39関東大震災
1923年。私は23歳になった。 愛する旦那様? との間に授かった赤ちゃんは、もう一歳と三歳。目に入れても痛くないほど可愛い。
前世では孤独な孤児だった私の切実な願い――「普通の家族」が、ようやくここにある。旦那様は私を溺愛してくださり、毎日のように可愛がってくれるので、気づけば一男一女、理想的な家族構成だ。
(・・・でも、旦那様のこの熱烈な愛し方だと、将来的に子供が十人くらいできちゃいそう。これからの国難を考えると・・・よし、茜の旦那に合成ゴムの開発を急いでもらおう!)
もしアメリカと戦争になり、シーレーンが封鎖されたら天然ゴムは入ってこなくなる。未来の知識を持つ私には、やるべきことが山積みだった。 そんな思考の海に浸っていると、「お嬢様ぁー!」と元気な声が響いた。
「お久しぶりです、お嬢様!」
手を振って駆け寄ってきたのは茜だ。彼女もまた、二児の母。 私は自分の発案で、涼宮家やスバル、そして涼宮財閥の関連会社に「社内託児所」を設置させた。産休後の復職率は驚異の100%。涼宮グループはいまや、女性たちの憧れの的となっている。
「お嬢様、本当に・・・地震なんて来るのですか?」
「来ないに越したことはないけれど。私の知っている『歴史』では、今日なのよ」
私たちは今、日比谷公園にいる。関東大震災に備え、万全の準備を整えて避難してきたのだ。備蓄食糧も水もたっぷり。震災後の炊き出し準備まで済ませてある。
――そして。
「鷹尾、久しぶりだな」
「蒼一郎兄様!」
陸軍の休暇を取り、家族を連れて現れた蒼一郎
それにしても私の旦那様が一樹だとは・・・[顔に大きな傷があるわ、空気は読めないわ、サイコパスだわ]で、欠点だらけだと思ってるから! こんなのと結婚した私ってダメンズ好きなのかも(笑)
――そんなほのぼのとした空気の中、お昼時に「それ」は起きた。
「揺れてる!」
「地震だ!!」
未来の知識通り、大地が牙を剥いた。阿鼻叫喚の地獄。 政府には父や兄を通じて警告していたけれど、耐震基準の制定や現代的な地震対策までは間に合わなかった。多くの犠牲が出るだろう事実に胸が痛む。 ・・・けれど、私はこの時、最悪の事態に気づいていなかった。 一族が集まったこの場に、「お父様」の姿がないことに。
一週間後。
「当主様は建物の倒壊に巻き込まれ重傷を負われましたが、一命は取り留めました。・・・ですが」
「一樹、なぜそんなに他人行儀なの? あなたの執刀で助かったのでしょう? いつものようにドヤ顔をすればいいじゃない」
私の前で膝をつくにいは、いつになく真剣な表情だった。周囲には涼宮一族が勢揃いしている。
「当主様は、当分責務を果たすことができません。・・・そこで、鷹尾様に当主の座を譲ると。私にそう言い残されました。本日より、あなたが涼宮家の当主です」
一族に激震が走る。 私は震える心を抑え、毅然とした声で宣言した。
「わかりました。・・・一樹。今後、私が涼宮の当主として一族を率います」
一族との面談がひと段落すると、私はこれからの方針を少し考えた。
私が持つ「未来の知識」。 それをなぞれば、これからこの国には、逃れられぬ破滅の足音が次々と響き渡ることになる。
1927年:昭和金融恐慌
1928年:張作霖爆殺事件
1929年:昭和恐慌
1930年:世界恐慌/昭和農業恐慌
1931年:満洲事変
・・・・・・そして、1941年の太平洋戦争へ。
一連の流れの根底にあるのは、いつだって「経済不安」と「貧困」だ。 国民の不満が政党政治への不信に変わり、軍部の暴走を「英雄的行為」として容認してしまう。
特に張作霖爆殺事件。 他国の指導者を爆殺するなど、狂気の沙汰だ。スパイなら毒殺などで秘密裏に処理するものを、脳筋の軍人どもは派手にぶっ放し、案の定バレて国際的な孤立を招く。政治的センスの欠片もない。
けれど、希望はある。 現在、涼宮農業試験場が産み出した改良種や、茜の旦那の開発した「塩化ビニル」 によるハウス栽培は、東北の寒冷地を劇的に変えつつある。 最近では菌床栽培による「雪国まいたけ」の生産にも成功した。 1930年に予想されている東北の大冷害――その対策は、すでに完了している。
日本のGDPは、史実より五割も高い。 太田製作所の工作機械が日本の工業力を底上げし、安価で高性能な日本製品が世界を席巻しているからだ。
「・・・でも、これだけじゃ足りないわ」
次に狙うべきは、1930年代の世界金融恐慌への対応。 そのためには、ある人物に近づく必要がある。
[日本のケインズ]――高橋是清様。
まだケインズ理論すら確立されていないこの時代に、積極財政と金融緩和をやってのけた稀代の経済感覚の持ち主。 彼を蔵相の座に留め、支援すること。それが日本を救う鍵になる。
しかし、史実では張作霖爆殺事件の責任を取る形で、田中義一内閣とともに彼は表舞台から一時退くことになる。 つまり、私のやるべきことは明確だ。
昭和金融恐慌の火消しに走る高橋是清を、財閥の総力を挙げてバックアップする。
張作霖爆殺事件を、何が何でも阻止する。
軍部のポカで全てが台無しになることだけは避けなければならない。 実行犯の動きを察知し、物理的に排除する・・・。そのためには、裏の仕事にも長けた蒼一郎兄様の協力が不可欠だろう。
私は手帳を取り出し、淀みない筆致でこれからの計画を書き留めた。
「食えるようになれば、人は暴走を望まなくなる。・・・だるまさん(高橋是清様)、今度は死なせはしませんわよ」
冷えた紅茶を一口飲み、私は静かに立ち上がった。 華族の令嬢・・・にしては、いささか国を背負いすぎている気がしなくもないけれど。
「さあ、まずは蒼一郎兄様を捕まえて、軍部の『掃除』の打ち合わせかしらね」
ふふっ、と不敵な笑みを浮かべ、私は次なる一歩を踏み出した。
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