58 四階層・吹雪の中で③
「テオル、いきなりどうしたのよ……?」
突然立ち上がった俺に、リーナが当惑している。
「見えないか? 部屋があるだろ」
「……部屋? あんた何言ってんのよ。そっちは行き止まり、洞窟の壁があるだけよ。ここに来た後すぐに私とあんたで確認したじゃない」
「ああ。俺もそう思い込んでたんだけどな……」
リーナと同様、こちらを見上げるフラウディアと先生の横を通り過ぎる。
俺は洞窟の奥──壁になっていると思っていた場所へ向かった。
これは……結界か?
ダンジョンの入り口にあるものと似た魔力の揺らぎを感じる。
そこにさらに〈認識阻害〉か何かの効果が加えられたものなのだろう。
光の届かないその荒々しい岩肌に触れようとすると、一切の抵抗を受けることなくすり抜けた。
そのまま中に入る。
「えぇ!? た、大変ですっ! リーナ、先生っ。テオル様が消えてしまいましたよ!? 今、ゴーストみたいに、壁の向こうに! ど、どうしましょう……っ」
「ちょっとテオルー、どういうことよ? ここに何かあるのかもしれないけど……ってあれ? ふ、普通に壁じゃない」
「本当だな。おーいテオル君、どうなっているんだー?」
残された三人がそれぞれの反応を見せながら駆けてきた。
しかし、リーナが触れると壁があるらしい。
半透明になった壁の向こうで先生も手を伸ばすが、こちらにすり抜けてくることはなかった。
「もしかして入れないのか?」
「──きゃっ」
顔を出して尋ねると、フラウディアに悲鳴をあげられてしまった。
申し訳ないと思いつつ、リーナたちの方を見ると「あんたこそ何で入れるのよ」と突っ込まれたが……なぜ俺だけすり抜けられるのか。
現状、自分自身さっぱりだ。
「俺もよくわからない。だけど、この奥に魔導具がありそうなんだ」
「──ほ、本当かっ!?」
「はい。さっきまで何も感じていなかったんですが、いきなり存在を感知できるようになって」
前のめりになる先生に頷き、説明を続ける。
「おそらく危険もないと思います。念のために探知魔法を発動したまま、なるべく早く戻ってきますが……」
「ああ、ぜひとも頼む! 気をつけるんだぞ!」
先生の許可を貰い、俺は首を引っ込めた。
空間の先にあるのは木製の壁と扉。
魔力はその奥から流れ出ているようなので、そこに魔導具があるみたいだ。
扉は階層を移動する際に通るものと同じ材質なので、ここもダンジョンの一部ということになる……いや。
「『ステータス』……やっぱりそうか」
洞窟の奥に隠された空間、というイレギュラーから「もしかして」とは思っていたが、この空間の扱いはダンジョンの外になるらしい。
ステータスが表示されない。
進むたび、先程から胸に去来していた不思議な感覚が強まっていく。
寂しく、懐かしく、感慨深い。
ドアノブに手をかけ、扉を開けると──
「……!」
そこには、いくつかの棚が置かれた、書斎のような部屋が広がっていた。
棚には見たこともない魔導具がずらりと並べられている。
「宝箱があるとばかり思ってたが、ダンジョン内ではない上にこの部屋の作り……もしかして、グレイマンの研究部屋か?」
中に何も入っていない砂時計のような物。
光を微塵たりとも反射しない漆黒の球のような物。
精密な歯車で作られた機械仕掛けの剣のような物。
使い方もわからないこれらの魔導具は、どれほどの年月ここに眠っていたのか。
完璧な保存魔法によって、埃一つ被っていないが。
「凄いな! 今まで見たどんな物よりも一つ一つに膨大な魔力が込められてる!」
現代にこれほどまでの魔導具を作れる者はいない。
ダンジョンの各地に隠されている宝を、同時にこんなにも見つけ出すことができるなんて。
かなり運がいい。
細心の注意を払って罠である可能性を潰し、俺は端に置かれていた箱に魔導具を詰めていく。
サイズが大きいもの関しては一度に運ぶことができないので、一旦リーナたちの元へ戻り、それから再び回収しに来ることにしよう。
全てそれなりの耐久性はあるだろうが、丁重に扱うに越したことはない。
小さい物を順に箱に入れていく。
しかし──漆黒の球に触れたその瞬間。
ピシッ、ビキビキビキッ!
以前に魔王の魂を取り込んでしまった際、ドラゴンの心臓が変化した紅玉が割れた時と同じように亀裂が入った。
嫌な予感がする。
「おいおい……またかっ!?」
魔導具を発動させないため魔力は完全に断っていた。
起動条件が謎にも程があるだろ。
培ってきた技術を総動員し、限界まで警戒はしていたが、あまりにも不運な──いや、運命の悪戯とでも言おうか──酷すぎる展開だ。
漆黒の球は粉々になり、同色の煙が宙に渦巻く。
最後の抵抗にと魔力で障壁を張ってみるが……迫り来る煙は止められない。
そうして、俺の体内へと黒煙が吸収され──
『これは、余が預かるとしよう』
──しかし、そこで。
俺の体から顕現した深い闇が、のろりと腕を伸ばした。
こいつが自ら許可もなく、剣の形を挟まず外に現れるなんてこれまで一度もなかったが、今はどうでも良い。
深淵王の手のひらで、煙が再び球体に戻ったのだ。
「た、助かった……」
『ではさらばだ。これは然るべき時にお主に還す』
「あ、おいっ。ちょっと待て──って……」
ほっと息をついたのも束の間、深淵王は球を持ったまま姿を消してしまった。
何の説明もなしに俺の中に戻ったが、煙は影響をきたさないということなのか。
そうあってくれ、と切に願うばかりだ。
しばらくして、魔導具を入れた箱を持ってリーナたちの元へ戻ると。
「なんでこんなにあるのよ!?」
「わあっ、一度にこんなに沢山……凄いですね!」
「ふ、複数個あったのか!? これはかなりの手柄だぞ! ようやく、ようやく成果を上げることができた……!」
「──まだ大きめのがいくつかあるぞ。先生、持ってくるので今日はもう、みんなで手分けして持ち帰ることにしましょう」
「ま、まだあるのかっ!? そっ、そうだな! 時間はまだあるが、マッピングはまた今度にすることにしよう!」
一様にかなり高いテンションで迎え入れられ、帰還が決定した。
きらりと輝く先生の瞳に、お金のマークが見えた気がするが……まあいいか。
特別報酬が出るのなら、俺たち三人も何か奢ってもらえるかもしれない。
結果的に漆黒の球をくすねたみたいになってしまったからな。
黙ってる分、あんまり強くは言えない。
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