表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
涼宮鷹尾の歴史改変日誌~令和のアラサー女子、明治の時代に転生して無双する。電子の技術は最強です!~  作者: 島風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/64

41西田税

「兄様、ご協力いただきありがとうございます。おかげで舞台が整いましたわ」


私がそう告げると、蒼一郎兄様は軍服の襟を正しながら、怪訝そうに眉を寄せた。窓の外、応接室へと続く廊下に視線を向けたまま、低い声で問いかけて来る。


「陸軍の後輩を招くことくらい、造作もない。・・・だが鷹尾、ヤツは皇道派の思想家だ。何を考えている?」


「私はただ、彼の思想を正しく教育して差し上げたいだけですの」


「教育、だと? 鷹尾、君は彼が未来で何か重大な事件を引き起こすと確信しているようだが・・・思想家の信念というやつは、そう簡単に説得できるものではないぞ」


兄様の忠告に、私は冷徹な微笑を浮かべた。


「・・・よろしいですか、お兄様。確かに男の信念というものは、金で買えるほど安くはありませんわ。ですが、男の『活動』は金がなければ一歩も進まないのです。彼が北一輝の理想を語るための原稿用紙一枚、ペン一本、コーヒー一杯に至るまで、すべてには活動資金が必要です」


私は一度言葉を切り、紅茶を一口含みました。


「とある実業家が彼に共鳴して資金を出しておりましたが・・・その程度の財力、涼宮財閥の一日の利益にも及びません。テロリストの教祖といえども、資金が枯渇すれば、ただの『口うるさい理想主義者』に成り下がりますもの。命を奪うより財布を奪う方が、よほど淑女らしい解決策だと思いませんこと?」


「鷹尾・・・まさか、何をしたんだ?」


「ふふ、大したことではありませんわ。彼のパトロンである葛城茂様に対し、当家の圧倒的な資本力で少しばかり『介入』しただけです。彼を『維新のスポンサー』から『涼宮のビジネスパートナー』へ転換させ、彼への資金供給を完全に止めさせたのです」


「なるほど・・・。ヤツは純粋だが、皇道派というより北一輝の影響が強すぎる点が、参謀本部でも危険視されているからな。統制派が主流のあそこでは、ヤツのような存在は火種でしかない」


「統制派は統制派で、その思想にはいささか問題がございますわ。ですが、永田鉄山様・・・彼のような理知的な方が生きていれば、無謀な対米開戦もデータに基づき、慎重に回避されると信じたいですわね」


私の口から出た「未来を予見するような言葉」に、兄様がぎょっとした顔をした――その時でした。


「お嬢様、お客様がお見えです」


「お招きいただき、ありがとうございます。敬愛する涼宮大佐にご招待いただけるとは、まさに感激の極みです」


扉の向こうから現れたのは、折り目正しい軍服に身を包んだ一人の青年でした。


「・・・ところで、そちらのお嬢さんは?」


「涼宮蒼一郎が妹、鷹尾にございますわ」


私は完璧な淑女のカーテシーを披露し、花が綻ぶような笑みを向けた。


「これは・・・ご丁寧な挨拶、痛み入ります。自分は西田税と申します。涼宮大佐殿には日頃から大変お世話になっております、鷹尾嬢」


彼は端正な顔立ちを綻ばせ、爽やかに笑った。 その瞳の奥には、後の「テロリストの教祖」としての片鱗など微塵も感じられない。史実では実行犯ではなく、北一輝の思想を軍内部に広め、青年将校たちを精神的に支配したカリスマ。


(・・・この人が、あの二・二六事件の火種になる男)


この世界線では、涼宮財閥の尽力によって東北の貧困はかなり解消されています。けれど、いつの世も地方の疲弊はゼロにはなりません。皇道派の将校たちは純粋すぎたのです。農村の妹たちが身売りされる現実に涙し、その元凶を『重臣や財閥』だと断定して、銃剣で解決しようとした。


