仮定の未来 ドリル
「アデルがチアキをお嫁さんにしてあげる」
ふわんとした金髪。薄い水色の瞳。ひらひらふわふわのレースとフリルの塊の宣言。
位置は小脇に抱えてる。
「男はお嫁になりません。あと家庭教師の先生から逃げるんじゃねーよ」
「ママとパパよりわかいアデルの方がみわくでしょお?」
運びながらの会話はなかなかに頭痛を誘う。良くないと思いつつも言葉が荒くなる。
「後十年成長しても同じ考えなら考えてあげてもいいけどね。まずは習い事はちゃんとこなそうね」
「うわきしちゃダメなんだからー」
「どこでそんな言葉覚えるの!?」
アデルは六歳。深理と同じ歳だ。成長すればさめるだろうと思う。
後で両親に文句をつけると決めて家庭教師の待つ部屋へ連行する。
結果。
なぜか忘れなかった。十年たってないけどな!
「どーして、千秋に馴れ馴れしいの。千秋は私のお嫁さんになるんだから馴れ馴れしくしないでよね」
ため息。
そして後頭部をひっぱたく。(もちろん軽く)
「男は嫁になりませんっつってんだろ。深理は兄貴の長男だ。あと人を指差すんじゃない」
「女性に表で手をあげるなんて良くないわ。そーゆーことは室内か敷地内でやるべきだとおも……ぃたーい」
「品のあるお嬢様はそんなこと言わないものです」
ぐりぐりと頬を引っ張る。アデルの両親に想いを馳せるとちょームカつく。金はあっても悪気なくサイテー環境だ。
アデルはぷくりとふて腐れるが腰に抱きついてくる。昔からよく懐いてくれている。ただ、コレ恋愛じゃないと思うんだけどね。
「浮気してない?」
上目遣いで拗ねるようにしおらしく尋ねてくるけど、騙されません。
「浮気もなにもアデルにそんな権利はない」
「ひっ、ひどい! 弄んだのね!?」
だから、そーゆー発言は控えろとあれほど……。
「日本語上手だね」
「お嫁さんになる人のメイン言語はちゃんと理解しておきたいわ」
だから、男は嫁になりませんっつってる!
「ちゃんと人生のパートナーはお金で動かない人を選べ!」
「ちあきおよめさーん」
プリムは意味を理解せずに言うんじゃありません!
「深理。大丈夫か?」
勢いにのまれた甥っ子に声をかける。
美人は見慣れてるだろ?
うろなは美人の宝庫だからな。
「こっちの金髪ドリルはアデレード。友人の娘。おまえと同じ歳な。こっちの赤毛の方はレックスのとこの次女でプリムローズ。レックス、覚えてるだろ?」
こくんと深理が頷く。レックスは月華の主治医といってもいいからな。
「アデレードですわ。アデルと呼んでもよろしくてよ」
つんっとアデルは小生意気に自己紹介。
「プリムは〜プリムー」
「日生深理。ミコトが名前」
深理はプリムを見ている。
プリムは月華と似てるからなぁ。
「数日、千秋の元で花嫁修業ですの」
「ないから」
息をするようにない事を口走るのやめようね。アデル。
視線を合わせるとサッと逸らされる。……小娘……。
「本気にするなよ。深理」
千秋君は体力がない。
父さんなら平気なこともだからできない。
父さんと色々得意なことが違うせい。
例えば、父さんは楽器は聞く専門。
千秋君は『人に聴かせられない嗜み程度』に扱う。
父さんの料理は簡単料理。
千秋君はかなり凝って作る。
父さんは外見は気にしない。
千秋君はいつもオシャレ。
父さんと千秋君は方向性がずれてるけど、本質的にいじめっ子だ。二人とも大好きだけどさ。
僕より少し背の高い少女がぐりぐりと千秋君にオシオキされている。
僕はいつも千秋君に言い負かされる。だから凄いって思う。
アデルちゃんは千秋君を振り回している。
「あら、なにかしら?」
くるんと巻かれた髪を払ってアデルちゃんが見下ろしてくる。
「無駄に威圧しない」
スッパーンっとアデルちゃんの頭部がいい音をたてる。
千秋君、容赦なし。
「愛が痛いの」
「はいはい」
アデルちゃんは負けてないけど、千秋君はザックリ流した。
ふと見るとプリムちゃんがキラキラしたガラスの欠片に魅入られたように手を伸ばしていた。
その目が弟たちが珍しい物を見つけた時に似ていて。
「プリムちゃん、ガラス、さわっちゃダメだよ」
パチンと声に驚いたように顔を上げた。
「キラキラぁ」
嬉しそうな笑顔。
伸ばした手がガラスに触れる前にするっと千秋君がプリムちゃんを抱き上げる。
「だーめ」
プリムちゃんは嬉しそうに千秋君に抱きつく。少し、千秋君がふらついたのは見ないフリ。アデルちゃんと視線が合った。
「深理、……しばらく泊めるから」
「母さんと父さん知ってるの?」
「……サプライズだった……」
うわぁ。部屋はあるから大丈夫だろうけど、月華も小さな弟達もいる。
