60 得意で簡単なお仕事
俺たちを見張っていた人物はすぐに見つかった。
隠密行動が下手ですぐに感知できたので、ずぶの素人かと思っていたが……どうやら俺の前職と似たようなことをしているらしい。
黒装束の男は、雰囲気から察するに三十代半ばの暗殺者だ。
周囲を警戒しながら王都の細い路地を駆けている。
だが──
「そんな警戒で大丈夫なのか? 逆にこっちが心配になるなぁ……」
建物の屋根の上を走りながら、追跡する俺に気がつく様子は一向にない。
住民しか利用しないような裏道を抜ける。
一瞬で市民に紛れ込めるような服装に着替えた男は、街の大通りに出て、人々の流れの中に姿を馴染ませた。
しかし、その人物固有の魔力を感じ取れれば見逃すことはない。
俺は屋根から屋根へと飛び移りながら、件の男を追う。
「……いや、さすがに無警戒すぎるだろ」
さらにいくつかの大通りを経由し、男は二回の着替えをしたが、あくまで仕方なくやっているという感じで、警戒心の欠片も見られない。
自分が尾行されているとは露ほど思っていないようだ。
そのまま中心地を目指して歩き続けている。
「やっぱり、か」
そして男が辿り着いたのは、この街の中央にそびえ立つ王城だった。
フラウディアたちを先回りして……なんてことではない。
城の裏口で待っていた吊り上がった目の細長い男と合流し、彼らは城の中に入り、人気が少ない場所を選んで進んでいく。
想像通りの相手でよかった。
これがまた別の集団からの刺客とでもなっていたら面倒だったからな。
もう、これ以上相手にしなければならない敵が増えるのはご免だ。
「……よし、行くか」
少し間を置いて、俺も城内を進む。
気配を探ると忙しなく働く使用人たちは近くにいない。
一方、このあたりは妙に厳戒な警備がされており、武装した兵士たちが二人一組になって巡回していた。
俺が追っている男たちは、その兵士たちの目にもつかないように行動している。
一定の距離を保ち誰にも見つからないように追跡するのはかなり難しい。
だが……俺にはこれがある。
「問題なし、と。大丈夫そうだな」
堂々と歩いて兵士たちとすれ違う。
その後、振り返って確認するが気付かれた様子はない。
潜入する時に重要な点はいくつかある。
運動能力や危機察知能力。
他の誰にも自分の存在を見つけられないまま、可能な限り自由な活動ができるようにするため、これらが大切となってくる。
なら、こう考えたらどうだ。
そこに立っていても見つからない方法があったらと。
そんな根本的な考えに注目した人物がいた。
俺の祖父と父である。
人は物を見るとき瞳から入ってくる光とは別に、肌で感じる魔力に頼っている。
だから体内の魔力の流れを極限まで整え、意識しなければ見逃してしまうようにしてしまおう……というのが二人の考えだった。
そこに、俺はさらに気配を薄くするため体系化した魔法を生み出した。
自身の光の反射を減らす〈存在隠蔽〉だ。
二つを掛け合わせることで気配を薄く──いや、消すことができる。
尾行を続けていた男たちが、とある部屋の前で立ち止まった。
ノックをしてから彼らは中に入っていく。
探知魔法によると室内で待っているのは一人。
罠や看破されるほどの人物の気配ない。
俺はゆっくりと閉まる扉の隙間に身を滑り込ませた。
「──待ちくたびれたぞ。それで、アイツの様子はどうだった」
「はっ。騎士が二人、生徒として側に付いているようでしたが、一日あっても気付く素振りもありませんでした。あとは、普通の学園生活を」
「はあ? 本当にこんな状況で学園にか? たった二人の護衛で。……よほど自信があるのかもしれないが、全く呆れたものだな。あの第六のチビといい、散々舐めやがって」
暗殺者の男と話しているのは、恰幅の良い金髪。
もしかしてこいつが第一王子なのか?
顔つきも刺々しいし、フラウディアと似てなさすぎる。
「……なんだ、まだ何かあるのか?」
「あの、いつまで働けば私の家族は──」
「さっさと出ていけ。必要になったらまた呼ぶ」
「…………はっ」
つんけんとした態度で暗殺者の男を追い出すと、王子は残された細長い男と話し出した。
部屋の端に立っている俺に気づく者は誰もいない。
「あいつは後で処分しとけ。もっと良い奴がいるだろ」
「はい、畏まりました。それで……あの件はどうなっているでしょうか?」
「今、考えている」
「なるべく早くよろしくお願いしますね」
「ああわかってる! お前たち勇者正教には世話になっているからな。その代わり、しっかりと頼んだぞ? ミスは許されないからな」
「それはそれは……もちろんです。では、私もこれで」
下手に出ながらも、所々パワーバランスを窺わせる言葉遣いをする男は、勇者正教の人物だったらしい。
聖職者とは思えないくらい黒い笑みを浮かべているが。
一礼すると王子を残し、足早に部屋を去っていく。
扉が閉まった後、
「チッ、油断も隙もない奴だ。気を抜いたら骨の髄までしゃぶられる」
王子は顔を歪め椅子にどかりと座った。
「……せいぜい上手く利用しないとな」
小さなその呟きに、思わず嫌悪を覚えてしまう。
久々に聞いた、根っからのクズ特有の声色だ。
簡単にこちらにも危害が及ぶ可能性を感じ取れる。
問題ごとの芽は、早めに摘んでおいたほうがいい。
部屋には俺と二人きり。
未だ、全く気付かれる気配はない。
いつでも手を下すことはできるが……その後の影響を考えると、俺が自分一人で決めてしまって良いことではないのは、何よりも明らかだった。
監視してきていた奴の出どころが分かった。
とりあえず、今のところはこれで良しとしよう。
俺は最善のルートとして、音も立てず開けられていた窓から外に飛び降りた。
そのままフラウディアたちが待つ部屋へ帰る。
この時の選択によって手を焼くことになるのは──当然、わかっていた。




