんなやり取りもできなくなりますね、お嬢様」
ふと、茜の声に寂しさが混じった。
「何でよ? 旦那のお屋敷からだって、通勤に困る距離じゃないでしょ?」
「実は・・・早々、赤ちゃんが。ですので、いずれお暇を頂く予定なのです」
「・・・! 本当? 良かったわね・・・それで、何ヶ月なの?」
「一ヶ月だそうです。ですから、もう、身を引くしか・・・」
なんだ、そんなことを気にしていたのか。私が、そんなことで彼女を手放すとでも?
「幸せになってね。まあ、茜が不幸になるのを見るのも・・・それはそれで楽しいかもしれないけど(笑)」
ついつい本音が、いえ、精一杯の照れ隠しが漏れてしまった。
「いい根性をなされてますね、お嬢様?」
茜の視線が、再び私を射抜く。
「何ですって? メイド風情が、華族のエリート令嬢である私に文句でもあるの?」
強がって見せると、茜はニヤリと不敵に笑った。
「さっきから、お嬢様が一樹様にその正体がバレないように必死だったこと・・・全部バラして差し上げましょうか?」
「な、なにをーっ! とにかく! 茜はさっさと子供を産んだら、また我が家にメイドとして復帰しなさい! 命令よ!」
「え?・・・お嬢様?」
驚いた顔をした茜が、私に抱き着いてきた。・・・と思ったら、そのままガッチリと羽交い締めにされ、首を極められた。
「ギ、ギブ、ギブ! 茜! 殺される、死んじゃう!」
「ははは、お前たちは本当に面白いね。とても微笑ましいよ」
一樹兄が、私たちの「じゃれ合い(命懸け)」を温かい目で見守っている。・・・にい、助けて。
結局、茜の関節技で死にかけつつも、私たちは手土産のタルトを持って岩崎家へと向かった。なぜか一樹兄も同行し、通された広い座敷でしばらく待たされる。
「よく来てくれた、涼宮家当主鷹尾さん。早速だが・・・貴女は『原子力』についてどう思うかね?」
岩崎家の当主からの、あまりに唐突な問いかけ。私は、思考を巡らせるよりも先に、反射的に答えてしまった。
「1905年にアインシュタインが相対性理論を発表しております。核分裂と核連鎖反応を人為的に起こす原子爆弾を開発すれば、極めて効率良く敵国の人間を抹殺できま・・・あ!?」
しまった。またやってしまった。
「・・・茜さんの言う通りだ。類まれな頭脳だが、少々倫理観が・・・アレだな」
当主の言葉に、一樹兄が引きつった苦笑いを浮かべる。
「左様でございます。お嬢様は何処に出しても恥ずかしくない『サイコパス』でございますから!」
ドヤ顔で宣言する茜。やめて、それ全然褒め言葉じゃないから! 可愛い涼宮家の令嬢を演じるつもりが、外堀から内堀まで完璧に「サイコパス認定」されてしまった。
その後、話は急転直下、我がスバル社と三菱名古屋との技術提携の話へと進んだ。もちろん快諾だ。貴重なリソースを効率良く使うため、発動機などの開発を分担できるのは願ってもない。史実では名航が量産に追いつかず、中島飛行機が零戦の主力生産を担った歴史がある。今のうちから体制を整えておくのは合理的だ。
実のある話はできた。国家の未来に資する提携も結べた。けれど、一番大切なものが、音を立てて崩れ去った気がする。
返せ、私の「可愛いお嬢様像」を・・・! 私は帰途の車中、夕焼け空を見上げながら、心の中で毒づき続けるのだった。
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