30First Love
現在30話から35話まで工事中です。混乱されたら、ご容赦下さい。(*- -)(*_ _)ペコリ
1918年11月、台湾より蒼一郎兄様が帰還された。スバル製の民間機での帰国は、他の将校方よりも早い帰還を可能にしたという。兄様が参謀として高く評価されているのは勿論のこと、華族としての家柄、そして何よりも皇太子殿下とご学友でいらっしゃるという厚遇も、少なからず影響しているのだろう。しかし、兄様への優遇は当然のこと。世間の下世話な評判など、私には全く気にならないことだった。
「蒼一郎、お帰りなさいませ!」
私は躊躇うことなく兄様の胸に飛び込んだ。兄様は優しく私を抱き上げてくださり、その尊顔が間近に迫る。
「あ!?・・・お顔に・・・傷が・・・!」
思わず声を上げると、兄様は静かに微笑まれた。
「私は軍人なのだよ。顔の小さな傷など、勲章さ」
「そんな、兄様のお顔に傷などあってはなりません!一樹に言って、何が何でも治させますわ!」
私の剣幕に、兄様はどこか寂しげに呟かれた。
「鷹尾は一樹のことを随分と信用しているのだな、羨ましいよ」
「兄様は一体何を?」
兄様の言葉には、深い意味が込められているように感じられたが、その真意は私には理解できなかった。
「鷹尾、私は父上に報告に行って来る。その後で、遊んでやるさ」
「もう、お兄様はまだ私のことを子供扱いするおつもりですか?」
はは、と笑う兄様のお顔は、しかしなぜか空虚に見えた。
「お嬢様、蒼一郎様におかれましてはフランスの戦地で、一万人以上の戦友を亡くされていらっしゃいます。どうか、お察しをお願い致します」
「・・・茜」
茜に諫められ、私は兄様にかまうのを我慢した。後日、ゆっくり話せば良い。今日はそっとしておいて差し上げよう。奥様やお子さんのお顔も見たいだろうし、妹の私が独占するのは確かに違うと思った。
「お嬢様、一樹様より伝言がございますが、いかがなさいますか?」
「ん? 一樹から? いいよ、教えて?」
「『今宵の夕食を、ご一緒にいかがでございましょうか?』だそうです」
「一樹にしては珍しく丁寧に誘ってくるわね。いいわよ、いいよって伝えて」
「畏まりました、お嬢様」
一樹から食事の誘いがあったのは、初めてのような気がした。実家で散々夕食を共にしてきたのに、一度もなかったことに驚く。
一体どれだけけちんぼなのだろう。第一次世界大戦ではペニシリンの需要が凄まじく、我が涼宮製薬の株価は百倍にも膨れ上がり、膨大な利益を叩き出した。史実ではファイザー製薬が担った役割を日本の製薬会社が背負ったのだ。その利益から、一樹にはかなりの大金が入っているはずだ。それなのに、一度も食事に誘ってくれない。ペニシリンは私のアドバイスのおかげなのに・・・ちょっと入口を教えただけだけれど、冷たい人だ。
そんな一樹の指定したレストラン名を見て、私はびっくり仰天した。なんと、帝国ホテルのレストランだったのである。一樹、今度はヤバい薬でも開発して、自分でキマってしまったのだろうか?
流石に帝国ホテルともなると、どのようなおしゃれをすれば良いのか困惑し、茜に尋ねてみた。
「お嬢様、自慢ではございませんが、私はデートを経験したことがございません」
「あ、そうなの」
的確なアドバイスだった。このポンコツメイドは、一度もデートをしたことがないらしい。これだけ可愛いのに、どうしたらそうなる?
「デート服、どうしよう? 社交界用のドレスだと肩肘張りすぎるし、帝国ホテルだと普段着というわけにもいかないし・・・」
「それならば、女学校の制服をお召しになれば宜しいのでは?」
「おお!」
制服デートだ!憧れの制服デートができるなんて、喪女だった私には感涙ものだ。相手が一樹なのが気になるけれど・・・でも、蒼一郎兄様とは何度もレストランで二人きりで会食したことがあるのに、なぜ私はこんな風に思うのだろう?
