50 長距離走で優劣を決めるとか
「よし、最後は3000M走だ」
校庭にて、またしてもメイ先生が腕を組んで立っている。
いくつかの種目を終え、これから最後の長距離走が始まるそうだ。
──にしても、なんでこう上手くいかないんだ……。
肩を落とし項垂れていると、隣でリーナと一緒に座っていたフラウディアが、ほぅと息を吐くように話しかけてきた。
「今のところ総合成績トップです。さすが、テオル様ですねっ」
「俺はそんなものいらないんですよ……」
「ここまできたんですから最後まで頑張ってください! リーナも期待していますよね?」
「──まあそうね。私の努力の結果なんだから、無駄にするんじゃないわよ」
「お前が全ての元凶だっただけだろ……」
「ふふん、これがプロの仕事ってやつよ」
「……何がプロの仕事だ」
誇らしげに胸を張るリーナを恨めしく思う。
彼女は自分もかなりの好成績を出しているのに、俺がそれを上回っているので騒がれずに済んでいるのだ。
確実に、最初からそのつもりで行動していたのだろう。
リーナは俺の記録を面白がり、初めは間違った平均スコアを伝えてきた。
それからあの手この手で乗せられてしまい、先程フラウディアから自分の総合成績を聞いて、俺は思わず膝から崩れ落ちそうになった。
そして、背後を見ると、マークするように近くで睨んでくる男がいる。
リーナの采配によって俺に負け続けているグウェンである。
「おい、絶対に次は負けねえからな?」
「俺は別に勝負してないんだが……」
「他はどうか知らねえけど、単純な体力勝負じゃすばしっこいお前に勝ち目はねえんだよ」
「そういえば、いつもの感じに戻ってるし……」
妹のことはもう忘れたのか。
見慣れた張り合い方で今日も威圧してくる。
「結局お前は魔力に恵まれた、頭でっかちにすぎねえ」
「ああ……そうかもしれないな」
「ちっ」
俺も心のどこかで、本気で目立ちたくないと思ってないのかもしれない。
失敗しないように気を張っていればこんなことにはならなかっただろう──なんて考えるが、言ってもたかが体力測定だ。
最悪クラス内で盛り上がって、グウェンが現状維持なだけで終わる。
それにこれからやるのはクラスの半分ずつ、校庭を何周か走るランニングだ。
周りの他の生徒に合わせて走れば良い。
グウェンの少し後ろに続いてゴールしよう。
「さて、前半のチームはスタート位置に並んでくれ」
そんなことを考えていると、メイ先生の声が聞こえてきた。
「それではお二人とも、行ってきますね」
「ええ。フラウ、頑張りなさいよ?」
「はいっ!」
俺とリーナ、グウェンは後半チーム。
前半チームのフラウディアが腰を上げ、お尻についた土を払いながら前へ行く。
そして、しばらくすると。
「それではよーい、スタートッ!」
メイ先生の掛け声で、生徒たちが一斉に走り出した。
全員が手を抜かず真面目に走っているが、次第に差が生じ始め、三周目に突入した時には周回遅れの生徒が出る。
「フラウディアって結構体力あるんだな」
「あの子、一般的に見て勉強も運動もできるのよ?」
「へぇー……おっ、一位になったぞ」
リーナと見ていると、綺麗なフォームで走るフラウディアが一位に躍り出た。
スタート地点付近に来ると、後半チームの人たちが「頑張れー!」と応援している。
そうして、フラウディアは先頭をキープしたまま、ゴールまで走り続けた。
「はぁ……はぁ……やりました!」
戻ってきた彼女は肩で息をしながら、二カッと笑って見せる。
そして俺たちに「お二人も頑張ってくださいね」とガッツポーズをし、「期待してますよっ」といつもの美しい瞳を向けてくる。
その間も、次々に生徒たちが走り終えていく。
「次は後半チームだ。前半に走った者たちは水分補給を忘れないようにな」
全員のタイムを書き取り、メイ先生は胸元から取り出した時計を見た。
「授業が押しているな……。もしかすると走っている途中に鐘が鳴る者もいるかもしれないが、ゴールまでは全員走ってくれ」
