59 祝賀会の帰り道
「ひとまず、祝賀会といこうではないか」
次の日の放課後。
メイ先生のそんな一言で、俺たちは食事に誘われた。
場所は第六騎士団行きつけの『空舞う小鳥亭』。
店内の混乱を避けるため、すっぽりと外套を被ったフラウディアだが……そういえば、ルナと再会した夜もこんな感じだったな。
今度は兄であるルドが接触してきたりしないよな?
「──えぇっ。まだ学園に魔導具を保管しているのですかっ?」
小耳に挟んだ話によると、あれからさらに二度アマンダさんに返り討ちにされたルドが、今日もどこかの宿で潜伏しているのを確認し、俺がほっとしていると。
食事をしながら先生と言葉を交わしていたフラウディアが声をあげた。
「昨日のうちに国に引き渡す予定だったのでは……」
「そうだったんだがな、手筈が整うまで少し待てと言われたのだ」
「おかしいですね……国は、一刻も早く鑑定したいはずですが」
「まだ多くに知られてはいないとはいえ、あんなに貴重なものを保管するのは気が滅入る。いっそ、私が勝手に他国へ売り払ってしまおうか」
赤らんだ顔のメイ先生がそう言ってエールを呷る。
フラウディアは一瞬だけぽかんとした後、
「……だ、駄目ですからね? 本当に!」
あわあわと、踏みとどまるように声をかけ始めた。
お酒も入って楽しそうにはぐらかすメイ先生。
フラウディアに助けを求められるように目を向けられたので、俺は「冗談ですよ」と彼女に説明し、それから魔導具の話題よりも何より、最も気になることを先生に尋ねた。
「それより先生……なんでこいつがいるんですか?」
「ここは私の奢りなんだから別にいいだろ。ただ、道中で見かけたから誘ってみたんだ。ほら、テオル君と仲良しだろ」
「いや、決してそんなことは……」
食事に集中しているリーナの横。
美味そうに肉に齧り付いている男を見る。
「お前に何か言われる筋合いはないだろッ! 俺は兄貴として、可愛い妹を見守るために来たんだ」
「なんなんだ、そのスタンス……」
指を差してきて騒ぎ立てているのはグウェンだ。
ちなみに妹のクロアも出席しており、俺の横の席に座り、チラチラとこちらを見てきている。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん……っ」
慌てて兄を制し「ごめんなさいっ、何でもないです!」と頬を紅潮させる。
本人はもう俺との決闘を望んでないみたいなのに、グウェンが見守るとか言って俺と戦わせようと仕向けてくるからな。
グウェンはまず、口の中の食べ物を飲み込んで喋ることを覚えてほしい。
黙々と大食いを発揮していたリーナが、見かねたのかグウェンに向かって、
「ちょっとあんた、食事くらい静かにしなさいよ」
「なっ。お、俺は別にな……。大体、このクソ男が絡んできたんだろ!」
「あぁ〜うるさいうるさい」
「なんだその態度ッ!? このアマ、そういや気づいたら俺に対しての口調変えただろ! そっちが素なのかぁ?? 俺が言いふらして──」
「まったく汚い言葉遣いね。そもそもあんた、言いふらせるような友達がいないじゃない」
「………………」
「……あら、静かに食事できたのね」
グウェンは意外と打たれ弱いのか、大人しく席に座って口をつぐんだ。
クロアは被っていた猫を脱いだリーナを初めて見て、顔を青くしている。
少しだけ、ほんの少しだけ図星を突かれて落ち込むグウェンを可哀想に思ったが、正直かける言葉が見つからない。
……だって仕様がないだろう。
実際にこいつが他の生徒と話しているところを見たことがないし。
授業中に倒れてもなかなか誰も助けてくれてなかったし。
「クロアさん? これ美味しいわよ、いかが?」
「──ひぃっ。あ、ありがとうございます……っ」
見てはいけないものを見てしまったような顔をしているクロアに、リーナは料理を勧めると、それからまた幸せそうに舌鼓を打ち始めた。
まあ、なんだんかんだグウェンとは上手くやるだろう。
ヴィンスみたいなタイプの扱いには慣れているからな。
ククッと笑う先生とフラウディア、時々クロアも混ぜて、俺は会話を楽しみながら祝賀会のひと時を過ごすことにした。
その、帰り道。
「ふぅ〜楽しかったですね」
「おいリーナ、大丈夫か?」
「ごめん……ちょっと、食べ過ぎちゃったみたいだわ」
伸びをして空を見上げるご機嫌なフラウディアの後ろを、お腹をさするリーナに肩を貸しながら歩く。
すでに日は沈み夜。
迎えにきてくれているアルゴデスさんが待つ馬車へ向かう途中、冷たい風が吹き抜け、フラウディアはぶるりと身を震わせる。
「さ、寒い……ですけど、ダンジョンよりはマシですね」
「息を吸っても痛くありませんからね。たしか、この街も冬が深まると雪が降るんでしたよね?」
「はい! その時はぜひ、皆さんと雪遊びがしたいです」
よく見ると、振り返ったフラウディアは鼻を赤くさせていた。
「そうですね……きっと、大丈夫ですよ。俺にリーナ、それに団長とアマンダさん。ついでにヴィンスもいるんですから」
強力な戦闘技術を持っていない彼女は、今、誰よりも不安なはずだ。
それでも気丈に振る舞っているのは、押し潰されないため。
普通に考えればまともな生活を送れなくなってしまう。
だからこそ、普通に過ごせるように──俺たちが護る。
馬車にたどり着き二人が乗り込んだ後。
「じゃあ、俺はここで。リーナ、俺が戻るまではしっかりと頼むぞ」
「テオル様……?」
真剣な表情に切り替わったリーナに、首を傾げるフラウディアを頼む。
「やっぱり行くことにしたのね」
「俺だけなら相手にバレず探ることができるからな。今日一日監視してきた奴以外に気配はしないから、多分そっちは大丈夫だと思うが」
「了解。もしもの時に備えておくわ」
襲撃されることはないと思うが、何者かが俺たちを見張っている。
朝からずっとだ。
何度も確認したが、たった一人で。
城に帰ろうとした今、そいつも気を抜き去ろうとしているのがわかる。
フラウディアに危害を加えてくる可能性は、もう限りなくゼロに近い。
相手の存在を把握できているうちに尾行しよう。
説明は馬車の中や城に着いてからのリーナに任せ、俺はさっそく二人の前から姿を消し、夜に潜むことにした。
さあ、久しぶりの潜入だ。
「──闇魔法・〈存在隠蔽〉」




