53 俺たちのダンジョン探索はこれからだ
「助かったわ、ありがと」
「……ん? ああ」
先生が魔石を回収するのを待っていると、リーナが消え入りそうな声で呟いた。
一瞬何のことかと思ったが、さっき俺が助けたことを言っているらしい。
「……あのな、そんなに暗い顔するなよ? あれはダンジョンに慣れているかどうか、その違いが出ただけだ。最後まで……か、まあできればずっとだけど、気を抜かない。そんなことすぐにできるようになるって」
「はぁ……そう、よね」
思ったよりも落ち込んでしまっているようなので励ましてみた。
しかし、ガックシと肩を落として溜息をつくリーナ。
困って頬をぽりぽりと掻いていると、横にいたフラウディアが前に回り、背伸びをしてリーナのほっぺたを挟むように両手を当てた。
「リーナ。そんな顔は似合いませんよ。ほら笑って」
「うぅ〜」
「はい可愛いっ。私なんかとは比べ物にならないほどお強いんですから、自信を持っていてください!」
フラウディアにぐりぐりと顔を揉まれ、リーナの口角が上がる。
手を離されると、リーナはにこりと笑って俺たちの顔を見た。
「うん、わかったわ。出来なかったことは出来るようになっていけば良いのよね。……それに、つい何かとテオルと比べちゃうけど、身がもたないし」
「そうですよ! リーナはリーナです」
「ふふっ、ありがとうフラウ。……それと、ついでにあんたも」
「なんで俺はついでなんだよ……」
気を使って最初に声をかけたのは俺だっただろ。
疎外感を覚え悲しくなっていると、満足げな顔をしたメイ先生が戻ってきた。
「いやぁ〜、これは魔導具の回収や探索を進めるよりも、魔物を倒して回った方がいいかもしれないな。かなり懐が暖まりそうだ」
「国からの依頼なんですから、そうしたら俺たちも協力できなくなりますよ?」
「わ、わかってるとも。冗談だ冗談」
じゃあなんで、顔を逸らしたメイ先生。
半目で見つめる俺とリーナ、フラウディアの気持ちが一致した気がした。
先生は手に入れた魔石も自由にしていいそうだ。
一流の探索家ともなれば、依頼料もかなり貰っているはずなんだが。
先生はゴホンッと咳払いをし、強引に空気の切り替えを図った後、チラリと視線を寄越して確認しながら足を進める。
「では今日は、次の階層を確認してから帰還することにしよう」
階層主を倒した時から、部屋の奥の床が沈み階段が現れた。
少し遅れて俺たちも続きそこを降りていく。
数十段にもわたる螺旋状の階段は、壁に設置された松明によって照らされているとはいえ、薄暗く降りていくと空気が冷たくなったきた。
フラウディアがブルリと身を震わせる。
「寒いですね……」
「次の階層の影響だろうな。先生とリーナは大丈夫ですか?」
「運動着の君たちの方が薄着だからな、私は大丈夫だ」
「私も大丈夫よ。でも、確認だけ済ませたら早く戻りましょう……ずびっ」
みんなが吐く息が白くなってきた。
階段が終わると、狭めのスペースに魔法陣と扉があるのが目に入った。
「ここは……休憩室かしら?」
「そのようだな。テオル君、この魔法陣はもしかして……」
リーナが漏らした言葉に、メイ先生が頷いて言った。
おそらく紋様からして先生が思っている通りのものだとは思うが、何もせず無防備に乗る魔法陣ほど危険なものはない。
俺はすぐに横で屈み、魔法陣の上に手だけを入れ目を閉じる。
「〈解析〉」
手のひらを伝って読み取っていく情報の数々。
魔法陣の線一つ一つの効果や関係性を確認し、どのようなものなのかを明らかにする。
結果が、脳裏に描かれた。
「やっぱり転移魔法陣のようです」
「──っ!」
目を開けてからそう伝えると、メイ先生は小躍りでもしそうな勢いで微笑んだ。
「これは思ってもみなかった幸運だな」
「はい。まさに人工のダンジョンらしい造りですね」
「あの……テオル様、どういうことでしょうか?」
俺たちの会話に首を捻り、フラウディアが尋ねてきた。
見てみるとリーナも意味がわからなかったのか、興味がある様子で答えを待っている。
「ああ、これは一階層と繋がった転移魔法陣です。ここに到達した者たちは、一瞬でダンジョンの入り口まで帰還できるということだと思います」
「……! そ、それでは帰り道にあの虫は……」
「あはは、はい。あと多分、これからは入り口からここまでも転移できるようになるんだと。構造上ここから転移することも、他の場所から転移してくることもできるように作られているので」
「行き道もですかっ!?」
「はい。多分ですけど、ほぼ確実に」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるフラウディア。
リーナももう暗い面影はなく、明るい表情で嬉しそうにしている。
「これだったら、思ったよりも効率よく進んでいけそうね」
「だな」
モチベーションが上がり、四人の間に良い空気が流れる。
メイ先生の「それじゃあ、四階層に挨拶でもして帰るとしよう」という言葉で、俺たちは高いテンションのまま扉を開くことにした…………が。
──ヒュゴオオオオオオオオオオッ。
バタン、と。
勢いよく扉を閉じる。
外に広がっていたのは、猛吹雪によって数M先も見えない悪視界。
すぐにまつ毛が凍ってしまいそうなほど、びゅうびゅうと冷たい空気が吹き付ける、極寒の豪雪地帯だった。
「は、早く帰ろう」とメイ先生。
「温かいお風呂に浸からなきゃ」とリーナ。
「魔法が付与された上着はどこで買えるのでしょうか?」とフラウディア。
四階層から一気に難易度が上がった気がするな。
俺たちはぞろぞろと魔法陣に乗り、すぐさまダンジョン入り口に転移した。
そしてすぐに、先生の研究室でホットティーをご馳走になった。
これにて2章前半終了です。
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