31シベリア出兵の異変
現在30話から35話まで工事中。
師走の喧騒に包まれた1918年12月、私は多忙を極めていた。山積する仕事の数々に、息つく暇もない。中戦車の開発、その車体を利用した自走榴弾砲の創出、そして履帯付きトラックの設計。これら全ては、シベリア出兵という未曾有の事態に対応するためのものだった。
シベリアでは、アナスタシア様を擁する白軍一派が沿海地方、そしてハバロフスクへの侵攻を開始。この事態に、シベリア出兵を行っていた日米両国は、混乱の渦に巻き込まれた。そもそも、両国の出兵目的は、ロシアに取り残されたチェコスロバキア軍の救出であり、白軍と赤軍との戦闘に関与する大義名分を欠いていたからだ。もちろん、日本もアメリカも、革命の混乱に乗じて、この地での権益確保を目論んでいたことは否めない。
さらに事態を複雑にしたのは、帝政ロシアの正統な後継者としてアナスタシア大公女を擁立した現地の弱小白軍に、アレクサンドル・コルチャーク将軍が参入したことだった。そもそも、アナスタシア大公女が本物であるかどうかすら疑わしい。ボリシェヴィキは皇帝一家の殺害を公表しておらず、当然、彼女を偽物と断定していた。
英仏両国は、シベリアでの利権確保が困難であると判断し、在留邦人の安全確保に努め、早々に撤兵することを決定した。しかし、日米の二国は例外だった。ウラジオストックに本拠地を置く新生帝政ロシアに与し、あわよくば権益を拡大しようという思惑を強めていたのだ。
アメリカを唆したのは、紛れもない私の策略だった。クリミア半島に滞在していたマリア皇太后を急遽日本に招き、アナスタシア様と引き合わせた。これが皇女が本物であるという証拠となり、同時に新生帝政ロシアの正統性が担保される。アメリカの駐日大使にも同席させ、その説得力は揺るぎないものとなった。
日米両国の狙いは、シベリア鉄道の権益だった。当初の協定を変更し、最大派兵数を八万にまで増員することで合意に至った。
私は伊藤博文様や渋沢栄一様といった人脈を駆使し、シベリア出兵への意欲を削ぐことに尽力した。しかし、最終的な決定打となったのは、戦地へ赴任される前に蒼一郎兄様がお書きになられた論文だった。それは、私が唱えていた地政地理学を海洋国家に限定し考察したもので、国境を接しない海洋国家も、大陸国家と同様に隣接国を支配、征服し、その脅威を排除するという画期的な着想だった。この理論は、海軍内だけでなく、陸軍にまで浸透していった。
つまり、日本が強国となれば、アメリカを敵に回すという、冷静に考えれば当然の結論。これまで日本海軍の仮想敵国はアメリカだったが、どのような状況になれば敵対関係となるのか、明確な理論は存在しなかった。海で隔てられているため、大陸国家のような地政学的要衝とはなり得ないという解釈から、あくまで大陸の利権を巡る争いの先にあると考えられていたのだ。
この論文が幸いし、史実とは異なり、日本は一万人にも満たない七千人の陸軍兵しか派兵していなかった。しかし、その状況は急変し、増派が決定された。
日米協議の結果、最大増派戦力各八万人、シベリア鉄道沿いにバイカル湖東部地域まで進出する運びとなった。
そして、その結果――。
「お兄様、また戦地に赴かれるのですね」
私の声には、隠しきれない寂しさが滲んでいた。
「鷹尾、私は軍人だよ。お国の為に戦うのは当然の務めさ」
兄様の言葉は、常に毅然としていた。
「でも、やっとフランスからお帰りになったばかりだというのに・・・」
私は、ようやく再会できた兄様との別れが辛かった。
「それだけ期待されていると思って欲しいな・・・それに・・・涼宮家の次期当主は鷹尾なんだよ。もっと毅然としないとね。そして、もう少し腹黒いことも覚えておいた方がいい」
兄様の言葉に、私は驚きを隠せなかった。
「腹黒い・・・?」
「ああ、鷹尾は純粋で単純すぎる。目の前の汚いものが見えていない。例えば、私が鷹尾の敵で、よしんば暗殺を企んでいたこと、考えたことはあるかい?」
私は呆然とした。今、お兄様は何とおっしゃった? 暗殺? 私を? なぜ?
「さっぱり解らないという顔だね。よく考えてごらん、次期当主は鷹尾に決まった。少し前まで、誰が候補だったかな?」
「お、兄様・・・?」
「そうだよ。私にとって鷹尾は、可愛い妹であると同時に政敵だったんだ。だから、鷹尾の本当の味方は、父上と、一樹、そして茜の三人だけさ。他の大半は私の一派だった」
「何故それを打ち明けるのですか? 何故・・・?」
疑問だった。例えそうであったとしても、口に出すべきではないはずだ。
「一樹に、もし鷹尾に手を出したら殺すと脅されてね。しかも、分家の中でも武闘派の長門善十郎一門の力を使って、こっちが消されかねない状況なんだよ」
「一樹が・・・?」
「ああ、あいつが羨ましい。私も鷹尾に愛情だけを注ぐことができたらね。でも、私はお前とは反対の勢力だった。でも、これからは鷹尾の為、涼宮家の為に生きることを誓約する。そうしないと、一樹に消されるからね」
兄様が去った後、私は推しの兄様に言葉通り裏切られた。
「兄様の馬鹿! 私は一樹(あの馬鹿)だけを心の拠り所にしなきゃいけないの?」
「お嬢様、涼宮家の次期当主として、そのような短気ではいけません。少なくともわたくしは一生お嬢様にお仕えいたします。わたくし達ではご不満ですか?」
「茜ぇ!」
私は思わず茜に抱きついた。もう、私には一樹と茜しかいないのだから。
「ギブ! ギブ!」
いつもの様に抱きついたりすると羽交い締めからの絞め技にギブアップの絶対服従の宣言をする。
「お嬢様、所でわたくし、お見合いをする事になりました」
さっき、一生私に言ったよね?
私は必ず日本を救うと決意した。私には信頼できる仲間が・・・いないから・・・ムカつくから腹いせに欧米にギャフンと言わせてやる!
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