茜が手配してくれた涼宮家の自動車に乗って、帝国ホテルへ向かう。なぜか、胸騒ぎがする。
「別に何も変わらないよね?一樹?」
そう心の中で問いかける。
帝国ホテル前で待ち合わせ、にいにエスコートされる。
「にい、待った?」
「今来たばかりさ」
そう言うにいの手は、冷たかった。かなり前から着いていたことが伺える。
当然のこと・・・のはず・・・なのだけれど、嬉しい自分に違和感を覚え、嬉しいはずなのに、自分の感情がわからない。何、この胸騒ぎは?
通されたレストランは貸し切りだった。ますます悪い予感がする。
「どうしたの? 今日は私の誕生日じゃないわよ」
「誕生日にレストランに招待したことあったっけ?」
「誕生日以外にも、金輪際なかったわよ」
「・・・そうか、済まなかった」
何でそんな簡単に謝るの?調子狂うじゃない。いつもの図々しさやいい加減さや、空気読めない感じは何処へ行ったの?全部ひっくるめてマッドサイエンティストらしいにいじゃない。
前菜が運ばれてきても、あまり口にできなかった。お腹が・・・いや、胸がいっぱいだから。
「何か言うことがあるんじゃないの?」
そう言って、上目遣いでにいを見る。こんな・・・あざとい仕草、にいにしか見せたことないんだからね。
「圭一郎叔父さんから、見合いの話を切り出された・・・叔父としてではなく、涼宮家の当主としての話だと言われた」
・・・カラン。
気がつくと、私はフォークを落としてしまっていた。レストランのウェイターが素早く代わりのものを用意してくれる。目配せでお礼を言うと、私は再び、前菜を口に運んだ。
さっきまでわからなかった感情の正体が、わかった。寂しさと、後悔。
「・・・そっか。おめでと・・・う、うっ・・・く」
気がつくと、私の目から大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。
そっと、ハンカチを私に渡すにい。何よ、そんな気配りができる人間じゃなかったでしょ?いつも人の家にずけずけと来て、勝手に居座って夕食を平らげて・・・人の気持ちなんてさっぱりわからないって、顔に書いてあるかのように傍若無人に振る舞っていたのに!
いつもの空気読めない発言はどうしたの?いつものにいなら、私の気持ちにも気づかずに笑顔でからから笑って報告するんでしょ?嬉しそうに言ったらどうなの?三菱のご令嬢なんて、男の本懐でしょ?
「来週、見合いになりそうだ・・・もう、今までの様にはいかないな」
「・・・それはそうだよね」
何よ!現実的なことを言わないで!現実がより現実感を帯びてくるじゃない。どこかで嘘だ、夢なんだと思える自分がいたのに・・・。
「ねえ、にい、は私のこと、好きだった?」
この唐変木に、渾身の反撃をしてやった。裏を返せば、私は好きだったって、告白だ。そうか・・・。私はにいに恋していたのか・・・身近すぎて気がつかなかったよ。
ずっと、このまま同じ関係だと、ずっとそう思っていた。それは、私だけの勘違いだったけれど。
「俺は、わからないな」
「・・・そっか」
唐変木のくせに、なんで模範解答なの? 笑って、何とも思ってなかったって、言えばいいでしょ?それじゃ、私のことが好きだったって言っているのと同じだよ。否定しないのは、肯定だよ。
ずるいよ、にい。自分だけ、私の気持ちを確かめて・・・そして私のこと忘れて結婚するんだ。
「・・・行かないで」
私は隠しておきたかった言葉が、ほろりと口から出てしまう。
「鷹尾。俺たちは涼宮家の人間だ。俺もお前も、当主様の意向には逆らえない」
「じゃ、涙が枯れて果てるまで待ってて。そしたら許してあげる」
涙をたくさんぽろぽろ流して、素直な気持ちを隠せるまで泣いて・・・みっともなく泣き疲れるまで泣いた。最後ににいがこう言った。
「来週には俺たち、婚約者になるんだな」
「はあ?」
私が涙にくれてからの困惑が殺意に変わったのは言うまでもない。
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