仮定の未来 ホーム【番外】
『たすけてほしい?』
彼はそう言って僕を見下ろしていた。その言葉は馴れていなくてぎこちなかったけれど、意味は届いた。
だから、僕はその手を取った。
連れてきてもらったのはひろめの家。
「あら。おかえり〜」
蜂蜜色の髪のお姉さんが笑う。
「おかえり。お名前は?」
「ファイエット」
彼女は僕の身体を確認すると頭を撫でてそっと抱きしめてくれる。
「おかえりなさい。ファイエット。私はエヴァンジェリン。バンシーって呼んでね」
「ママ、その子だぁれ?」
階段の上からの声。くすんだ金髪の少女がより小さな赤毛の少女の手をひいて見下ろしていた。
「フィレンツェ。降りてらっしゃい。あなたたちのお兄ちゃんになるのよ」
「死ぬの?」
「だいじょうぶだと思うわ。でもこれからお風呂に入れないとね。キレイにしてごはんを食べてゆっくり休んでみないとわからないもの」
「ふぅん。運がよかったわね。わたしはフィレンツェ。こっちは妹のプリムローズよ」
「おにーちゃん、プリムとあそぶー」
似てない姉妹だと思った。
後で、フィレンツェが『死ぬの』と聞いた意味を知った。
彼が連れて帰ってくる子供は二晩生き延びることは少ないと。
彼は連れて帰った子供に必要な治療を与える。撫でて、あやして。子守唄は苦手だからとお話をしてくれる。
死んでしまった子供を見ながら「しかたがないね」と笑って、最後に一撫でしてその場を離れる。
彼が作るごはんは美味しくてちゃんとしている。
僕は一度だけそんな彼が動揺しているとわかる時があった。
それは、プリムが発症したと言われた後だった。
キツめの抑制剤や治療薬。治療はたいへんだったらしい。
帰ってきたプリムは帽子で頭を隠してて、できかけてた着替えやなにやらができなくなっていた。時々、賢いのに普通のことができなくなった。彼はそれまで以上にプリムを甘やかす。
彼がいない時はきょうだいでプリムの面倒をみた。
プリムは赤い髪も緑の瞳も彼に似ていてきっと、特別なんだと思ったから。
プリムは彼がそばにいる時、食べるものは全部半分こだ。どうしてだろうって思ってた。理由は観察してたらわかった。彼は食事を口にすることをよく忘れる。それは特に誰かが死んだあとで。
それは多分、僕が死んでも同じように彼は食べられなくなるんだろうと思った。
気がついて、嬉しかった。笑顔で送って、喪失に傷ついてくれることに。同時に彼を失いたくはなかった。彼は家族なのだ。
バンシーには夫がいる。つまり、フィレンツェとプリムの父親。でも彼は僕らの父親とは思えなかった。
きっと、彼は父と呼ばせてくれないんだと思う。僕くらいになると『そんな年じゃない』とか言われそうだし。事実、誰かが『ダディ』と呼んだときはやんわりと否定していた。
それでも、彼は僕らにとって『お父さん』なんだと思う。
ただ、彼の居場所は僕らのそばだけじゃなくて、それが寂しかった。
「別に構わないだろうにね」
そう言って笑うのはバンシーの夫。レックスで。
「決めてるんだろー」
気楽に言うのが二人共通の友人ジーク。
僕はジークに勝てない。
そう、気を抜いてると思う時に飛び掛っても簡単にいなされる。
「甘い甘いよ」
けらけらと笑われる。抑えられた腕と背中が軋んで痛かった。
「やれやれ。怪我はさせるなよ?」
「でーじょーぶだって。お前はどーなりたい?」
キッと見上げる。
「千秋を守ることができるようになるん、だ!」
逃げれない圧力に軋む背骨を感じる。
「ジーク」
「じょぶじょぶ。レックスは家族サービスしてきなよ。俺はこのチビとしばらく遊ぶからさ」
レックスが去るのを見送ったジークはグッとより力を込める。
痛苦しい。
「自分が人間じゃねーことは理解しとけよ。本能が人間を傷つけることもあるんだからな」
冷たくて痛い言葉。
自分がバケモノなのは知っている。
きょうだいの半分はニンゲンじゃない。
産まれた時はニンゲンでも、ニンゲンじゃない。
僕は最初からニンゲンじゃない。
ナニモノって聞かれたら困る。
ヒトはバケモノと呼んだから。
千秋が居場所をくれた。千秋が傷ついてくれる。バケモノでも千秋は撫でてくれる。
「ファイエットはファイエットだろう」
撫でて、ためらうことなく抱き上げてくれた。今は、僕が重くて抱き上げてはくれないけど。
千秋がしちゃいけないって思うことは千秋は嫌だって伝えてくる。
やらずにいられないならと理由も聞いてくれる。
『大きくなったら、どう生きたい?』
きっと、『千秋を守れる存在になりたい』そう言ったら、千秋はきっと困った表情をすると思うんだ。千秋は僕らが僕ら自身のために生きることを望むから。
でも、僕らは千秋の子供だから、千秋が望むからニンゲンじゃないモノよりニンゲンに近しいモノでありたいと思えるんだ。
僕らは千秋の手を取った時にうまれたんだ。