大丈夫かなぁとは思う。
「ホテルでも良くてよ。千秋と一緒なら」
「ソレは俺がイジラレル」
千秋君の心当たりの宿はふたつ。
間違いなくイジラレル。
「ちびっこいるから妙なコト教えるなよ。特にアデル」
「失礼だわ。……ま、まさか」
ぷぅっと頬を膨らませて不服を口にし、一歩あとずさるアデルちゃん。芸が細かいんだと思う。
「千秋をお嫁さんにしようと言うライバルがそこにも!?」
すっぱーんっとまた頭をはたかれていた。プリムちゃんが落ちないようにぎゅうとしがみつく。
なんだか、少し知らない千秋君。
「男は嫁にならないと何度言えばわかるんだ!」
千秋君、間違いなくりゅー君たちにもイジラレルと思う。
アデルちゃんはこりずにブーイング&ラブコールをしていた。
女の子たちはすぐに仲良くなった。
月華はレックス先生の長女フィレンツェちゃんと仲がいいからその妹のプリムちゃんともすぐ仲良くなった。アデルちゃんもプリムちゃんの姉と交流があるせいか、月華が日差しが苦手なことはあっさり受け入れて遊ぶのに問題はなかった。
月華の健診、小学校に上がるまでは僕も一緒に行っていた。だから僕もプリムのお姉ちゃんにも会ってはいた。薄く遠い記憶。
月華は太陽光を浴びると皮膚が炎症を起こして、熱を出してしまう。だから昼間は部屋の中。浴びなくても体力はなくてすぐに疲れてやっぱり熱を出す。健診は月華のためだけど、その移動で帰って来てもしばらくはお熱。小学校にも当然いけない。
でも、月華は僕が月華のそばにいるより、『外を見てきて。遊んで、お友達を作って、お外のお話して』と言って外に送り出してくれる。
それでもやっぱり寂しくはあるんだと思う。
年下のプリムちゃんとおしゃべりする月華は嬉しそう。冬青や佑子ちゃん、咲耶ちゃんが遊びに来るっていっても毎日じゃないし。新しいお友達が増えるのは嬉しそう。僕も少し嬉しい。
そして千秋君は予想通り父さんや、りゅー君に弄られていた。合言葉は「隠し子?」だった。
女の子達は日光が苦手な月華のことを考えて、日が落ちたらお散歩に行こうと話していてた。日が落ちてからアデルちゃんと月華が浜へのお散歩。父さんが一緒についていく。
疲れちゃったのか、プリムちゃんは千秋君の膝の上で寝ちゃってる。
母さんが持ってきた毛布を受け取りながら千秋君はまだその位置をキープ。足、痺れない?
真理と森理が興味深そうにうかがいながらゼリーの尻尾を引っ張って母さんに『めっ』されてはしゃいでる。
「深理。今回のお土産は気にいった?」
今回のお土産はジンベイザメの抱き枕。月華には月球儀。真理と森理には天使の羽のついたちびっ子ハーネス。父さんが喜んでた。
僕の住んでる家は古い水族館を改装した家。多分、ちょっとの改装で水族館として使える。
小さい水槽をふたつ使わせてもらって、金魚とめだかを飼っていた。前にお土産できれいな魚をもらったけど、気がついたら金魚が食べちゃってて月華が泣いた。
同じ水槽に入れちゃダメだったんだ。少しずつ調べていけば、憶えていけばいいと父さんは言う。
その話を聞いた千秋君は微妙な表情で『俺らのときは、サマンサちゃん、あー、シアちゃんの前にいた蛇なんだけど、そのサマンサちゃんがさ、食べちゃってたな。拾ってきた犬猫を』て、教えてくれて、つい僕はシアちゃんに疑いの眼差しを向けちゃったのを憶えてる。
生物は弱肉強食。しかたないのかなとは思うんだ。でも、それは僕の知識不足とミスだから。調べてから命に向き合う。
設備は生きてる。だからいつかは水族館を再開させたい。
父さんがここに住みはじめた時から水族館ではなかったらしいけど。
まずは勉強だと思ってる。
「うん! いつかジンベイザメのいる水族館にしたい!」
千秋君のくれたぬいぐるみたちと同じ魚が泳ぐ水族館!
瞬間の沈黙。にぃっと千秋君が笑う。嫌な予感。いじめっ子発動の予感!
「大改装からだなー。資金どーすんの?」
「え?」
「ジンベイザメ、おっきいぞ?」
抱き枕をぎゅっと抱きしめる。おっきいのは知ってるし。
「お年玉?」
「何十年分かなー」
え? そんなに大変?
「おっきいとごはんもいっぱーい」
目をこすりながらプリムちゃんが笑う。
「そーだなー。どうする深理。ごはん代もいるぞ?」
「なんとかなるし!」
プリムちゃんが嬉しそうに手を叩いてはしゃいでる。
期待に応えてぐっと手を伸ばす。
「きっと何とかするし!」
「おー。がんばれー」
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
空ちゃんお借りしております




