62 来た
「はぁ……」
「まだ、学園の外にいるのですか?」
昼休み。
食堂で俺が溜息を吐くと、スープを上品に口にしたフラウディアが尋ねてきた。
同じテーブルにはリーナと──当然のようにクロアとその兄が同席している。
話を聞いたクロアが首を傾げた。
「学園の……外、ですか?」
「はい。テオル様の従弟の方がいらっしゃるようで」
「て、テオルさんの……。お会いには?」
フラウディアが説明すると、クロアは俺に向かって「どうして?」と純粋な疑問をぶつけてくる。
……うーん、なんと答えたものか。
ガーファルド家のことは隠して、ちょっとした面倒ごとだとか?
ガヤガヤとうるさい満席状態の食堂の中、パンを齧りながら頭を捻る。
ルドは敷地にかけられた結界も突破できないようだが、授業中も一応探知魔法で確認し続けていたので、もちろん今も動向を見ながら。
無駄な忍耐を発揮して、なかなか諦めて帰ってくれないのだ。
帰り道はどうしようかと思案していると、授業も集中できなかったし。
なんか、思い出すと腹が立ってきた。
「会いたくないそうよ、仲が悪いとかで」
「んあ? なんだお前、もしかしてビビってんのかぁ??」
俺が答える前に、ぷはっと水を飲み干したリーナが簡潔にそう言う。
隙あらば煽ってくる男は無視だ。
どうせ自分と比べて勝った気になりたいだけだからな。
実際に今も「俺は親戚にビビったりしないけどな? なんならお前の従弟に、帰ってくれって伝えてきてやろうかぁ?」とニヤついてる。
ここまで一秒にも満たない速度で考えていたつもりだったんだが。
よほど嫌な顔がしてしまっていたのだろう。
同様に兄を無視したクロアが、
「そうなんですね……」
と深刻そうに受け取っている。
まあ、問題はないだろう。
今抱えているもの以外に、さらに考えを割くのは面倒だ。
フラウディアの護衛も気を入れて取り組まなければならない時期な上、今日に至ってはルドのこともある。
最後にパンを飲み込み、カップを傾け水で口を潤す。
壁にある時計を見ると、そろそろいい時間だった。
「じゃあ俺たちは行くか」
「そうね、次は武術の授業だから。それじゃあまた、クロアさん」
「失礼します」
席を立ち、呼びかけるとリーナとフラウディアも続く。
昼休憩があるとはいえ、次は着替えが必要な授業だからな。
「はい、それではまた。ほら、お兄ちゃんも急いで!」
「お、おおっ! ちくしょう、俺だけ置いていきやがっ──ごほっ、ごほっ」
「だ、大丈夫!?」
俺を挑発するのに忙しく、まだ食事が終わっていないグウェン。
クラスが違うクロアとはここで別れることにし、俺たちは一度教室に戻ることにした。
教室の前にある自分のロッカーから、運動着が入った袋を取り出す。
他のクラスメイトたちと流れを成しながら、向かうのは更衣室だ。
二人と一緒に歩いている時も、校舎内では俺は気配を消しているので、廊下で待ち構えている運動部の連中には見つからない。
というか、当たり前のように時間割が漏れてるんだな。
ゾッとする話だが、彼らの熱意ならそれも無くはないのだろう。
「次はどこに連れていってもらおうかしら」
「そうですね……私はケーキがいいですっ」
「ケーキ、いいわね! 王都中の人気店を巡るとか」
「普段はお忍びでも中々行けませんから、街で人気の昔ながらのお店なんかも行きたいです。リーナやテオル様と一緒なら、周囲も止めないでしょうし」
「それに、メイ先生の奢りなのも魅力的よね」
前を歩く二人の話をぼうっと聞きながら、廊下を進む。
美味しい物の話題で盛り上がるその姿は、年相応の少女に見える。
「──テオル、私たちはここで」
「ああ、また後でな」
女子更衣室の前に到着し、返事をして俺はそのまま先へ行く。
フラウディアの護衛とは言っても、更衣室の中へ付いて行くのはもちろん、前で待つのも流石に色々と問題になりそうな話だ。
だからこの瞬間だけ、俺も普通に男子更衣室へ。
「お、そういえば……」
二階でこのあたりの場所からなら、他の棟の隙間からルドがいる場所が見えるはずだ。
窓辺をしゃがんで移動し、探知魔法とすり合わせた場所をそっと覗く。
立ち上がってしまったらバレかねない。
暗殺者なら、すぐに気がつかれるかも──
「は?」
──と思っての行動だったが、視覚よりも先に探知魔法で読み取った影が大きく動き出し、それを追うように俺は目を疑った。
一体、何に時間を取られていたんだ。
何故……今になって結界を破れた?
「いや、いやいやいや……!」
敷地にかけられた結界が一瞬だけ破られ、ルドが接近してくる。
校舎の周りにはさらに強固なものがあるが──授業でグラウンドに行ったら、発見されることは必至だろう。
目に映るのは、猪のように走ってくる少年の姿。
ある意味懐かしさを覚えるほど久しぶりに見たが、遠目からでもわかるほどの攻撃的な性格は何も変わっていない。
これはどうしたものかと、俺が頭を抱えそうになったその時。
「──っ、来たかッ!?」
何者かが、近くに転移してくる魔力の流れを感知した。
以前から対策を講じてきた甲斐があった。
魔力消費をなるべく減らし、長時間〈探知〉を発動できるようにして、さらに転移特有の魔力を識別できるようにしてきたのだ。
しかし。
「くそッ」
ルドに気を取られていてわずかに遅れた。
本来は敷地にかけられいる結界が破られた時点で気づくべきだった。
あれは今、何かを目にして踵を返すルドがやったのではなく、他の誰か──もっと力がある者が仕掛けたのだ。
突如現れた気配が二つ。
──ドォォォオオオオンッッ!!
校舎の外の結界が、一発の爆音とともに崩壊する。
そして次の瞬間、校内に響き渡る放送を知らす鐘の音。
『え、ええー……突然、失礼いたします』
各教室や廊下に設置されたスピーカーから流れてきたのは、聞き覚えのある男の声だった。
『私どもは世間一般で言われるところの──テロリスト、という者です。只今から好き勝手やらせていただきますので、どうぞよろしく。抵抗する者には容赦致しません。もちろん、抵抗しなくとも容赦致しませんが……いひひっ』
アイライ島で現れた、あの男の声だ。
まだ目的ははっきりとしないが。
俺はそう気づき、すぐさまフラウディアを護るべく女子更衣室へと走った。