俺たちがスタート位置につくと、頭を掻きながらそう言われた。
みんなが頷く中、一人だけ競争心に支配された目で俺に近づいてくるグウェン。
「俺に付いて来れねえからって手ぇ抜くなよ? 鐘が鳴ってもまだ走っているようじゃ、許さないからな?」
「……」
「ここで俺が歴代最速のタイムを叩き出したら、他の奴らも思い知るだろ?? 俺とお前、どっちが上かってな」
もしかして、こいつは注目されたいだけなのでは。
そんな疑問が浮かんだが、グウェンは得意げな表情で俺を見下ろすと、それからスタートラインギリギリまで行って、意気揚々と屈伸を始める。
「──いや、ここまで全部テオルが勝ってるじゃない」
「おいリーナ、聞こえるからやめとけって」
話を聞いていたリーナが、呆れたように腰に手を当てる。
まあでもこれで、適当に負けたら満足するだろう。
「あんた、適当に負けたら満足するとか思ってるでしょ?」
「……え、え? お、思ってないぞ……?」
「手を抜いたら許さないって言ってたじゃない。それに──」
リーナが視線を向けた先を見ると、フラウディアが両手を握り、こっちを期待した眼差しで見ている。
「せっかく応援してくれてるんだから、ガッカリさせるようなマネをしたら最悪よ。私もある程度で走るから、結果が残せるように頑張りましょ」
「…………」
人から応援されるのは嬉しいことだ。
自分の注目云々よりも、それに応えたい気持ちは俺にもある。
「じゃあ準備はいいか? では、よーい……スタート!!」
俺が返事をする前に、メイ先生がスタートの合図を出した。
周りに合わせ、俺とリーナも走り出す。
初めから飛ばし、先頭でグングンと突き進むグウェンの姿が目に入る。
「ほら、いくわよ?」
「……わかったよ。じゃあいくか」
リーナに呼びかけられギアを上げる。
後方の集団から次々に人を抜き、すぐにトップをひた走るグウェンの後ろにつくと、俺たちは一旦ペースを合わせた。
二周目の前半で最後尾の女子生徒を追い越す。
リーナも余裕そうな涼しい顔をしているのを確認していると、前を行くグウェンがさらに加速し、俺たちを突き放そうとしてくる。
「な、なんで……付いて来れんだッ」
確かに、体力と足の速さに自信があるのがよくわかるレベルだ。
スタート地点付近を通る度「めちゃくちゃ速くないか!?」と驚く前半組の声が聞こえた。
二周三周と他の生徒との差が生まれていく。
このままゴールすれば、タイムも悪くないだろうしグウェンも手を抜いたとは思わないだろう──と、思ったのだが。
俺とリーナが一定のテンポで追い続けていると、突然予想外のことが起きた。
「あぁッ……あぁッ……」
「ちょ、おい!? グウェン、どうしたんだよ!?」
「も、もう……っ、無理だあぁ……」
「──あっ」
グウェンが、崩れるように倒れたのだ。
いきなり目の前で倒れられ、俺とリーナは勢いを殺せず飛び越える。
「おいリーナ、どうする?」
「あと少しでゴールだし、このまま走りましょ」
「つ、冷たいな……。まあ、了解」
追い越し振り返って見ると、めちゃくちゃ汗を掻いて顔が死にかけていた。
ペースを上げるから気づかなかったが、内心めちゃくちゃ無理をしてたのか。
結局、俺とリーナは地面を這ってでも進もうとしているグウェンをもう一周抜かし、同着一位でゴールした。
今回は裏切られることもなく完全に同着だ。
フラウディアも喜んでくれるだろうし、あまり騒がれはしないだろう。
「す、すごいぞ……みんな!!」
しかし、そう思っていると。
テンションが高いメイ先生が、何やら生徒たちを呼び集めていた。
「テオル君とリーナさん、ともに歴代最速! そして──テオル君は総合成績もトップ。この学園史上、最も高い成績を叩き出した!!」
「「「うぉおおおおおお」」」
……あ、そういえば。
リーナと同着でも、総合成績があったんだった。
って、学園史上最も高い成績……?
リーナが計算通りとしたり顔を見せる横で、俺は今すぐ他言しないように、クラスメイトたちをどう説得するか高速で頭を回すのであった。