・・・彼らが排除しようとした高橋是清様こそが、皮肉にも農村を救うための最善の策を練っていた恩人だというのに。


「まあ、立ち話もなんですわ。応接室へ行きましょう。うちのシェフが作ったショートケーキは、頬っぺたが落ちるほど美味ですのよ。楽しみにしていてくださいな」


「ありがとうございます。それは楽しみだ」


西田様をエスコートしながら、私はさりげなく目を向けた。


「それで、西田様。本日はどのようなご用向きで? お兄様は我が家では大切なお客様ですが、実務のことでしたら私がお話を伺ってもよろしくてよ」


「温かく迎えていただき恐縮です。・・・ですが本日は、当主である圭一郎様にお会いしたく参上いたしました」


その言葉が終わるか否か。 「はっはっはっはっは!」 兄様が堪えきれず、愉快そうに笑い声を上げた。


(・・・兄様、お人が悪いですわ。父様が当主を引退したのはつい最近のこと。世間の多くが、まだ私が当主だと知らないのを分かっていて導くなんて、悪辣ではございませんこと?)


私は足を止め、優雅に振り返った。


「西田様、あいにくですが現在の涼宮家当主は――この、私でございますわ」


「なっ・・・こ、これはご無礼を! 申し訳ございません、涼宮伯爵様!」


驚愕に目を見開いた彼から丁重な謝辞を受けつつ、私は自然な流れで彼をリビングのソファーへと促した。


彼の狙いは、間違いなく「新たな資金源」の確保でしょう。涼宮農業試験場を通じて東北へ多額の支援を行っている我が家は、彼にとって理想的なスポンサーに見えているはず。人を惹きつける魅力に満ちたこの「思想家」を、どう扱うべきか。


「そう言えば西田君、昨年は肋膜炎を患っていたが、無事に完治したのだな?」


兄様の問いに、西田は深く頷いた。


「はい。おかげさまで快復いたしました。そうでなければ、今頃は軍を去り、予備役となっていたことでしょう」


(・・・そう、それこそが歴史の分岐点)


本来なら彼は、暗い病室で絶望と理想を煮詰め、北一輝の『日本改造法案大綱』を若き将校たちに説く「教祖」とないるはずだった。けれど、この世界線では彼は健康なまま軍に留まっている。彼は歴史のバグとなったのだ。


彼らを力で抑え込むのは不可能。彼らは「陛下のため」「弱き民のため」という、純粋すぎて手に負えない正義感で動いているのですから。


思想の誤りは、思想で、あるいは圧倒的な現実で正すしかありません。 セカンドプランなら、いくらでも用意してありますわ。それがビジネス・・・いえ、歴史を修正する淑女のたしなみというものですもの。


「そう言えば、涼宮大佐の書かれた論文は素晴らしいものですね。軍内部でも評判ですよ」


運ばれてきたショートケーキに目を細めながら、西田が感心したように切り出した。


「兄様の書かれた例の論文ですか?」


「ああ。だが、あれは全部鷹尾の意見を丸ごと拝借した次第なんだがな」


兄様が事もなげに白状すると、西田は驚愕に目を見開いた。


「あの論文に涼宮伯爵閣下のご意見が・・・? 確かに、あの鋭い視点と先見性は、まるで未来が見えているのではないかと錯覚するほどでした。あの永田中佐も絶賛されていたと聞いております」


「君のような若手にまで永田中佐の声が届くとは思わないんだがな」


「兄様は永田様という方と親しいのですか?」


私がとぼけて尋ねると、兄様は頷きました。


「公務で懇意にしているよ。私は統制派でも何でもないが、彼はびっくりするほど頭の良い方だ。今度鷹尾にも引き合わせよう」


(ええ、存じておりますわ。私も彼を高く評価しています・・・けれど、その永田様を、いずれ西田達皇道派が暗殺してしまうのですわ)


私は冷めた思考で、西田の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「西田様。貴方は本当に兄様の論文に興味がおありですか? あれは純粋な軍事分野の論文に過ぎません。貴方の真の関心は――『金持ちから奪って国を正す』という理論。東北の貧困層を救う唯一の聖書バイブルだと信じている、あの本にあるのでしょう?」


「そ、それは・・・っ!?」


西田の顔から血の気が引いた。私は逃さず、言葉を畳み掛ける。


「西田様。北一輝様が記した『日本改造法案大綱』・・・あれは日本の国家リセット用設計図とも言えるもの。彼は天才的な扇動者ですわ。労働者の権利を謳う進歩的な面があるからこそ、理想に燃える若者は、その裏に潜む『独裁と暴力』という毒に気づかず飲み込んでしまう・・・」


