仮定の未来 ただいま
「たーいしょっ。久しぶりぇしね」
「おう。町は変わりないなぁ。ちょーっと出掛けてただけだけどな」
ぇしぇし。けけっ。
笑いを含む若い男の声が二つ。
月明かりが暗い町並みを照らす。
声の主がいた頃よりほんの少し高い建物も増えた。それでも暖かい匂いがこの町にはあった。
月明かりに照らされたそこには人影はなく、猫が二匹隙間を縫うように歩いていた。
もちろん俺は覚えていた。
その子供は佑子と言ってお嬢とコーシロの娘だ。後ろにいるのはその弟でアオ。
「しぐさん!」
公園に連れてきてもらっていた二人は俺を見つけて寄ってくる。
後ろにいるのは女が二人。ミホとルークだ。
お嬢は散歩についてこれないからな。
「姉様、待って」
アオが少し走ると息を切らせる。
「んなぁ」
足を止めた佑子は俺とアオを見比べる。アオはお嬢のように体が弱い。
少し、思案してから佑子はアオを選ぶ。
「冬青さん。大丈夫です。走っちゃダメですよ?」
「はい。姉様」
そう言ってアオはにっこりと笑う。
「はい。それでいいのです」
同じ歳の弟を心配してから佑子は動かずに待っていた俺を見てあからさまにホッとしたようだった。
「しぐさん。お家に帰りましょう。心配したんですからね。もう首輪を外して家出しちゃダメですよ?」
腰に手を当てて、『怒ってるんですよ』のポーズのあと、そっと手を広げて『許してあげます。抱っこされなさい』ポーズ。
「えー? 本当にしぐれん? 実はしぐれんの隠し子じゃないの?」
ミホがひょいっと屈みこんでじっと俺を品定めしてます風に見てくる。別に寄ってくる雌の誘いは受けるからな! 特に隠し子はいないぞ? そう、隠してるつもりはない。
「しぐさんですよ」
不思議そうにアオが主張する。何を疑うのかわからないというように。
「しぐさんですよ?」
佑子もその疑問がわからない。何を当たり前のことを言ってるの? という表情でことりと首を傾げ、ルークを見上げる。
「この子、まだ若い子に見えるから」
困ったようにルークは微笑む。違う個体だと思っているようだ。普通の判断だとは思う。
「しぐさんですよ」
佑子とアオが一緒に言う。本猫だけどな。
ミホはにゃぱりと笑って立ち上がる。ついでに俺の首根っこを掴む。
「そっか。おかえり〜しぐれん」
苦しいわっ! そこ掴むな!
「生き物を飼う時はちゃんと許可を取らなくちゃいけないですよ」
ルークがそっと囁く。
『なんで?』とばかりに不思議そうな三人。
三人の反応に困惑するルーク。
「しぐさんですよ?」
それですべてが解決すると信じている佑子とアオの眼差しにルークの自信が揺らいだのを感じる。たぶん、ルークは揺らいじゃダメだ。
「い、いけません。え、えっと、時雨さんは一度、お家を飛び出していますからね。家長の、そう! お父様のお許しが無ければ、お家に帰ってくることは許してもらえないんですよ?」
必死に納得させる言い訳を考えたらしいルークはかなり動揺している。でも、家長のはボスだと思うぞ?
「そっかぁ。勝手にお家に入れちゃうと怒られちゃうかもー?」
ミホは実家に帰ると怒られるからな。
それより、苦しいからはーなーせー。
「姉様……」
「だいじょうぶよ。冬青さん。今日はお父様がいらしてるはずだもの。お願いしてみましょう?」
佑子は決死の覚悟という表情を浮かべていた。
「はい。姉様。あのミホちゃん、しぐさん」
そっと手を伸ばしてくるアオに渡そうとして、ルークに止められた。
「いけません。今の時雨さんはキレイじゃありませんから。冬青さんは触ってはいけませんよ」
かわりに受け取ったのは佑子。
「じゃあ、バス乗れないし、帰ろっかぁ」
「はい」
ミホの提案に佑子は頷く。
「冬青さんは病院に行ってから帰って来るんですよ」
「はい。姉様」
佑子の歩みは弾んでいる。
「トロさん、紫電号とたぬきさんと白露さんがいますけど、仲良くできますわ」
途中で、歩みを止めて、見つめる先。
「一度お家に帰ったら、しぐさんも戸津のおじさま先生に診てもらいましょうね。お母様と冬青さんの身体のこともありますから、それまでは離れですけど、我慢してくださいね」
んなー♪