私は紅茶のカップを置き、静かに、けれど逃げ場を塞ぐように語りかけた。


「私有財産を100万円に制限し、超えた分は没収? そんなことをすれば、涼宮が進める最新工場の建設も研究開発も、すべてが止まります。経済を『平等』という名の下に凍結させる。それは、国家としての死を意味します。あなたたちの考えをそのまま実行すれば、日本は死ぬのですわ」


「黙れ・・・っ! お前に何が解る!」


西田が椅子を鳴らして立ち上がった。その拳は震え、悲痛な叫びがリビングに響く。


「華族のお嬢様である貴様に、東北の地獄の何が解る! 今この瞬間も、私の親戚の、友人の娘や妹達が身売りに出され、花街で泥を啜って死んでいくんだ! 梅毒に蝕まれ、行くあてもなく路傍で朽ちていく彼女らを救わずして、日本の未来などあるものか!」


(解るわよ。痛いほどに・・・!)


令和の時代、孤児として育ち、就職氷河期の底辺で辛酸を舐めた私。明日のご飯が買えない恐怖を、私は知っている。お金のために自分の身を売りたくなるような、あの惨めな夜を。だからこそ、甘い言葉で破滅へ誘う思想を許せない。


「貴方たちの意見が通れば、涼宮財閥は一夜にして消滅。一樹叔父さんの病院も、私の工場も、すべて『国家』という名の怪物に飲み込まれます。人々は勤労の意欲を失い、富を築いた者は海外へ逃げ、資本は枯渇する。その『大綱』は、慈悲に見せかけて国家という精密機械を金槌で叩き壊すための説明書ですわ」


「西田君」 兄様が重々しく口を開きました。


「人脈を広げるのは好ましいが、軍人であることを忘れるな。それは貴様どころか、日本全体を破滅させる道だぞ」


「・・・大佐。あなたなら、理解してくれるものとばかり・・・」


西田は力なく崩れ落ちた。私は最後の一押しとして、優雅に紅茶を啜りました。


「西田様の、貧困層を救いたいという願い自体は私も同感です。だからこそ当家は東北支援を続けてきました。あの『大綱』は、思想として未来を先取りしすぎているのです。今、欧州にはソビエト連邦という国が誕生しようとしています。その行く末を、ご自身の目でご覧なさい。欠点を吟味し、誰もが受け入れられる形に昇華させるべきですわ」


西田の拳には、焦燥と、そして何より激しい葛藤が滲んでいた。 私は決めました。彼には涼宮の資金で欧州視察をセットし、「国際派将校」へと作り変えてさしあげましょう。


「・・・それでは、わたくしはこれでおいとまさせていただきますわ」


私は優雅に一礼し、混乱する彼を置き去りにして部屋を去りました。さて、欧州のどこに彼を放り込んであげましょうか。

西田にしだ みつぎ日本の陸軍軍人、思想家。北一輝の日本改造法案大綱の思想を陸軍将校に広めた二・二六事件の首謀者。


きた 一輝いっき日本の思想家、社会運動家、国家社会主義者。日本改造法案大綱の著者であり、労働者の主権、社会主義を強く主張。


永田ながた 鉄山てつざん将来の陸軍大臣と目された統制派の天才。


統制派 合法的な方法で列強に対抗する事を目指した一派。


皇道派 北一輝らの影響を受けて、天皇の下で革命を目指し、ソビエト連邦との対決を志向した意味不の一派。おおむね二・二六事件を起こしたやべぇ奴らの認識でOK。


読んで頂きまして、ありがとうございます。

・面白かった!

・続きが読みたい! と思っていただけたら、

ブックマーク登録と、評価(【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に)して応援していただけると嬉しいです。

評価は、作者の最大のモチベーションです。

なにとぞ応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
226事件がなければ、日本がアメリカに宣戦布告する未来ももう少し変わったんじゃないかと思ってる。 この国、忠義とか犠牲からくるテロをや旅化したがる傾向が強すぎるんだよなぁ…。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